第6話 はじめてのおつかい③・鍛冶屋編
とんでもない能力を見せつけられ、半ば放心しながら雑貨屋を後にしたハーフエルフ・アオイ──。脳内でそうアテレコしながらトボトボと路地を歩く。
エルフほどではないにしろ、ハーフエルフだって魔力適性が高かったはず。それなのに初歩的な魔術を修めたくらいで「見習いです~」なんて意気揚々と名乗っていただなんて。粋がっていたことがただ恥ずかしい。現実逃避で関係ない第三者的なナレーション風にもなるというものだ。
思わず漏れた息を見かねたのか、ユーンくんが私の頭のてっぺんから逆さまに見下ろしてくる。
「どうしたんだ、溜め息なんかついて。また腹を壊したのか?」
「確かに胃腸は強くないけども! ……ううん、レグさんが凄すぎて自信失くしたというか……もっと魔術の鍛錬頑張らないとなって」
「ああ、雑貨屋か。確かに魔術の向上は君を助けるが、別にそんなに気にすることもないだろう。あれは──」
そこまで言いかけて、ユーンくんは不自然に言葉を切った。首を傾げるも「何でもない」と飛んで行かれる。慌ててククサの飾り紐を追いかけた。
「えっ、なになに? 途中でやめられると怖いよ!」
「いやいや、俺は君達でいうところの気遣いとやらを覚えた超絶有能妖精だからな。本人が公言していないものを暴くのは憚られると思っただけさ」
ユーンくんは飴の小瓶を叩いて「これぐらいの恩はある」と目を眇めた。
なるほど、言い得て妙だ。何より私自身がゲームそのものであるこの世界のことを誰にも話せていない。好奇心で痛いところを突かれるのはとても怖いことだ。
「……深追いしない方が良さそうってことだね。うん、私は私でとりあえず魔術をがんばるよ」
「ああ、それがいい。切り替えが早くて理性的なところは君の良いところの一つだぜ」
「んへへ、ありがとう。……って、ああ! 鍛冶屋さんここだ!」
会話に夢中で通り過ぎるところだった。鼻を掠めた鉄と火の匂いに咄嗟に足を止める。
評判だという鍛冶屋『イーヴァルディの金床』は、スタイラーさんの案内通り『ミヅカネ商会』と冒険者ギルドの間の路地を進んだ右手にあった。平屋の店先に吊り下げられたハンマーの看板の奥で赤い光がちらついている。
近づけば、カン、と高い音が聞こえた。
「こんにちはー……」
開けっ放しの扉から上半身を傾ける。昼間なのに店内はぼんやりと薄暗く、町中とは別世界のようにひっそりとしている。爆ぜる火の粉と小気味良く叩かれる鉄だけが生きているみたいだった。
鍛冶場自体は作動しているようだが反応がない。もう一度呼びかけてみると、ガタッと何かがぶつかったような気配があった。
「今誰かいたよね?」
「ああ、でも奥に引っ込んだな」
「えっ、もしかしてお休みだったのかな。でも定休日じゃなかったような──うわあっ!?」
看板を確認しようと振り返った矢先、目の前にいた真っ黒な人影。危うく衝突しそうなところを細い腕で制止される。「意外に力仕事が多いの」と呟いていたせいか、私の体重を支えたその痩身はびくともしなかった。
「いらっしゃいませ……」
「ヘザーさん……! 昨日はありがとうございました!」
「こちらこそ……驚かせてごめんなさい、少し留守にしてたわ」
闇色のワンピースを纏った女性がするするとカウンターに入っていく。彼女──ヘザーさんは細工師で、装備品の飾りやアクセサリーの制作を担当している人だ。昨晩の歓迎会で作品の一部を見せてもらったが、どれも非常に繊細で優雅な、見惚れるほど美しいものばかりだった。
「遊びに来てくれたのかしら……それとも何か欲しいものが?」
「あ、ええと……鍋とフライパン、あればヤカン、それと調理器具を一式揃えたかったんです。引っ越してきたばかりで何もなくて」
「ああ……それは大変ね……少し待ってて、持ってくるわ……」
眉を下げたヘザーさんが音もなく移動し、棚から次々に商品を下ろしてくれる。鍋だけでも数種類あり、フライパンに至っては数えきれないほど重ねられたので、少々選ばせてもらう。
まずは鍋。一般的な両手鍋や片手鍋に始まり、現代のパエリア鍋や中華鍋と思しきものまでバリエーション豊かだ。手作りだろうに、どれも見事なほど均等な形だった。
「ミルクパンは似たようなのがあるからいいな」
