光 183

 向こう行くぞって鴉に言われたけど、僕はごねてて、やだよー恥ずかしいよーって畳の上で丸くなってた。






 だって、どんな顔してけばいいの?






 最終的にもうすぐ天狗が仕事に行く時間だからって言葉に身体を起こした。



 行ってらっしゃいは、したいから。絶対。






 で、また、な、やりとり。






「ご飯何がいい?」

「僕今エネルギー不足だから、ものすごいがっつり系が食べたい」

「エネルギー不足?」

「エネルギー不足。僕のエネルギー、さっきので明日の分まで使っちゃったよ」






 僕はかなり本気で言ったのに、鴉は冗談だと思ったのか、僕を見てくすって笑った。






 無表情無愛想イケメンの、たまに見せるこういう笑い顔って、反則だよね。



 無駄にどきってしちゃうから、やめて欲しい。






 どきってしたのをバレたくなくて、僕は慌てて鴉から目をそらした。






「がっつりか」

「うん。がっつり」

「難しいな」






 なんて話しながらの台所。



 入り口を入ったところで、あとは着替えるだけになった超絶チャラ男な天ちゃんとばったりになった。






 タイミング‼︎






 って思ったのは一瞬で、思うと同時に口に出てた。






「あれ?天ちゃん、何か目赤くない?」






 髪の毛がセットされてるから目立ったんだと思う。



 家モードな天ちゃんだったら多分分かんなかった。






 赤い気がする。いつもと違う気が。






「え⁉︎うっそ、そんな分かる⁉︎」

「うん。分かるよ。どうしたの?泣いちゃった?」






 目赤くない?も、泣いちゃった?も、めちゃくちゃ軽い気持ちで言ったのに。



 赤くない?で思った以上に天ちゃんが焦って。






「ええ⁉︎そこまで分かる⁉︎」






 嘘でしょ⁉︎な、大当たりだった。






「え?天ちゃん泣いたの?」

「え?まさかの当てずっぽ?」

「うん。冗談で言ってみたんだけど」






 それにはさすがに、僕の方がちょっとびっくりだった。






「何かあったの?大丈夫?」

「あ〜全然全然。大丈夫大丈夫。ちょっと鴉にね、嬉しいこと言われちゃって、めちゃくちゃ嬉しくてうっかり泣いちゃった❤️」

「嬉し泣き?」

「そ、嬉し泣き」






 それを聞いて安心。



 嬉しいならいいよね。



 天ちゃんが泣くほどイヤなことや悲しいことがあったなんて、それはイヤだ。そんなの僕が泣いちゃう。



 だから、逆で良かった。






「もうね、鴉ってば殺し文句をパレードさせてくれちゃって」

「あ、分かるそれ‼︎殺し文句をパレード‼︎鴉ってものすごい普通に人のことタラすよね⁉︎」

「あ〜‼︎ぴかるんそれ分かる〜‼︎タラすタラす‼︎めっちゃタラす‼︎え、それでぴかるんタラされちゃったの⁉︎」

「そうだよ‼︎うっかりタラされちゃったの‼︎」






 はっ。






 言ってから我にかえる。






 僕今何て言った⁉︎



 分かってくれる人が居るっていい‼︎なんて盛り上がって。テンション上がって。






 ………うっかり、タラされちゃったって、言ってるそれがうっかりだよ‼︎






「って‼︎何言わすの⁉︎天ちゃん‼︎」

「ひゃはははっ‼︎ごめんごめんっ」






 もう‼︎自爆してどうすんの⁉︎僕‼︎



 うぎゃってなりつつも、これ以上のエネルギー消耗は何としてでも避けたい‼︎って、僕は必死に話を戻した。






 だから目だよ、目‼︎天ちゃんの目‼︎






「お客さんに何か言われない?冷やす?」

「うわ、ありがと〜、ぴかるん。けど店の照明は暗めだから、多分大丈夫。気づかないと思う」

「ならいいけど………」






 よし、この辺で。



 話が戻ったこの辺で退散しよう‼︎爆破される前に‼︎






 の、僕の目論みは。






「やだもう〜、さすが鴉のお嫁さん❤️」






 あっさりぐへぐへ天ちゃんによって憚られた。






 それこそ『お嫁さん』ワードにびっくりしすぎて、はへ⁉︎なんて変な声が出た。






「あ、あれ?鴉がお嫁さん?なら、お婿さんか」

「は⁉︎はいいい⁉︎何言ってんの天ちゃん‼︎寝てんの⁉︎」

「え、やだぴかるん。天ちゃんめっちゃ起きてる❤️」






 天ちゃん。






 めっちゃ起きてる、はあと。じゃなくて。



 お嫁さんとかお婿さんとか‼︎



 お嫁さんとかお婿さんとか‼︎



 もう一回言うけどお嫁さんとかお婿さんとか‼︎






 天ちゃん何でそんなことを言い出してるの⁉︎



 僕たち当たり前だけど結婚なんかしてないし、僕の年じゃまだできないし、そうじゃなくてそもそも‼︎そもそもだよそもそも‼︎






 頭の中がうわあああああってなって、うわあああああってなってたら、そこで鴉が。天狗って。






「はい」






 ぐへぐへ天ちゃんが、戻る。元に。



 鴉の睨むみたいな一声に。






 ………うん。鴉は。



 鴉はこういう人。






 無表情で無愛想で、今だってお米洗ってた。



 天ちゃんと僕の会話より、ご飯の準備って感じだった。






 でも、実際はちゃんと僕のことを気にかけててくれて、さっきのでエネルギー不足って僕の言葉を多分ちゃんと分かってくれてて。






「光、夕飯の準備、手伝ってくれるか?」

「………うん」

「じゃあ向こうで手洗って来い」

「うん」






 こうやってするんって、助けてくれる。






 鴉って、そういう人。






 僕は鴉によって恥ずかしい大洪水から救い出されて、洗面所に逃げ込むことができた。






 だからさ‼︎こういうとこが天然のタラシで、僕はうっかりタラされちゃうんだってば‼︎






 ………あとでお礼、言わなきゃ。






 石鹸で手を洗いながら、ありがとうの他に何かできないかなぁって、ちょっと思った。

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