鬼人大会談

 見張りの男たちが合図を送る。どうやら、山賊が来たらしい。

 すると、腰から短剣をぶら下げ、投げナイフを体のあちこちに装着したガイと、巨大なバトルアックス──ケットシー村を襲撃した男たちから奪った物である──を担いだカツミが立ち上がり、ゆっくりと歩いていく。

 やがてふたりは、広場の中心で立っているギンジの左右に付きそい、脇を固めた。その後ろには、ヘラヘラ笑いながらもチャムの右手を掴んでいるタカシと、緊張し足を震わせながらもチャムの左腕を掴み、余計な真似をしないように気を配るヒロユキという布陣であった。

 一行はそのまま、広場で山賊たちを待ち受ける。

 広場を遠巻きに見ている村人たちの表情は暗い。ヒロユキよりも怯えているようだ。いや、外に出てきているのはマシな方で、半分は家にこもっているのだ。我関せず、という態度で窓と扉を閉めきっている。


 やがて、何やら騒がしい音が聞こえてくる。足音や、金属製品がぶつかる音など……もっとも無法者たちの集団にありがちな、大声でしゃべる声や下品な笑いは聞こえてこない。

 だが先頭の山賊が顔を見せたとたん、ヒロユキは唖然となった。

 その顔には、焼き印が押されているのだ。

 さらに、その後ろから次々と登場する山賊たち……その全員の顔に、焼き印が押されている。直径十センチほどの紋章のような印が、額と左右の頬に刻まれているのだ。

 彼らは入ってくるなり、明らかに村人たちとは違う雰囲気のギンジたち一行を見て険しい表情になっている。だが、決して近づこうとはしない。十メートルほど離れた位置で、一固まりになってこちらを観察している。

 ややあって、広場に入って来た者が二人。

 片方は二メートルをはるかに超える。巨大な頭に髪の毛は一本も無く、耳は尖っていた。肌はやや黒く、体は小屋が歩いているかのように広く、分厚い。腕はヒロユキの腰周りより太く、両脚にいたっては宮殿の柱のようだ。毛皮の腰巻き一枚を身につけただけの格好で、ゆっくりと歩いてくる。

 その隣にいるのは、ヒロユキがこれまでに見た事もないような顔の男である。顔の中心には、ブタのそれのような形の巨大な鼻が付いており、口は耳まで裂け歪んでいる。

 その不気味な男は、じっとギンジたちを見つめていた。何を考えているのか、表情からは窺い知れない。だが、他の山賊たちとは明らかに違うものを感じる。

 二人は真っ直ぐ歩いてきたが、一行の十メートルほど先で立ち止まる。

 それを見たガイは、投げナイフを抜き、いつでも投げつけられるように構える。一方、カツミもバトルアックスを構え、臨戦態勢をとる。

 それを見たオーガーらしきものは低く唸り、前に進み出ようとするが──


「やめましょう、ボス」


 不気味な男が太い腕を掴んだ。すると、オーガーはピタリと動きを止める。

 それを見たギンジが、口を開いた。


「なあ、つまらん芝居はやめようぜ。本当は、あんたがボスなんだろ? そこの人」


 言いながら、不気味な男をじっと見つめる。

 すると不気味な男は、不快さと驚きの入り混じった表情でギンジを見つめ返した。

 ややあって、苦笑しながら頭を振る。


「驚いたな。オレの名はオックスだ。あんたの言う通り、こいつらのボスだよ。ところで、あんたらは何なんだ? 村人たちに雇われた番犬か? 悪いことは言わねえから、おとなしく引き上げなよ。このラーグはな、成長しきった熊を素手で引き裂いたことがあるんだよ」


 オックスと名乗った男は、恐ろしく滑舌が悪い口調で喋りながら、オーガーを指差す。

 しかし、そこで黙っていられない者がいた。


「上等じゃねえか……この毛なしゴリラに教えてやるよ。人間様に逆らうとどうなるか……」


 低い声で、そう言ったのはガイだ、そのまま進み出ようとするが、ギンジに腕を掴まれ引き戻される。


「オックスさん、今はあんたらと戦う気は無い。オレたちは話し合いたいんだ。なあ、どっか他所よそに行ってくれないか。言っておくがな、このガイは大きさこそ劣るが、殺し合いならそこのオーガーに負けないくらいの──」


「オレはオーガーじゃねえ! 人間だ!」


 ギンジの言葉の途中、突然ラーグが吠えた。

 オックスよりもしっかりした発音で発せられた言葉に驚き、全員が固まる。だが、ラーグはギンジを睨みつけたまま、さらに言葉を続ける。


「オレはオーガーじゃねえ! ゴリラでもねえ! お前らと同じ人間だ! 人間なんだよ!」


「ラーグ! 落ち着け!」


 オックスが凄まじい形相で怒鳴りつけると、ラーグは不満そうな顔で口を閉じる。

 その時、ギンジが口を開く。


「なあオックスさん、まずは話し合いだよ。オレとタカシ、それと……ヒロユキ、来い。そっちはオックスさんと……ラーグさんとか言ったっけ。あとはヨーゼフさんだな。この六人で話し合おう」


