新約:おばけの帰り道

狐面 シノ

第一話『窓辺のイモリ:前編』


 ――最近、噂になってる『窓辺のイモリ』。田舎に住んでるある男の子が、網戸に張り付いたイモリを見つけた。

「イモリを捕まえて、学校の奴らに自慢しよう」男の子はイモリを追いかけた。虫取り網で捕まえたころには、辺りはすっかり暗くなっていた。

「ただいま」男の子が玄関の扉を開けると、何かがおかしい。今は夏なのに、石油ストーブにコタツにミカン。母親も厚手の服を着て「おかえり」と言った。

しかし男の子は何も疑問を抱くことなく「イモリ捕まえたんだよ」と母親に自慢する。虫かごにはちゃんとイモリがいる。

 すると母親はイモリを見てこう言った。

「これはイモリじゃないよ、ヤスデだよ」と。



「……どういうこと?どう考えてもイモリでしょ。」

「この男の子は異界に辿り着いたってオチ。中々面白いと思うけどなー。」

 私は『襖間 風花ふすまふうか』。小学6年生の図書委員。昼休みに友達の『こころ アリナ』と本を読んでいた……というより、一方的にすすめていた。最近お気に入りの一冊である怖い話の本には、主人公の男の子が異界に行ってしまうお話『窓辺のイモリ』が載っていた。

「異界?」

「そうそう!夏だけど異界では冬、イモリではなくヤスデと言う世界!そして自然に馴染なじんでしまった男の子!アリナも、イモリには気を付けてね。」

「いやー……無いと思うよ。大体こういうのって作り話が大半でしょ。」

 案外バッサリと切られた。

「そんなことないよ!Bクラスの子が、こっくりさん成功したって聞いたし、トイレで花子はなこさんに会ったって!」

「はいはい、わかったから。」


「でもいいなぁ……異界。」

「なんでフーカは憧れてるのさ。」

 なんでと聞かれても、ぶっちゃけ怖いもの見たさもあると思う。でも、本当に存在するなら幽霊だっているはず。異界に住んでる幽霊がいるのだから、現世げんせに居てもおかしくないと思う。……と話した。アリナは「ふーん」と若干引きつつも、

「まあ……いいんじゃないの?」

と肯定。

「だよね!あ、窓にイモリ居たら教えて!私は職員室行ってくる!」

「あっ?!……フーカ、なにやらかしたのさ。」

アリナの驚く声が聞こえる前に、私は廊下に飛び出した。


―――――


「襖間さん。」

「……はい。」

「クラスの子――あなたの友達の神奈川かながわさんが言ってましたよ。また夜の学校に来てたって。」

「……すみませんでした。」

 職員室に呼び出された理由は、先日私が夜の学校に潜入したことへの説教だった。また神奈川がチクったらしい。というのも、神奈川は吹奏楽部でも成績が悪く、しょっちゅう居残りをしているのだ。見つからないように動いたつもりが、まさかバレていたとは。

「で、あんた。前回ワタシがなんて言ったっけ。覚えてる?」

「えーっと……『二度目はない、もしやったら――』」

「はいこれ。」

先生はプリントを十枚ほど、作文用紙を五枚机に置いた。

「『もしやったら反省文と宿題増量』。明日までにやってきてください。」

言い終わると、机の上にあったコーヒーをすする先生。無言の圧力が痛い。

「……すみませんでした。」

ちくしょう。神奈川の奴。もう少ししっかり演奏してよ。そう思いながら、両手で紙の束を抱えて教室に向かう。


相田あいだ先生、大変ですね。」

「ああ。襖間はああ見えて、国語だと成績がいい。読解力があるなら、常識も身についてほしいものだ。」

「アハハ……そうですね。」


――――


 さて。昼休みも終わり、授業はとどこおりなく進んでゆく。音楽室に響くリコーダーの音は、不協和音でないにしろあまり心地よく聞こえなかった。

「うーん……。これはぁ……。」

男子が小声で「うわ、でたよ」「ベントーベンが悩むと絶対よくないって」と噂話をする。

「こらそこ!谷岸たにぎし松田まつだ!静かに!」

「はいっ!ごめんなさーいっ!」

 ベントーベンこと弁東べんとう先生が自分語りを始める。いつものことだが、今日は長く感じる。先生の産まれた時のこと、中学で友達がピアノだったこと、高校の一学期でヤンキーになって、ピアノで更生して……。この調子だと授業が進まずに終わるだろう。とみんなが思っていた。私はというと、窓の外をぼんやりと眺めていた。今日も空は青い……と、その時だった。

 ――イモリだ。窓にイモリが張り付いている。イモリはこちらを見たかと思うと、下の方へと逃げてゆく。

「先生!トイレに行ってきます!」

と明らかな嘘をついて、一目散にイモリを追いかける。音楽室は四階。階段を駆け下り、その下にある図書室の窓には、イモリがせっせと下へ向かうのが見えた。急がないと見失う。そう思い、一気に一階へ。上履きのまま外へ飛び出した。

「はぁ……い、イモリだ!」

壁に沿って下へ降りるイモリ。すると、私を追いかけて来たのか、誰かの足音が聞こえる。振り返るとアリナがいた。


「ちょっと!トイレかと思ったら、なんで校庭まで……!」

「ごめんごめん……イモリがいたからさ。」

「ごめんって……そんなんだと、また宿題と反省文だよ?相田先生にまた怒られたいの?」

「えへへ……。あっそれよりさ!」

と、視線をイモリに戻すが、もう姿は無かった。

「……なにかいるの?」

「あれぇ……おかしいなぁ。さっきまでイモリが……。」

アリナは首を傾げる。

「……フーカちゃん、イモリとか好きだったっけ?」

「いやそういうわけじゃ。今日のお昼に言ったでしょ、『窓辺のイモリ』。」

「ああ、全然覚えてなかった。フーカちゃんの話長くてさ。で、さっきまでいたの?」

「……うん。」



――「ただいま」男の子が玄関の扉を開けると、何かがおかしい。今は夏なのに、石油ストーブにコタツにミカン。母親も厚手の服を着て「おかえり」と言った。――

「ねえ、アリナはさ、『窓辺のイモリ』ってどう思う?」

「……たまにいるものじゃない?」



――しかし男の子は何も疑問を抱くことなく「イモリ捕まえたんだよ」と母親に自慢する。虫かごにはちゃんとイモリがいる。――

「ねえ、アリナはなんで、宿題と反省文が増えるって知ってるの?」

「フーカちゃん、前にももらってたじゃん。……まさか忘れてないよね。」



――すると母親はイモリを見てこう言った。――

「ねえアリナ。」



――「これはイモリじゃないよ、ヤスデだよ」――



「なんで私のことを『フーカ』って呼んでるの?」



 おかしいとは思った。

今は秋なのに、桜が満開だったこと。雨が降ってないのに、水溜りができてること。

宿題と反省文を追加されたことを知っていて、イモリの話を知らなくて、私のことを『フーカ』と呼ばない友達のこと。


「ああ、もうわかったんだ。流石さすが図書委員。」

「……あなたは誰ですか。」


「さあね。多分アリナ。あなたの友達の『心 アリナ』だと思うよ。」

ここは恐らく――


、『襖間 風花』さん」。

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