第7話


「いやぁ、参ったわね」



 そう言って駆け込んできたのは、ドワーフ種族の少女だった。

 頭にはなぜか、可愛らしいウサ耳が装着されていて。

 背中には大きな盾を背負い。


 どこからどうみても、防御タイプの重戦士が。


 ローリエのすぐ隣に入ってきた。



 唖然とする。

 雨の音が聞こえなくなるくらい。


 ローリエは、驚いた。

 

 こんなすぐ隣に、他人がするりと入り込んできた。

 たった、1メートルの真横に。

 その緊張か恐怖か分からない感情に、心身が強張っていく。



 その様子を、ドワーフの少女は心配してか。

 ローリエの顔を覗き込んできた。


 大丈夫?

 そう言いたげに、首が傾げられる。


 そろり、と動かしたローリエの視線が、交差する。

 一瞬、ローリエはドワーフの少女と目が合った。


 「あっ……」

 思わず声が漏れる。

 けどどうしていいのか分からない。


 雨音だけが、ざーざーと耳に入ってくる。

 やかましく。

 うっとうしく。

 跳ね上がる鼓動を押し隠すかのように。


 そんな状況。 



 路地の軒下に、小柄ふたり。



 そう、小柄が二人だ。



 ローリエの身長は、ドワーフに近く。

 エルフ種族の平均を大きく下回る140cm程しかない。



 それは、プレイヤー:すめらぎ愛海なるみのキャラクリセンスの無さが原因だった。

 

 あえてもう一度言おう。

 ローリエのキャラクタークリエイションは、愛海のセンスが無さ過ぎた。

 そのため。

 ランダムで作成されたモノを、半ばガチャのように何度も試行して、奇跡的に超絶美形に仕上がった姿形を使用している。


 しかし、顔は完璧に仕上がっていたが、体型には一癖あった。

 まず、胸はぺらぺらで、下半身だけが艶めかしいくらいお尻が安産型で、それに倣うように太腿も『太いから太腿って言うんですよ?』と言わんばかりの高主張だ。

 そして、身長は140cmくらいしかなかった。

 これは、エルフ種族としては最低値位の低さだ。

 

 今は、プラチナ色の金髪を、太めの三つ編みお下げにしているが、その幼い髪型のチョイスが、さらに少女感を強めている。



 そのローリエを、やや中腰のドワーフ少女が、なお上目遣いで見上げてくる。

 ドワーフなのだから、背が小さいのは普通だけど。


 だからこそ、視線を遮る術に困る。


 上からの視線は遮りやすくても、下からの視線は遮りづらい。

 

 できることは、眼を逸らすことだけ。



 

 

 エルフの小柄が、どうみても陽気でキラキラの少女に見つめられる。

 ドワーフ少女の小動物のような可愛さが合わさって、ローリエの緊張がさらに加速する。


 実際、ドワーフ少女の顔の造形は、ローリエに負けず劣らずの一級品だった。

 美しいというよりは、可愛らしいという雰囲気で。

 ツーサイドアップのミディアムヘアは、薄桜色チェリーピンクで、ちょっぴり尖った耳と、色白の素肌。

 子猫のような配分でキラリと輝く赤く大きな目が印象的で、一言で言うならば、めっちゃ幼女。

 トドメとばかりに、頭にはふさふさのウサ耳を身に着けている。


 なのに、全身フルプレートメイルでがっちがちだ。

 腰部の花弁のように広がる金属プレートが、鎧の下に着こんだフワフワドレスのスカートと重なって、可憐さすらも孕んでいる。

 素晴らしいコーディネートだ。

 かわカッコいいにもほどがあろう。 


 そんなドワーフの身長は125~130くらいだろうか?


 様子を見ていた感じのドワーフだが。


 視線をそらしたローリエを追いかけるように。

 さらに1歩近づき。

 ローリエの眼を、再び見つめてくる。

 

 そして――。


「こんにちは……?」


 そんなドワーフの少女も、物は試しという感じか。

 ちょっと探り探りというニュアンスのこもった挨拶が、小さな口から放たれた。

 可愛らしい声で。


「へっ?」

 あっ、あの、その……。 


 ローリエは、小さな驚きの声を漏らし、思わず1歩後退あとずさる。

 続く言葉はまるで霞のように存在感を示さず。

 その背中が、追い詰められたかのように、背後の壁に密着した。

 

 満足な返事も返答も挨拶も、ローリエからは無く。 

 けれども、ドワーフ少女は止まらなかった。


「あなたも、雨宿り……ですか?」

「あ、は……は、はい……」


 霞から雲くらいには進化した声量で、ローリエは言葉を絞り出す。

 その最中。

 右へ左へ、ローリエが外す視線をドワーフ少女がホーミングしながら。 


「そう、ですか。急に降ってきましたもんね」

「そ、ソウデスネ」


 眼がぐるぐると回っているような錯覚に陥る。

 ローリエはまちがいなくテンパっている。

 なんなら、この3年間で一番他人と接近しているかもしれない。

 


 どどど、どうしよう。

 どうしたら……?


 どぎまぎのローリエ。


「……」


 そのあたりで、ドワーフの少女は悟ったのかもしれない。

 目の前のエルフが、他人が苦手だという事に。


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