「いや、話し合いは五人だ。ヨーゼフとは話さない。度胸があるなら来なよ……オレたちの所で、話そうじゃねえか」


 オックスは小声でラーグをなだめながら、ギンジに言う。


「いいだろう。オレたち三人で──」


「ざけんな! オレも行くぞ!」


 オックスに答えようとしたギンジに、ガイが食ってかかる。しかし、ギンジは右手を挙げて制した。


「まあ待て。今は交渉だ。前みたいなことになったら困るだろ。それに……お前が来たら、チャムまで付いて来る。それじゃあ交渉にならない。お前は残って、村を守ってくれ。カツミ、お前も頼んだぜ」


「ああ、オレは構わねえよ。ガイ、オレたちの出番は無いに越したことはねえだろう。チャムと一緒に留守番だ」


 そう答えると、カツミは構えていたバトルアックスを降ろした。だが、目線は油断なくラーグに向けられている。


「おいゴリラ! オレはいつでもやるぞ! 交渉が決裂したら、オレがてめえを殺す!」


 不満そうな顔で吠えるガイ。すると、ラーグの表情が怒りで歪んだ。


「このクソガキが!」


 ラーグが吠え、そのままガイに向かい歩き出す。しかし、すかさずオックスが前に出てラーグを制する。


「ラーグ、今は押さえろ。みんな、行くぞ」




 ホンチョー村を出て一時間ほど歩くと、小高い丘に出た。緑に覆われた草原は美しく、時おり吹く風が心地よい、はずだったが……しかし、周りを囲んでいるのが顔に焼き印を押された男たちであるだけに、ヒロユキの不安感は凄まじいものがあった。

 先頭を歩いていたオックスが、不意に立ち止まる。


「おい、ここにしよう。お前ら用意しろ」


 その言葉と同時に、男たちは動き出す。荷物から敷き布を取り出し、草原に広げた。次に背負っていた袋から、液体の入ったビンと干した肉の固まり、そして食器を三人分取り出すと、敷き布の上に並べる。


「さあ、座ってくれ。ギンジさん、タカシさん、ヒロユキさん」


 オックスは敷き布に座ると、三人を手招きする。


「何で私やヒロユキくんの名前まで知ってるんですかねえ、あなたは……」


 タカシはそう言いながら、敷き布に腰かける。


「いや、さっき呼びあっていたからな。そんなことより、オレたちが何なのか分かるか?」


「何なのか、って言われてもな。山賊、としか答えようがないよ」


 言いながら、ギンジは敷き布に腰を降ろす。


「あんたら、本当に何も知らないんだな」


 下を向き、呟くように言ったオックス。すると、ギンジはニヤリと笑った。


「本当に、と言ったな……村に潜入させている仲間にオレたちのことを聞いたのかい?」


「ギンジさん、あんたは凄いな。いや、恐れ入ったよ。そこまでお見通しとはな……」


 感嘆した声を上げ、頭を振るオックス。周りの子分たちもざわついている。


「そこまで知っているなら、小細工やごまかしは抜きにする。オレたちの置かれた状況を、正直に教えるよ。あんたらにも分かるように、な」




 この世界には、奴隷が存在する。

 奴隷の体には、焼き印が押されるのだ……牛や馬と同じく、各家の持ち物であるという印の焼き印である。奴隷は、家畜と同じ扱いなのである。

 女の奴隷は、目立たない部分に焼き印を押される。言うまでもなく「夜の奉仕」のためだ。

 一方、男の奴隷は顔に焼き印を押される。焼き印の形は買われた家によって違いがあるので、どこの家の奴隷か一目でわかるシステムになっている

 そんな奴隷に対する扱いは凄まじいものだ。そもそも、顔に焼き印を押している時点で、既に人間として扱われていないのは明白だが。彼ら奴隷は主人の命令により、ありとあらゆることをさせられる。

 その報酬は、一日三食──一食の奴隷も珍しくないが──いただけること。あとは、安全に過ごせることだ。

 そう、過酷な労働や無茶な命令に耐えかね、逃げ出した奴隷は連れ戻され、みんなの前で殺される……のはまだいい方なのだ。ひどい時には両手両足を切断され、犬のように飼われ、最後に闘犬に噛み殺された者もいるという。

 だが、それでも逃げ出す奴隷はいる。


 オックスとラーグは、そんな逃亡奴隷たちをまとめ上げて山賊になったのだ。この世界の怪物たちは、なぜか日に日に凶暴化している。そんな状況下で逃げ出した奴隷たちが生きていくには、山賊以外に手段がなかったのだ。

 人質をとっているのも、この近辺の領主や貴族たちに密告されるのを防ぐためだった。




「そんなわけなんだよ、皆さん。あんたらには、オレたちの気持ちは分からない。わかって欲しいとも思わんな。ただ、オレは山賊をやめる気はない。こいつらを食わしていくためにな」


「山賊以外に、生きる方法は無いんですか?」


 声を震わせながらも、尋ねるヒロユキ。彼の山賊たちに対する気持ちは揺らいでいる。男たちの顔に押された焼き印は、あまりにも痛々しい。


「少年、お前は何もわかってないな。オレとラーグを見ろ。どう思う?」


 オックスは不気味な顔で、ヒロユキを見つめる。


「ど、どうって……」


「はっきり言えよ、醜いだろう。何でこんな面してるかというと……オレはな、オークと人間の間に産まれたんだよ。そして、このラーグは……オーガーと人間の間に産まれたんだ」


「えっ、そんな──」


「そんなことは有り得ないよ、普通ならな。でも……ある場所に物凄く悪趣味な貴族がいてな、そいつが手下の魔術師たちにやらせたんだよ、人間とオークを。そして、人間とオーガーを。これ以上は言いたくねえ。言わなくても分かるな」







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