第17話 「具なしナポリタンでいい?」

「楽しくなりそうだ」


「部外者……というか容疑者もどきがうろうろしていたら警察がいい顔しないだろう」


 ぼくは首をふった。田西と井敬に嫌味を言われそうで気が乗らない。


「警察は関係ない。おれが受けた依頼先のほうに行くんだ」


「そっち? え、でも、田西刑事がサボるなと」


「興味がない。おれが協力しなくても、警察がどれほど間抜けでも、いずれは犯人に辿りつく。放っておけ」


 丹野は顔をしかめ、ハエを払うような仕草をした。


「いやいや、順番が違うだろ。警察に協力してさっさと片が付くならそうしてくれないか。ぼくは容疑者じゃなくなるし、仕事にも堂々と戻れるし、心置きなく女の子とデートもできるし」


「いやなら無理にとは言わない。だが友人の勧めには深いわけと意味があると悟るべきだ」


「友人?」


「友人でないなら、なんだ、おれは。敵か?」


「あー、えーと……」


 丹野は昨夜、『友人には助力を惜しまない』と言った。彼がその気になれば白いぼくを黒く塗り替えることができるだろう。

 丹野はにやりと笑った。いつでも敵になってやる。不敵な思考が透けて見えた。

 ぼくは平凡な人間だが倫理観のない男と友人になるなんて考えられない。

 友人でないなら、なんだ。友人にしたくはないが、敵にもしたくない。かといって警察の犬になるのも屈辱的だ。丹野と警察とどちらかを味方にするとしたら。どちらにもいい顔をして器用に立ち回るのが賢いやり方なのだろう。さて、ぼくは器用だったろうか。

 二股をかけられたことはあっても、二股をかけるのは苦手だった。なぜかいつも、すぐにバレた。ということは──。

 当面の間は丹野の機嫌を損ねないように振る舞うのが賢明だ。

 

「わかった。『友人』の仕事ぶりを見させてもらうよ。で、どんな依頼なんだい」


「朝食を取りながら話そう」


「……了解。具なしナポリタンでいい?」


 フライパンの柄を握ったのは1年ぶりだ。鍋でパスタをゆで、フライパンでケチャップを念入りに炒める。背後から丹野が覗き込んできたので「邪魔だよ」と肘で距離を取る。

 

 丹野は首を傾けて「ケチャップを炒めるのか」と訊いてきた。


「炒めてからパスタと合わせたほうが美味いんだよ。酸味が飛んで甘みが増すんだ。これ、別に珍しい作り方じゃないよ」


「そのぶん手間がかかる。きみはめんどくさがりなのかと思ったが」


 茹で上がったパスタと炒め合わせると香ばしいかおりがたった。出来上がりは上々だ。


「料理は嫌いではないよ。というか家事一般も億劫ではないかな。でも毎日忙しいし、一人暮らしだしね、やりがいもない」二つの皿に盛りつける。「あ、食後はコーヒーでいいよな。たしかにブラックのインスタントしかないけど。まさかブラックが飲めないとか……」


「コーヒーはいらない。洗濯乾燥機に入ったままのおれの服だが」


「ああ、忘れてた。勝手に出して。あれを着てくんだろ」


「アイロンをかけてくれ。しわになってる」


「……」


「コートは洗濯しなかったのか。今日は暖かそうだからまあいい。我慢しよう」


「……」


「この部屋は快適さには程遠いな。いろんなものが足りていない。住んでいる人間の個性の問題か」


 ホームレスのおまえが言うのか。

 いったん口を開くと文句が止めどなく飛びだしそうで、ぼくは堪えた。


 多めに作ってよかった。丹野はよく食べる。フォークにぐるぐる巻いたナポリタンを大口を開けて迎え入れ、しっかりと咀嚼して満足げに飲み込む。腹を減らした子供のような食いっぷりだが、所作は上品で、フォークを持つ手はオーケストラの指揮者のように優雅で美しかった。

 顔を見ればモデル級のイケメン。だが髪型は中途半端なアフロ。ぼくはつい笑ってしまった。


「……聞いているのか」


「ああ、聞いてるよ。窃盗事件だろ」


「ものがなくなっていく、と言ったんだ。まだ窃盗かはわからない。あんな安物、盗むやつの気もしれない。食べたら出かけよう」


「了解」


 最後の一口を平らげたとき、不思議なことに、ぼくは探偵と出かけることが楽しみになっていた。

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