光 131
「後で鴉とどう?」
ごめんなさいってジャケットの襟から手を離したら、天ちゃんが脇に挟んでたものをかさかさって渡してくれた。
それは、花火、だった。
昔、僕がまだ小学校低学年の頃までかな。
夏休みに父さんと母さんと3人で毎年やってた記憶がある。
夏休みの宿題の絵にも描いてた記憶が。
昼間の暑さが少し和らいだ夜。
暗い空気に咲く火の花。
花火って、いつもの夜よりほんの少し、特別なんだよね。
後で、鴉と。
やるって僕は、それを受け取った。
仕事に行く天ちゃんを鴉と見送った。
鴉とふたり………って言っても、かーくんもきーちゃんも居るけど、何かちょっとどうしようって、いつもみたいに、僕はできなかった。
どうしても変に意識しちゃうっていうか。
自分が天ちゃんに言ったことや、そのあと思ったことに、自分でびっくりもしてるし。
母さん。
ごめんね。僕はものすごく親不孝者で、最低なのかもしれない。
普通なら選ぶよね?過去のやり直しを。
だって普通ならあり得ないことだ。
普通だったら過ぎていくしかない時間を巻き戻せる。
そんな奇跡以上の奇跡の切符を、僕は手に入れられるところに居る。
なのに僕は、母さんが居る毎日より、僕がここに居る毎日を選んだ。
本当にいいのかなって、まだちょっと迷ってるけど。
ひどい、よね。
僕がここに居るためには、母さんはあの日死ななくちゃいけない。
僕がここに居るためには、父さんは家に帰ってきちゃいけない。
僕がここに居るためには、僕はあの日犯されなきゃいけない。
ひどい話。親不孝。最低。
台所。
鴉が袖をめくって大きな中華鍋を豪快に振ってた。
それを僕はダイニングテーブルの自分の席に座って見てた。
今日は麻婆丼。
僕にはあの中華鍋は扱えないから、ここで見てるだけ。
泣き過ぎて瞼と頭が重いし、『アレ』を思い出しちゃって脳内リピートだったから身体も重い気がする。
麻婆丼でよかったのかも。今日は戦力になれる気がしない。
椅子に座って頬杖をついて、僕はずっと鴉の後ろ姿を見てた。
かーくんがテーブルの上でばさばさ求愛ダンスしてる。
足元ではきーちゃんが尻尾をふさふさしてる。
この毎日が消える毎日は、やっぱりイヤって思った。
いただきますとおいしい以外、黙々とご飯を食べて、食べ終わって黙々と片付けて、まだ少し明るいけどやるかって言われて、うんって花火を持って外に出た。
玄関のとこで上着を着せられた。天ちゃんが洗ってくれた上着。
鴉を意識しすぎてどきってした。
どきって。
僕は‼︎女子じゃないけど‼︎けど‼︎
思わず拳を握って言い訳っぽく自分で力説。
女子じゃないけどさ‼何回も言うけどさ‼︎︎鴉って普通にすんごいカッコいいんだよ‼︎モデルとか芸能人レベルなんだよ‼︎
そんな人がだよ⁉︎めっちゃ自分の世話を焼いてくれて‼︎無愛想なのに優しいとか‼︎無表情かと思えばすんごい優しい顔で笑ってるとか‼︎無口なのに一言の半端ない殺し文句とか‼︎他にも色々‼︎色々‼︎
はあ。
僕はそっと息を吐いた。
鴉ってこの山しか知らない人だから全部が本気。本音。
お世辞とか下心とかゼロ。
気持ちで言葉で態度。全部イコール。
そんなのね‼︎女子じゃなくたってどきどきするに決まってるでしょ⁉︎どうしたってしちゃうんだよ‼︎
「光?」
声には出さず思考で全力の力説をしてたら、鴉にちょっと不思議そうな目で見られてた。
かーくんのきーちゃんもじっと僕を見てた。
………恥ずかしい。
慌てて靴を履いて、肩にかーくん、足元にきーちゃんで外に出た。
昼間はまだ暑いのに、日が落ちるとぐっと涼しい天狗山。
そして涼しい空には。空は。
「いつも思うけど、すごいよねぇ」
星が見え始めてる。
プラネタリウムみたいって、この空を見るといつも思う。
星って本当にこんなにもあるんだって、最初めちゃくちゃ感動した。今も。何回見ても感動する。
これは、本来なら僕はお金を出さないと見れない景色。
それを日常生活で当たり前に見てる天ちゃんと鴉が羨ましかった。
星。
不思議。
どんどん増えてくその中のひとつに、僕は居るんだ。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
このたくさんある星のひとつで、鴉と一緒に星を見上げてる。
ごめんね、母さん。
やっぱり僕は、この今をなくすのは。
………イヤだ。
またじわって浮かんだ涙を、僕はそれ以上にしないよう、上を向いてた。
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