30:モミジ師匠との太刀術練習

「うむ。よく頑張ったな。ツァトリー?」

「ん。今回は文句なしだよ。ネビュトスもお疲れ様。ボクの講義はこれでお終い。モミジがホールで待ってるはずだよ。ハクティノは置いていっていいから」

「分かった。ありがとうな。それじゃ!」

「あっ待ってください陛下――!」


 ハクティノが何かを言ってた気がするが知らない。俺には時間がないのだよ。仕方ないね。


 そうしてさっさと転移した先には、モミジが準備万端といった様子で立っていた。


「悪いな、待たせたか?」

「そんなことはないでござる。ちょうどいいと思うでござるよ」

「そうか。それは良かった。じゃあ移動しようか」

「承知した」


 そして向かったのはまたしても平原の如き中庭。的に使っていた岩は既に消えているせいで、先程までの惨劇が現実だったかどうか分からなくなってくる。


 物として残らなければ、あとは記憶にしか残らないんだなと思うとなんだか少し寂しい。


「さてモミジ、いやモミジ師匠。どういう形式で練習するんだ?」

「一つ質問したい。ネビュトス殿は記憶力がいいのでござるか?」

「あぁ、そうだな。この世界に来て、今のところは全て覚えている」

「ならば、拙者の動きを全て真似ていくでござるよ。初伝、中伝、皆伝とやっていけば、晴れて神薙流太刀術の使い手でござる」

「なるほど。よろしく頼む」


 モミジは腰に提げている刀を抜くと、袈裟けさ斬り、横一文字、左逆ひだりぎゃく袈裟と基本のことから始めた。俺は上級不死者アンデットである骸刀ムクロガタナを創造し、動きを真似る。


 袈裟斬りとは刀を右上に高く振り上げ、相手の左肩から右腰に向かって斜めに振り下ろす斬り方。左逆ひだりぎゃく袈裟とはその名の通り、袈裟の真逆の斬り方だ。


 そこから更にだんだんと動きが早くなっていくと、ついには姿が掻き消えるほどの速度に達し、刹那に七連撃を繰り出すほどになった。


「ふぅ……ここまでが中伝でござる。ここからは魔力を使わないといけないでござるが、準備はできてるでござるか?」

「もう中伝なのか。早いな。大丈夫だ、準備はできてる」

「では行くでござるよ――」


 動きは普通のものと変わらなかったが、よく見ればその刀には炎をまとっていたり、水を纏っていたりと様々だ。

 しかしあるタイミングから紫電を纏うのみに変わっていく。それに伴い刀を振る速度も早くなる。先程の七連撃を繰り出す頃には、音速に近いだろう速さへと加速していた。


「ネビュトス殿、ここまでは覚えているでござるか?」

「あぁ。万能な身体だから問題ない」

「それは良かったでござる。次は拙者と打ち合ってみるでござるよ」

「え、モミジと、か……?」

「実戦でやるのが一番でござるよ。今まではあくまでも型に過ぎないもの。使いこなせてこそでござろう?」

「確かに、筋は通ってるな…‥よろしく頼む」

「こちらこそ」


 刀を携え、互いに向き合い一礼する。


「では――参るっ!」


 その一撃は、軽く放たれたものでありながら、人間とは思えぬほど重いものだった。なんとか力で押し返し、縦横無尽に駆け巡りながら剣戟を繰り返す。


 足元を狙われた横一文字をジャンプで躱し、その隙を狙われた刺突を無理やり身体をねじらせ回避する。

 首を狙った刺突は軽く首を傾げて躱され、腹を袈裟斬りしようとすれば大きく仰け反って躱され、返す刀で逆に反撃をされて。


 両者が一歩後退し、少し間合いができる。


「さすがネビュトス殿、覚えるのがとても早いでござる。拙者が教えた弟子にもこれほどの者はいなかったでござるな」

「そうか? それはありがたい。褒めてくれて嬉しいよ」

「逆に言えば初めてでここまでできるのは才能を超えた何かでござるよ……もはや怖いでござる」

「そ、そうか……」


 そう言った彼女は、わざとらしく身震いをしてみせた。


「では決着と行こう。良いか?」

「あぁ。俺は胸を借りる気持ちだけどな!」

「奥義――桜花影斬オウカエイザン!」


 刀に紫電を纏うどころか、全身にも纏い始めるモミジ。

 俺は全身全霊で集中し、カウンターのチャンスを伺う。


 するとモミジは、左足で踏み込み――消えた。


 俺は目で追うのを諦め、気配を察知して止める。キンッ、という硬質な音がして刀を弾くことができたが、それは一瞬。上下左右の全範囲から襲いかかる刃をもはや無意識で弾き返す。

 一度、二度、三度……と繰り返し気づけば九度目。その剣戟にもついに終止符を打たれる。


「あっ……刀が……」


 幾度も刀を打ち付けられ、ついには崩れ去ってしまった。

 しかし元は骨で出来ただけのもの。よくぞここまで耐えたものだと感心するほどだ。


「……俺の負けだな」


 そう言ってモミジを見る。しかし彼女の方もなんだか釈然としていない顔持ちだった。


「拙者の……奥義が全て防がれた……拙者の負けでござる……」


 どうやら桜花影斬オウカエイザンは九連撃の技だったようで、刀を掴んだまま呆然と立っていた。


「モミジ……俺の負けだ。獲物がなくては勝負にならないだろ?」

「ネビュトス殿には魔術があるでござろう? 拙者も多少は使えるでござるが、そんな魔力はもう残ってない……負けなのは拙者の方」

「いやいや――」

「こちらこそ――」


 互いに心は日本人。まさか異世界で譲り合いをすることになろうは……


「分かった、じゃあもう引き分けでどうだ? どっちも負けならそれでいい」

「それで構わないでござるが……拙者、アリア殿との戦いでも偶然の勝ちで、今回も……免許皆伝の自信を無くすでござるよ……」

「大丈夫。モミジはしっかりと強いから……人にはそれぞれの長所があるんだよ」

「……かたじけない」


 悲しげな表情を浮かべるモミジの背後には、夕日が今にも沈もうとしていたのであった。

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