第4話


 ローリエは、空間転送システムを使って、首都グランタリスに行くことができる。

 しかし、いきなり行ったら、人混みの中にいきなり出ることになる。


 そんなことになったら、水揚げされた魚のようになってしまう。


 それは、容易に想像できることなので。


 首都からちょっと距離のあるド田舎に飛んだ。

 そこから、徒歩で目指す。



 「えっと、首都はどっちだっけ」


 このVRゲームは、不親切だ。

 他のゲームのように、キャラクターの上に文字は出ないし、お店の名前も表示されない。

 右上にミニマップが表示されるというような親切さは欠片も無い。

 逆に言えば、とことんVRという世界観を大事にしているのだともいえる。

 だって、現実世界で人の名前が浮いて見えてたらおかしいもんね?


 まぁ、つまるところ。


 今自分が何処にいるか知りたければ、村や町の案内板を見たり、他人に聞いたり、相応のスキルや魔法を使う必要がある。


 幸い、ローリエは『紫系エレメント』―(土属性と重属性)と、『緑系エレメント』―『木属性と風属性』のうち、『土』『木』『風』を極めているので、方向感覚は土系スキルの『ディレクションセンシング』というパッシブスキルで補われている。

 

 自分が今、東西南北のどこを向いているのか、ということは親切に表示されるわけだ。

 

「たしか、南の方だったっけ」


 普段、森から出ないので、首都の場所が定かではない。

 念のために、村の中に建てられている案内板の地図を探す。

 

 あった。

 大丈夫。首都はやっぱり南。


 では南へ。



 田舎過ぎて、人が居ない辺境を出て、首都への街道を目指す。

 


 このゲーム、HPとMP以外にスタミナという物があり、行動すると少しづつ減っていくのだが。

 それは食事で回復する仕組みになっている。


 ちなみに、スタミナが0になるとすべての行動が出来ず、放置すると倒れ、もっと放置すると死ぬ。

 もし、戦闘中で食事している場合でない時はスタミナを回復するポーションなどを使うのだが。



 ローリエは、道中。

 懐から、重度のアル中が酒瓶を取り出して、ぐいっとあおるかのように。

 


「ぷはぁ」


 エリクシルを飲む。

 だって余ってるから。

 

 さすがの高級薬品だけあって、あらゆる疲労や傷や状態異常やHPもMPもスタミナも全快する。

 首都で幾らで取引されているのか?

 ローリエは知らない。取引したことが無いから。


 それを、安酒のように飲むのである。

 可愛らしいエルフが、まるでダメな大人のようだ。



 そんな感じで。

 街道を進むと、少しづつ人の往来が増える。

 当然だ、首都が近くなってきたからだ。


 そして、遠くに、微かに、首都のシンボルである大きな主城が見え始めた。

 懐かしい。


 首都に行くのは、いつぶりだろうか、とローリエは思う。

 それに。


 街道の脇は、弱い魔物がちらほらと徘徊していて、始めたばかりの初心者が良く戦っているはずだ。

 ローリエも始めたてのころは、この辺りで戦っていたかもしれない。



 草原生息系の、動物や昆虫なんかの魔物が多かった覚えがある。

 

 見渡す限りの草原。

 空を流れる雲。

 遠くに見える城。


 

 絵にかいたような、ファンタジーだなぁ。

 いつの間にか立ち止まっていたローリエがそんなことを思っていると。


 !?


 どこからか声が。

 ローリエの鋭敏な耳が確かにとらえる。


 耳だけではない。

 

 

完全なる方向感覚ディレクションセンシング

地上振動感知レゾナンスシーカー

超音波空間認識ウルトラサウンド


 パッシブスキルで増強された感覚は、様々な情報をローリエに伝えてくる。

  


「……」

 何かがこっちに来る。

 大きいやつだ。


 それに……。



「これは……」


 

 確かに聞こえる声。


「た、助けてぇ~!」


 フェードインする声とともに。


 全力疾走で、草原から街道へ向かってくる人影。

 やがて、その詳細が見える。

 装備も、見た目も、完全に初心者だと解る少女が、ローリエの目の前を。

 街道を。


 必死な様子で横切って走り去る。


 その後から。


 少女を追い回している魔物。


 大きな可愛らしいウサギが姿を見せる。


「ネームドモンスター?」

 なんて魔物だっけ? 忘れてしまったけど。


 

 どうやら、少女はネームドモンスターに追い回されているらしい。


 まぁ、放っておいてもきっと親切な誰かが助けてくれるでしょう。


 と、思うものの。

 

  

 一度通り過ぎた少女とウサギは、ユーターンして、こともあろうに。

 ローリエが居る方に進路を取った。



 このままでは巻き込まれてしまう。

 初心者の少女は、ひぃひぃ言いながら、助けを求め続けている。



 仕方がない。

 

 ローリエは、戦闘態勢を取りつつ――。 



「『大自然の弓フォレストアーク』、『狙撃姿勢スナイパースタンス』『木製矢製造クリエイトアローズ』、『自然環境下隠密強化マントオブギリー』」


 木と蔓を組み合わせて出来た長・中距離用のコンポジットボウを作り出し、射程強化、精度強化を施して、大きなウサギに弓を向ける。


 地面に突き刺さる幾つもの矢から、1本を手に取り。


 弓の弦に、番え、

 木属性スキルの、毒スキルから、麻痺毒を選出し、矢に装填する。

 属性スキルと合わさった物理スキルは、魔法剣となって別のスキルに変貌する。


 「『パラライズショット』!!」


 放たれた矢が、ネームドモンスターの頭に直撃し、その巨体がバランスを崩す。



 そして、地面に倒れた。



 


 追いかけられていた少女は、ローリエの目の前まで来て。

 いなくなった後ろの気配に、振り向いた。


 地面に倒れた大きなウサギに、視線を向け。


 息を切らしながら。


 自分が助かったことを知る。


  

 少女が再び前を見て。


「あ、ありがと……。――あれ?」




 一瞬目の前にいたはずのエルフは、既に姿を消していた。


 すぐに草むらに逃げ込んだエルフは、隠密強化がかかっている。



 もう、初心者の少女に、見つけ出すことは出来ない。



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