「今朝使ったやつね。うう、ダッチオーブンも新調したいけど……とりあえず今はこの両手鍋と片手鍋をください。フライパンは──」
通常のものからエッグパンや仕切り付きまで、これまた様々な種類がある。なんとホットサンドメーカーのようなものまであって、ひょっとしたら店主はお仲間なのかもしれないと馬鹿なことを考えてしまった。
「この底が広い浅型と、こっちの深型にします」
「ええ、二人ならそれで充分だと思うわ……まとめておくわね。あとはヤカンと調理器具だけれど……」
買うものは多かったが、同様にあっさり決まった。ヤカンはずんぐりした丸っこいものを、調理器具はシンプルで柔らかな曲線を帯びたものを。一目惚れといってもいいくらい、フォルムが本当に可愛いかったのだ。デザインのほとんどはヘザーさんが手掛けたらしい。
「それを店主さんが作り上げるんですね」
「ええ、彼は天才だと思うわ……どんな注文でも希望通りのものをすぐに作ってしまうの。イーヴァルディという店名はかつて存在した腕の良い鍛冶師のことなのだけれど、ブリンクさんもきっと負けていない……」
そのブリンクホルストさんはというと、本人曰く「人付き合いが苦手」なため、限られた人としか会えないそうだ。だから歓迎会でも見かけなかったのだ。
「さっき店の奥にいたのがそうか。あの逃げ方じゃあ難しそうだな」
「そうだね……挨拶だけでもしときたかったけど……」
「ごめんなさいね……代わりに伝えておくわ……」
残念だが性分なら致し方ない。ヘザーさんに見送られ、私達は荷物を抱えて家を目指した。
◆ ◆ ◆
えっちらおっちら歩いて帰宅し、購入品を全て片付ける頃には夕方になっていた。ちなみにレグさんの召喚獣による配送もきちんと届いていた。
とはいえのんびりしてはいられない。定められた任期の中で最大限の結果を残すべく、できることはやっておかなければならないのだ。
「というわけでユーンくん! 出番です!」
「やっと俺の仕事だな、任せてくれ!」
家の前の開けた場所に二人で立つ。ぐるぐる腕を回すユーンくんが頼もしい。
このスペースを今から実験用の畑にするつもりだ。色々なものを繰り返し育て、本来の作物の栄養価や収穫量を取り戻すと同時に、ここから魔力を浸透させて土地一帯に浄化を広めていく。世界的に被害を受けている不作を少しでも払拭するために。
例えどんなにちっぽけでも、これは大切な第一歩だ。
「じゃあここからここまで耕しちゃってください」
拾ったイイ感じの棒で線を引いていく。各種エリアが四角く区切られたのを確認するや、ユーンくんは「フン゛ッ!!」と体躯に似つかわしくない声で唸った。
刹那、土全体の様子がパッと変わった。スイッチを切り替えるように淡い茶から焦げ茶へ、掘り起こされた地面と畝が一斉に現れる。
「できたぜ」
「早ァ! いやめっちゃ助かりますけども! さすが地属性!」
「君も無属性だができるところまで極めればまあ、……いや待て、そうしたら俺が要らなくなるな? 今のなしッ!」
「あはは、なるわけないよ、大丈夫だよ」
思いの外否定の勢いが強くて笑いが零れてしまった。私が誰のおかげでこうしていられるのか、知らぬは本人ばかりなりということか。
土台作りが完了したが、もう暗いので種まきと水やりは明日にすることにした。取り急ぎ、作物の名前を書いたミニ看板だけ立てておく。
「よし、こっちは終わったぜ」
「私もこれでおしまい! いやーすごいのできたねえ」
顔を上げれば、家の前面を囲むように複数の畑が鎮座していた。右はキャベツやアスパラガス等の春野菜、左はイチゴやラズベリー等の果物、中央は花やハーブ類。一周が適度な散歩になるくらい広大だった。
立派に育てばそのうちお裾分けできたり料理に使えたりするだろうか──しかしそこで、はたと気づく。
「……水やりは手動だったね」
「……水属性なら極めてもいいんじゃないか?」
何はともあれ、「実験用の畑で色々なものを繰り返し育て、本来の作物の栄養価や収穫量を取り戻すと同時に、ここから魔力を浸透させて土地一帯に浄化を広めていく計画」略して「畑計画」、スタートです。
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