その2 第二話

 パラミナ・コルムナ

『君には真正面から馬鹿正直にコルムナに突っ込んでほしい。大丈夫、砦に付いているような弩砲くらい、君には効かんだろう』

 腕につけた時計のような装置……今までヴァーユが持っていたコーデックから、ラーフの声が聞こえる。

「……そちらは」

『ムラダーラに攻め込むための準備は順調だ。後はバロンがどれだけコルムナで大暴れできるかだ』

「……わかった。見えてきた」

 砂丘の向こうに、映像で見たのと同じ砦が見えた。警備は厳重なようで、機甲虫だけでなく、鳥人の姿も見える。

「……うむ、あれだけの数が居れば全力で行くしかないな」

 バロンは砦へ真っ直ぐ歩き始めた。

 バロンが砦の正門の前に立つと、機甲虫や鳥人が喚き立て、バロンへ向かってくる。

「……ぬんっ!」

 バロンが肩を怒らせると、凄まじい闘気が放出される。機甲虫はコントロールを失って落下し、鳥人は怯んで空中に漂っている。

「……行くぞ」

 バロンは腕に鋼を流し、眼前の機甲虫に強烈な拳を叩き込んで一撃で破壊していく。そして飛び上がり、鋭い手刀で鳥人も薄く切り刻んで落とす。

 ものの数分の内に、正門を守っていた兵士は皆木っ端微塵になっていた。バロンは正門へ向けて闘気を放ち、正門を破壊する。砦の中に入ると、外よりも更に多くの兵士が居た。

「……機甲虫、鳥人……将は居ないのか」

 バロンは指先に鋼を滴らせ、それを斬撃にして機甲虫の大群へ飛ばす。機甲虫は縦に真二つになり、ゴロゴロと死体を転がらせてゆく。空中から奇襲を仕掛けてくる鳥人も、バロンの片手間に放つ裏拳で粉々にされる。一匹だけ鋼の刃を越えて突進してきた機甲虫が居たが、バロンはそれを真正面から正拳で打ち砕いた。そして二つ目の基郭も闘気の波で木っ端微塵に砕ける。

「ははは!いやはや、豪快な攻めっぷりよ!この砦の基郭はニブルヘイム国境の対空砲さえ耐えるのだが……やはり鍛え上げられた闘気には勝てるわけもないな!」

 砦の基郭の上に見たことのあるコウモリ男が立っていた。

「……ゾルグ……!」

 コウモリ男は飛び上がり、空中で腕を組んで気取った着地をする。

「やはりこの世界、いかな戦略を組もうがたった一人の猛将で全てひっくり返されてしまうな」

「……増援なりなんなり呼んだらどうだ」

「既にそうさせてもらっている。たった一人でここまで来るような化け物にどれだけ雑魚を差し向けても同じだとはわかっているがな」

「……ならば構えよ。僕の拳の糧となれ」

 ゾルグは外套を脱ぎ捨て、機械に包まれた体を晒す。

「……なんだこれは……!」

「これが俺の死に装束だ。バロン、俺はここでお前と刺し違える覚悟でいる」

「……その覚悟、しかと受け取った」

 その言葉が合図となって、両者は動き始める。異常なまでに鋭利な踏み込みで間合いを詰め、バロンが先手を放つ。ゾルグは上半身を捻って躱し、その勢いのまま下半身を持ち上げて左足でバロンの腕に蹴りを入れる。バロンの攻撃を受けた、つまり攻撃に使った腕、右腕は一瞬闘気が乱れ、鋼があらぬ部分から吹き出す。バロンは左腕ですぐさま闘気を放ち、ゾルグの右脇腹を削り取る。ゾルグは踵から暗器を出し、地面に腕で着地して後転し、暗器でバロンを切り裂く。互いに飛び退き、バロンは全身から闘気を放って傷口を瞬時に塞ぐ。

「……いい。やはり戦いとはこうでなくてはな」

「すぅー……ふぅー……強い。もはや捨て身の間合いでなければこちらが一方的に殺られるほどに」

 両者が踏み込み、拳を放つ。バロンの右腕がゾルグの左腕から発せられる磁力で逸らされ、ゾルグが更に接近して渾身の撃掌を叩き込む。凄まじい衝撃がバロンの腹部を駆け巡り、膝を折らせる。しかし、追撃をせずにゾルグは飛び退く。そしてゾルグは胸に手を当てる。すると、そこには機械の鎧に空いた大穴から血が溢れていた。

