光 68

「天ちゃんの寿命も人とは違うの?」






 天ちゃんが寝過ぎた〜ってばたばた支度をして仕事に行くのを見送って、鴉とふたりで………って、かーくんも一緒にだけど、いっちゃんときーちゃんは僕の足元にいるけど、ご飯食べて、そういえばって聞いた。






 寿命の話を聞いちゃったから。



 ゆっきーとゆうちんの。鬼の。







 人とは違う寿命。



 人とは違う命。






 あのふたりは一体どれぐらいの時間を、ふたりだけで生きてるんだろう。






 ………っていうのは、聞けなかった。



 聞いたら、ふたりが悲しいかなって。






「………天狗は」






 具沢山の味噌汁が入ったお椀を置いて、鴉はここには居ない天ちゃんを見るように天ちゃんの席を見た。






「天狗は、俺が小さい頃からあの姿だ」

「………」






 ってことは。やっぱり。






 人とは違う寿命。



 人とは違う命。





 鴉が小さい頃から。



 小さい頃。






「鴉は人間なんだよね」






 天ちゃんは不思議な力を使う。



 何回も見てるからそれは間違いなくて、人間以外の生き物がこの山には居るから、天ちゃんもそうなんだって思う。






 でも。鴉は。






 鴉は、鴉には、不思議な力はない。不思議な人だとは思うけど。






 聞いても、いいかな。



 今まで聞けずに居たのは、僕が聞いてもいいのかなって思ってたから。



 今になって聞きたいって思うのは、知りたいって思ったから。






 答えてくれるのかな。色々。






 聞くってこんなにこわいものなんだ。知らなかった。






 美味しいはずの鴉のご飯が急にどんな味か分かんなくなった。






「………そうだ」






 少しの沈黙のあと、鴉は言った。



 それによしって。






「小さい頃からここに居るの?」






 また聞いた。






「………そうだ」






 鴉は無愛想でぶっきらぼうであんまり喋らない。



 天ちゃんがすっごいしゃべってても普通にスルーしてる。



 だから僕もスルーされるのかなってちょっと思ってたけど。違う。






 スルーしてもいい話しかスルーしてないんじゃない?






 スルーしていい話があるのか分かんないけど、天ちゃんのハイテンションの、どう返事をしたらいいのか分かんない話。



 鴉がスルーしてるのは、そういう話で。






 答えてくれる。



 なら、ちゃんと聞いてみよう。


 何でか思った。思うんだ。






 鴉を知りたい。






 僕は持ってたお箸を置いた。






「鴉………鴉って本名?」

「………そうだ」

「名字が?名前が?」

「俺には名字も名前もない」

「え?」

「俺は鴉。天狗がつけてくれた」

「………え?」

「俺は生まれてすぐこの山に捨てられた捨て子。名前は鴉。親は天狗。兄弟は天狗。友だちも天狗」






 頭。






 聞こうって、鴉を知りたいって聞いたその返事が思ってもみなかった内容で頭がついていかない。






 捨てられた。捨て子。生まれてすぐ。






 僕は何一つ表情を変えないでそう言った鴉を、見ることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る