第25話 「営業妨害じゃん」

 スーパーを丹念に回るのはひさしぶりだ。買いたいものが多すぎて、スーパーのかごはすぐに満杯になった。


 実はぼくは料理が嫌いではない。一人分だけ作るのが面倒なだけだ。過去の恋人には手料理を振る舞ったことがある。後片付けも苦ではない。家事は分担するのが当然という考えだ。だからもっとモテていいはずなのだ。


「ええと、調味料の割合は、と」スマホでレシピ検索をする。レシピを確認するだけで料理の勘はつかめた気がする。「便利だよな、今はスマホがあればたいていのことは……」検索の窓を見つめていたら指が勝手に動いた。


『丹野令士 探偵』


 ブログやホームページ、インスタなどは見当たらない。広告や宣伝をまったくしていないようだ。依頼はどうやって受けているのだろうか。

 下にスワイプしていくとツイッターが見つかった。丹野令士探偵事務所。

 本人のツイートは数年前にひとつだけ『依頼はDMで』

 あとは名前とそっけないプロフィールだけだ。本人の画像はない。これは本当に丹野本人のアカウントなのだろうか。

 ほかのアカウントの呟きの中に丹野の名前をいくつか発見した。仕事を依頼した人が感想を呟いているのだ。


『ダメもとでネット探偵に頼んでみた。依頼してよかった。すぐに解決した』『美貌の探偵さんでした。見惚れてるうちにストーカー撃退してくれたよ』『有能なんだろうけど言動がむかつく。おすすめできない』『よく当たる占い師みたい。ちょっと怖い』

  

 毀誉褒貶はあるが、こういった実績をまとめれば、潜在的な顧客にアピールできるだろう。せめてリツイートすれば集客に役立ちそうだが、なぜしないのだろう。

 感想の数を見た限りでは千客万来とはいえないようだ。謝礼は不明だが3か月で稼げる金額などたかがしれている気がする。


「ん?」


『丹野令士という探偵はクソだ。依頼しようと思っている人は絶対にやめたほうがいい。頭も顔も態度も悪い』


「なんだ、これ」


 プロフィール名は『悪徳探偵・丹野令士を糾弾する会代表』とある。プロフィール画像は真っ黒。ツイートをさかのぼると丹野の悪口だらけ。依頼者の感想ツイートにまで『あなたは騙されている。丹野はクソだ』とリプライをしている。よほど彼を恨んでいるようだ。


「営業妨害じゃん」


 指が勝手に動いていた。


『謎解きや未解決事件の真相を調べてもらいたい人。自信をもってお勧めするのは探偵のの丹野令士。でも浮気調査なら他の興信所へどうぞ』


 アカウントはずっと昔に作ってあったがほとんど使っていなかった。名前は『TODANOWA』、本名をいじったものだ。たまにゲームについて呟いたり、ドラマの感想をこぼしていた程度。フォローしてくれているのは同じ趣味仲間の数十人のみ。唐突な呟きをしても受け流されるだけだろう。送信を押した。

 アカブタ運送では、仕事の愚痴を一言でも漏らしたら懲戒になるという規約がある。本名で登録をしていないのでバレないとタカを括ることもできたが、プロフィール欄に正直に宅配業と書く気にはなれなかった。客観的に見たら謎だらけの閑古鳥アカウントだ。


 いっそアカウント名を『丹野令士の事件簿』に変えたら面白いかもしれない。彼の活躍を140字で描写するとか。今日の推理は、客観的にみてやはりずるいよな、など呟いて共感を得てみたい。探偵業の宣伝にも役立つのではないだろうか。

 などと考えていたら丹野が帰ってきた。ツイッターを閉じて振り返る。

 たくさんの買い物袋が目についた。

 捜査はどうだったのだろう。「成果は?」と問うと、


「欲しかったものはだいたい揃った」


「そういうことじゃなくて、いや、そう、また買ったんだね」


「パソコンと机は明日届く。野田の本棚をどけておれの事務机を置こう。本は資源ごみの日にまとめて出す。しばってベランダに積んでおこう。粗大ごみの回収は申し込んでおいた。粗大ごみに貼るシールも買っておいた」


 本棚にはぼくが大切にしている漫画と写真集のコレクションがある。


「よせー! ここはぼくの部屋だ。勝手は許さない」


「では机はどこに置いたらいい」


「返品しろ!」


「クローゼットの前かな」


 野田がいるキッチンからは寝室が死角になる。クローゼットは寝室にあるので丹野の姿も見えない。何やら嫌な予感がする。


「クローゼットが開かなくなるからダメだ!」


「かまわないだろう」


 ガタガタと音がした。丹野がクローゼットを開けたようだ。


「ふうむ。三畳ほどの広さ。一応はウォークインクローゼット。だがきみは活用していない。ダンボールに入ったエロ雑誌と弾けないアコースティックギターとゲームソフトの入った衣装ケース2個を捨てれば、ほぼカラになる」


「勝手なことを」


 ハンバーグをひっくり返しながら、ぼくはクローゼットの中身を思い出していた。活用していないのは間違いない。ファッションには興味がないからデッドスペースになっている。ほかには来客用ふとん一式を収納していたくらいか。


「じゃあさ、クローゼットの中に机をいれればいいんじゃないか」


 扉をしめてしまえば丹野は見えなくなる。我ながらいいアイデアだ。


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