鴉 119

 栗拾いの話でひとしきり盛り上がった日の夜。



 一緒の布団に寝るのを断固拒否されて、仕方なくいつも通り布団を並べて寝た。



 その日の夜も、光はうなされた。母さんって。



 小さい光が苦しそうなのに俺が耐えられなくて、昨日と同様起こして水を飲ませて寝かせた。






 どんな夢なのか聞いても、光は母さんの夢って言うだけで、詳しく言わなかった。



 だから俺もそれ以上は聞けなかった。



 もっと深刻そうとか、眠れてないんだったら強引に聞き出すのもありなのかもしれないけど、いいのか悪いのか、その後も普通に寝るし、メンタルがやられていくんでもない。



 矢はまだ刺さってても、ヘドロが異様な増え方をしてるとかもない。






 ただ、母さんって。






 夢を見てる本人が平気そうなのに、俺の方が寝不足の次の日。



 今日こそ赤い鳥居のところに行くって言う光に、誘われるまでもなくついていった。ネコマタに乗って。






 不覚だった。まさか、あんなに揺れるなんて。






 俺は乗って5分でネコマタから降りた。気持ち悪くて。あと数分遅かったら、朝食べたものを全部ぶちまけるところだった。






『車酔いじゃなくてまーちゃん酔いだね』






 まったく平気な光をすごいと思った。






 鳥居は見るだけにした。



 どんな状態か見てみないことには手は出せない。



 掃除したい、キレイにしたいって言われても、可能かどうか。






 奥の、本殿まで続くいくつもの赤い鳥居は、所々倒れてた。



 光に強請られて行った本殿も、ひどい荒れ方だった。






 昔、俺が見たときにはすでにひどかったからある程度は予想してたけど。






 ………これは、キレイにできるのか?






 ぼろぼろの本殿を、少し離れたところから座って見てる気狐の背中から、光と同じ悲しいにおいを感じた。



 その気狐を見つめる光からも。






 ここをキレイにしたからと言って、何かが戻るものでもないだろう。



 ここにはもう何もない。誰も居ない。



 それとも、キレイにしていつか光が山をおりたら、ここに気狐が戻るのか。



 気狐が戻ったら何かが戻るのか。






 悲しいにおいが、風に巻き上げられて夏の空を舞った。






 とりあえず今日は帰って家に使えるものがないか探そう。天狗に相談しよう。






 そう言って、光たちはネコマタに乗って、俺は歩いて、棘岩を経由してから帰った。






 その日の夜、光はまた、うなされた。



 俺のすぐ横で。






 今日は同じ布団に寝た。



 別に、俺が添い寝をしたところで光がうなされなくなるということじゃない。



 そんな効果は期待してない。






 ただ心配。シンプルにそれだけで、もちろん光は断固拒否だった。



 でも、連続で俺の安眠を妨害したから、今日は光の安眠妨害してやる。ネコマタに乗って気持ち悪くなったのも寝不足のせいだって、むちゃくちゃなことを言って。






 その、夜中。






 母さん。






 光は繰り返した。






 それ以外に何を言うのかを聞こうと、起こしたい気持ちを必死に抑えて起こさず見てた。






「………なんで」






 薄暗い部屋に、『母さん』と『なんで』が、何度か響いて、やがて静かになった。






 自分を生んでくれた存在の、自らの死。






 光に刺さる最後の矢は、それが原因なんだろうか。






 静かになった光を抱き枕にして、悲しいにおいだなってやっぱり思った。



 そして寝相の悪い光に何度も叩かれて何度も蹴られて、もう絶対同じ布団では寝ない。とも思った。

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