「……凄まじい撃掌だ……だが」

「かはっ……この捨て身の邪拳、初見で見抜くとは……さすがだバロン!」

 闘気の残り香が渦巻き、煙を放つ。バロンの体は多量の内出血を起こしていたが、負傷部を鋼で繋ぎ止め、闘気を流して一気に治癒させ立ち上がる。

「……ここまでの男だとは思わなかった、ゾルグ」

「男には死を思うことでのみ、得ることのできる剛力もある」

 ゾルグはそう言うと、胸に空いた大穴に自らの腕を捻り込み、己の機械の鎧を引き千切り投げ捨てる。

「……防具を捨てるだと。僕の致命の拳から命を守ったその鎧を捨てていいのか?」

「捨て身の拳に防具は不要。アレフ城塞では時間を稼ぐために守りに徹したが、俺はここでお前と刺し違える覚悟だ」

「……いいだろう。僕もその覚悟に答えよう」

 バロンは全身の筋肉を強張らせると、凄まじい闘気を放って自らの鎧を粉砕する。

「それでこそだ!これからは互い背水の戦い、命を気合いで繋ぎ止めるのだ!」

 ゾルグが恐るべき踏み込みから蹴りを放つ。バロンはそれを膝と肘で挟み込み、足を粉々にする。ゾルグは足に力を込めて曲げ、バロンへ向けて再びの撃掌を放つ。撃掌をバロンはもう片方の腕で受け止め、足を挟んでいる方の腕でゾルグの首を鷲掴みにする。そして地面に叩きつけ、渾身の拳を放つ。ゾルグは両腕を地面に叩きつけてスルリと抜け、その拳を躱す。バロンの拳は地面にめり込み、木っ端微塵に打ち砕く。隙だらけのバロンに右手を突き入れ闘気で背骨を爆裂させる。バロンは地面をのたうち、だがすぐに立ち上がる。

「……ふっ……くははは!血が迸るのを感じる……!」

「ぐふっ……がはぁっ……!そうだなバロン、これが戦いだ……!」

「……行くぞゾルグ。お前の捨て身の拳、もはやネタも尽きただろう」

「気付いていたか……ならば決着といこうではないか!」

「……はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 バロンが両腕を天に翳し、闘気で辺りを包み込む。両者が同時に踏み込む。ゾルグが一歩深く踏み込み撃掌を放つ。しかし、バロンはその撃掌に向けて更に深く踏み込み撃掌との隙間をゼロにする。ゾルグの掌が己の闘気の内に入り、衝撃を殺す。バロンは渾身の一撃をゾルグの顔面目掛けてブチ込む。ゾルグの体は大きく吹き飛び、地面に叩きつけられる。

「ま、まさか……俺の拳を本当に見切っただと……」

「……お前の捨て身の拳、それは敵が想定するより更に距離を詰めることで、一瞬乱れた敵の闘気を己の撃掌で何倍にもして流し込む邪拳。その性質ゆえに、一撃で仕留められなければ二度とは使えぬ禁断の技。逆にこちらが撃掌との距離をゼロにして闘気を流し込む隙間を無くせば、それだけで無力化される」

「ふっ……そこまで見切られていたか……見事、ニブルヘイム最強の男よ……!」

 バロンがゾルグの目を閉じてやると、後ろから気配を感じて振り返る。粉砕した基郭の向こうに大群の機甲虫が居た。偏平な体をしたクワガタ型の機甲虫のようだ。ヒラタクワガタ、それの同類だけで構成されているらしい。彼らは中央に道を作るように整列しており、その道の奥から一際巨大な機甲虫が現れた。

「ふむ、貴様がバロンか」

 なんとその機甲虫は大顎の間にある触角と毛を擦らせて声を発したのである。バロンは驚愕したが、しかし冷静に尋ねる。

「……お前は?」

「我が名はパラワン。ムスペルヘイム鉄騎隊隊長である」

「……鉄騎隊?」

「ムスペルヘイムの機甲虫部隊、そのなかでも侵略征圧を目的とした部隊、それが鉄騎隊」

「……なるほど、ムスペルヘイムの最前線を任されているということか」

「その通り。貴様らにここまでの余力があったことは誤算だが、ここで我が大顎の錆になってもらう。ついてこい」

 パラワンは顎を振って促すと砦の外へと出ていった。

 バロンもそれに従ってヒラタクワガタの列の中央を進む。砦の前の開けた場所に出るとパラワンは止まり、バロンの方を見る。

「一騎討ちを所望する」

「……奴らは」

「あれは全て私の部下だ。手出しはさせん」

「……そうか」

「行くぞ!いざ尋常に!」

 パラワンは顎を思いっきり振り抜く。すると、無数の衝撃波が刃のようにバロンの体を何度も切り裂く。

「……ぐはぁっ!?」

「遅い、遅いなバロン!」

 パラワンは顎を何度も振り抜く、その度にバロンの体を何度も切り裂く。ボタボタと血が砂漠に落ちる。バロンは立ち上がり、尋常ならざる速度で踏み込む。

「ぬ!?これはゾルグの!」

「……ぬああああ!」

 パラワンは顎を振り抜く。だがその衝撃波が届くより先にバロンは飛び上がり、空中で加速してパラワンの上体の装甲に撃掌を叩き込む。一瞬乱れた闘気はパラワンの装甲に穴を開け、煙を立ち上らせた。

