その2 第一話
ニブルヘイム・ガルガンチュア
「……すまない、ヴァルナ。僕の判断ミスだ」
「気にするな。私も少し図に乗り過ぎた」
ベッドに包帯だらけのヴァルナが横になっている。ニブルヘイムの冷気に耐えるため吊るされている点滴には不凍糖なる物質が封入されている。ヴァルナはバロンを見上げると、申し訳なさそうに口を開く。
「狂竜王……やつは一体何者なんだ……私が手も足も出なかった」
「……ああ、僕も戦ったが、拳が掠ることさえできなかった」
「バロン、私はしばらく体を休める。頼むぞ」
「……ああ」
バロンは踵を返し、部屋から出た。自分が最初に目覚めたその部屋から出ると、右に進む。石の廊下を音を殺してゆっくりと歩いて行く。突き当たりにある扉を開くと、ラーフとヴァーユが液晶の前に座っていた。
「よう。将軍の様子はどうだい」
「……問題ない。話を聞いたらむしろ心配したのが馬鹿馬鹿しく思えてくる」
「全力を誘ったら予想を遥かに上回る力を発揮されたために敗北したと……まあ確かに、それなら愚かというかなんというか……」
「……ヴァルナのことを気にかけるのはここまでだ。君らの話によるなら、この世界の男は完全に木っ端微塵にされない限り死なないんだろう?ではヴァルナのことを気にしても仕方ない」
バロンは極めて冷静に、椅子を引いて座った。
「……ラーフ、アリンガでの戦いは予想外だらけだったが、次に奪還する、もしくは攻める場所はどこだ」
ラーフは立ち上がり、液晶に映像を映す。砂漠の一地帯が映された。
「……ここは?」
「パラミナ首都、ムラダーラ。パラミナの丁度中央、古代の城の前にある大都市です」
「……古代の城……?」
「思い出してねえのか、バロン」
「……いや、全く……ッ!?」
バロンは唐突に、猛烈な頭痛と閃光に襲われた。
――……――……――
薄暗い洞窟の中に居る。青い光を放つ岩が所々に表出し、僅かな視界を確保している。横には赤い鎧の骸骨騎士が胡座をかいて座っていて、そして青い光に照らされた洞窟の中央で、美しい青い髪の少女が舞を舞っていた。
「これが原初の大賢者……宙核殿、かように美しい娘を伴侶としているとは、中々どうして、男の性に従順ですなあ」
「……世辞はいい。誰がどう評しようが彼女は僕と運命を共にせねばならん」
男は立ち上がると、少女の方へ近寄る。少女は舞を止め、男を見つめる。
「エリアル、舞はそろそろ終わりだ。次の世界が始まる」
男が少女の頬を撫でると、くすぐったそうに少女は微笑んだ。
――……――……――
閃光が収まると、バロンは横で自分の体を揺らしていたヴァーユに手で大丈夫だと合図を送る。
「ったく大丈夫か?古代の城でなんかピンと来たのか?」
「……いや、何も。だがその古代の城がどんなものか大体はわかった。神子が居る場所であると同時に……僕の記憶の鍵があるに違いない場所だ」
「ほう、あなたの記憶……少し気になったのですが、バロン。あなたは私たちの知っているバロンと同じ姿をしているだけで、我々の知っているバロンではないのでは?」
「……確かに、言われてみれば。そちらの言う僕は、今も思い出せた記憶と全く合致しない。むしろ、いつも神子とそっくりの少女と一緒に居るんだ」
「神子とそっくりの……ふむ、ますます気になりますね。あなたの記憶がもっと正確にわかれば、この世界がなぜひたすら戦い続けているのかわかりそうなものですが」
「……ああ。思い出したら教える。今は作戦に集中しよう。それで、ムラダーラをこれから攻めるのか?」
「ええ。ですが、今すぐにではありません。ムラダーラの少し前に、コルムナという砦があります。そこを落としてから、ムラダーラを攻めます」
液晶に映る映像が切り替わる。無数の基郭によって建物内が区切られた砦が現れた。
「……なんだこれは。少し利便性が低すぎではないのか」
バロンが少し不思議そうに尋ねる。
「コルムナはゾルグが作った砦で、防御及び時間稼ぎに特化した高機能防御砦です」
「……なるほど確かに、これだけ迷路のように区切られていては攻め込むのは時間がかかりそうだが」
「いえ、ここの真髄はそこではない。ここは攻め込んだものを決して外に出さない形式の砦なのです」
「……なるほど。攻められるのを予防するより一度自らの懐に入れてから消化すると」
「ええ。ですから今回は、バロン、あなた一人でここに攻め込んでもらいたい」
「……!?」
予想外の提案に思わずバロンは目を見開く。
「マジか!それでいいのかラーフ!」
ヴァーユも同じように驚く。
「ええ」
ラーフは眼鏡の位置を直す。
「食料基地、アレフ城塞、国境、そしてアリンガ……バロンの強さは、間違いなく我々の知るバロンそのものだった。例え別人であったとしても、その姿であの強さ、間違いなく我々の知るバロンです。ならば、この程度の砦を落とすなど造作もないでしょう。というより、あなたが一人でコルムナを落としている間に我々は首都を落とす準備をしたいので、あなた一人に任せます」
ラーフはしれっと椅子に座った。どうやら、バロンにはもう言うことはないということのようである。
「……まあいい。今までは二人が居たからな。僕自身の拳の腕を戻すためにも引き受けよう」
ヴァーユがバロンを見つめてニンマリする。
「気ぃつけろよ?」
「……わかっている」
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