「ふん、己の技すら信じられんか」

「……違う。これは倒した男の強さを忘れぬためだ」

「まあいい。貴様を倒すことに意義があるのだからな」

 パラワンは振り向き様に顎で地面を切り上げ、バロンの左腕を切り裂く。バロンは構わず前進し、闘気を纏った剛拳を無防備に放つ。パラワンはその隙を逃さず顎を捻り込み衝撃波を放つ。余りに鋭い真空刃はバロンの左胸からズタボロにしてゆくが、バロンは至近に迫ったパラワンの顎を掴み、持ち上げてラッシュを叩き込む。機甲虫の柔らかい腹に何度も拳をめり込ませる。止めの一撃をぶつけようとした瞬間、パラワンは顎の間に溜めた闘気を放出し、バロンを吹き飛ばす。

「ぐはぁっ、くくっ、この私としたことが」

「……僕のこの体にここまで深い傷をつけるとは……」

「そう、我が闘気は暗黒闘気。コーカサスの纏う瘴気と同じものだ」

「……あの黒い瘴気と同じ……」

「暗黒闘気によりつけられた傷は治癒魔法や闘気による再生、更には細胞の増殖をも防ぐ。つまりその傷は治らない」

「……ぬくく……だが鋼で塞ぐことはできよう!はぁっ!」

 バロンは身体中の切創に鋼を流して応急処置を施し、闘気を腕に流して練り上げる。そしてパラワンに向けそれを放つ。砂を巻き上げつつ猛進するそれをパラワンは真正面から受け止め、全身から暗黒闘気を放つ。バロンの嵐のような闘気を瞬時に無力化し、それだけでは飽きたらずバロンを滅多切りにして吹き飛ばす。砂漠に落ちたバロンは、もはやピクリとも動かなくなった。

「この程度か……アグニが好敵手と認めるほどの男とは思わんが、ここで死んでもらおう」

 パラワンがバロンへ近づいたそのとき、パラワンは凄まじい殺気を感じて飛び退く。そしてバロンとパラワンの間を遮るように巨大な黒馬に乗った黒騎士――狂竜王と、その後ろにフードを深々と被った人間が現れた。フードの人間は黒馬から飛び降りると、バロンの傍に近寄って座る。狂竜王はパラワンを見据え、どこからともなく手に槍を持つ。

「去れ、鉄騎の王よ。この男を死なせてはならぬ」

「貴様は……女か……?神子とは貴様か……?」

「私は神子ではない。神子とはこの世界の輝く盃、私のような野蛮なものではない」

「まあいい。神子でないなら容赦も要るまい。どけ!貴様がどこの所属かはどうでもいいが、その男を守る気なら殺すのみ!」

 狂竜王は黒馬から降りると、砂漠に轟音を轟かせて着地する。そして黒馬はフードの人間の方へ歩み寄る。

「行け!ここは私が引き受けよう。そなたはニブルヘイムの者に私のことを伝えよ」

 フードの人間は頷くと、バロンを魔法で浮かせ、前足を折って屈む黒馬に乗せ、自身もまた黒馬に乗り、その場から脱した。

「追え!」

「無駄だ」

「何?」

 砂漠の向こう側へパラワンが視線をやると、地平線の向こうに薄い膜が見える。

「貴様何をした」

「結ばれなければならない運命もある、ということだ」

 パラワンが大顎を振るい、真空刃が狂竜王の鎧を切り裂く。が、その鎧は傷一つついていなかった。

「は……?バカな、貴様は一体……!」

「ふむ、鋼の竜も死んではならんが、そなたもまた、ここで死ぬわけにはゆかぬ。しばらく眠ってもらおう」

 狂竜王が槍を掲げると、猛烈な暗黒の嵐が吹き荒れる。そして槍をパラワンたちの方へ突き出す。すると、前方が暗黒で潰れてなくなり、後には鉄騎隊が全員倒れ伏しているだけだった。

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