第5話 はじめてのおつかい②・雑貨屋編

 雑貨屋といえば、私は勝手にコンビニみたいなところを想像していた。一つ一つの品数はそう多くないけれど、品揃えは多岐に渡り、大体何でも揃うのが売りなのだと。

 しかし──。


「でかいな……」

「強そうなお店だね……」


 見上げる首が痛い。民家二つ、否三つ分もあろうかというミネフの雑貨屋は横にも縦にも大きく、立派な店構えだった。

 向かって左側は雑貨屋、右側は生鮮食品が露店のように売られている。それらの上に、金の縁取りのある重厚な『ミヅカネ商会』の看板がドーンと掲げられていた。

 尻込みするこちらを余所に、エルサちゃんが堂々と足を踏み入れる。


「こんにちはっ!」


 入り口で仁王立ちする幼女に逆行が射す。真正面のカウンターにいた人物が眩しそうに目を細め、口角をゆるりと上げた。


「エルサちゃんいらっしゃい。お、昨夜振りのお客さんもいるじゃん」

「昨日はありがとうございました」


 襟足を刈り上げた真っ赤な髪に、照明に反射するいくつものアクセサリー。高い鼻梁に色付きレンズのメガネを乗せた彼は店主のレグさん。まだ若いのに超のつくやり手だと専らの噂だ。

 長い脚を大股に動かし、カウンターから出てきたレグさんが中腰になる。


「お二人さん、何にします?」

「エルサはきのおつつみ! ひゃくまいください!」

「はあい。いつもありがとう、これおまけね」

「わあ! ありがとー!」


 長く骨ばった指がポケットから小瓶を二つ取り出す。小粒の飴がぎっしり詰まったそれをエルサちゃんが受け取ると、もう一瓶がこちらに寄越された。


「え……あ、いえ、私まだ何も──」

「初来店記念ってことで。今後ともどうぞご贔屓に」

「ありがとう! ここは良い店だな!」

「お、妖精も食えるの? じゃあキミの分もう一瓶渡そうか」

「撤回する! ここは最高の店だな!」

「アハハ、悪いけど下心だよ。妖精と契約した人がこの町に来るのは初めてだから気になっててさ。需要がわかれば、ここに居着いて手を貸してくれる個体がいるかもってね」


 ガラスの奥の眼差しが鋭くなる。こういう些細な点を見逃さないのが商才の一部なのだろう。

 彼の随分開けっ広げな『下心』などお構いなしに、甘いものが好きなユーンくんは早速小瓶の包装を剥がし終えていた。両手で砂糖の衣を纏った黄色い粒を取り出し、幸せそうに頬張っている。


「それで? 今日は何をお探しです?」

「ええと、最低限の生活用品を揃えたくて。越してきたばかりでカーテンすらないので……あとは布巾を何枚かと、食器、それと……」


 少々言い淀んでしまう。衣類が置かれているコーナーが気になるのだが、レグさんの前で内着を選ぶのがちょっと恥ずかしいのだ。店主なら誰がどの商品を買ったかなんて後でわかるのだろうけれど、何となく戸惑いがある。ただ、それを面と向かって言うのは失礼じゃなかろうか。

 上手く言い出せずにいると、レグさんがはっとした。


「俺だと買いづらいものもあるね。ごめん、配慮がなかった。女の子に代わるよ。他のはこっちで揃えておくから、後でカウンターに寄ってもらえる? カーテンも柄だけ選んでおいて」

「す、すみません、お気遣いいただいて……」

「いや、こっちこそ本当にごめん。店やって何年目だよって感じだ……フェイドリム!」

「もういるわよ」


 いつの間にか背後に人の気配。そこには、腕を組んで顎をツンと上げた女の子が立っていた。

 彼女はレグさんの下で店員として働いているフェイドリム。黄と茶が薄く混ざり合ったゆるふわロングの見た目にそぐわず、非常にしっかり者のお嬢さんだ。ちなみに私は歓迎会であだ名で呼ぶお許しをいただいている。


「見たいの、服よね? こっちよ」

「ありがとう、フェイ。よくわかったね」

「さっきからチラチラ目が動いてるもの。バレバレよ」


 何でもないことのように告げてスタスタ歩いていくフェイ。思いっきりバレていて気まずい。とはいえ彼女はやり手であるレグさんの右腕の一人、優秀たる所以だと思うことにしよう。

 ユーンくんにはカーテンを選んでもらうよう言付け、フェイの後ろに続く。訪れた一角には内着はもちろんのこと、様々な衣服や小物が綺麗に並べられていた。


「ワアいっぱい……内着のオススメある?」

「まだ寒いからこれかしら、黒山羊エアレー生地。ウールより軽くて着心地良いわよ」


 手に取ってみると、カシミヤに似た滑らかな触り心地だった。獣毛繊維でもチクチク感がない。保温性にも優れているようなので、これがあれば何枚も重ね着しなくて済みそうだ。


「あったかそう! ありがとう、これにする!」

「どうも。あとは? 野外調査があるんでしょう? 上着とかちゃんとあるの?」

「うん、そっちは大丈夫。何かあればまた相談させてもらうね」

「そ」


 フェイは肩を竦めて内着をカウンターに持って行った。たまに素っ気なくなるが、彼女は面倒見が良い。もう一人の店員さんにも日頃から遺憾なく発揮しているという癖が出ている。

 そこへ、ユーンくんがふよふよと合流した。


「カーテン選んだぜ。驚くなよ、君の好みドンピシャだ」

「ありがとう。楽しみだなあ」


 そうして二人でカウンターへ赴く途中、種や肥料が目に留まる。そうだ、魔力を含んだ品種を作るのに入用だった。農作業を繰り返して浄化を促すため、ゲームでも育てる必要があるのだ。取り急ぎ、春に育てられるものを全種類買うことにする。

 カウンターには希望の品が全て運び込まれていた。カーテン、内着、真っ白な布巾が数枚、木製の食器類。カーテンは散りばめられた小花の刺繍が可愛いオフホワイトのもの。花村の名字も相まって、つい花柄を選びがちなのでとても嬉しかった。


「カーテンかわいいね。私これすごく好き」

「だろう? 伊達に長年、君のお守してないからな」

「それ、ニキが仕入れたのよね」


 購入品を手早く包みながらコックリ首肯する女の子。常に俯き加減で口数は少ないけれど、彼女もフェイと同じくレグさんの頼れる右腕である。主に露店の販売を担当しているのだが、空いているのか手伝いに来てくれたようだ。


「……花柄、好き?」

「うん、大好き!」

「じゃあ、また仕入れとく」


 ブルーブラックの瞳が目尻と一緒にきゅっと持ち上がる。おそらく良い方の感情だろう。ニキちゃんは「目は口程に物を言う」を地で行くタイプと見える。

 無事会計を終えれば、目の前には両手が塞がってしまうほどの荷物。これは一度帰宅して置いてこなければならない。こういう時、ゲームにあるワープポイントみたいなものが自宅前にあれば便利なのにな、なんて持ち上げようとした時だった。


「終わった? 準備するからちょっと待ってて、それ全部家に送るよ」

「えっ」

「初来店記念って言ったでしょ」


 奥から現れたレグさんがウインクする。大変ありがたい申し出だが仕事中ではないだろうか。それが伝わってしまったのか、まだ口に出していなかったのに「大丈夫、大丈夫」と外へ連れ出される。

 店の前に来れば、レグさんはおもむろに小指に嵌まる細い指輪を外した。


「リマ」


 厳かに木霊する、まるで生命を吹き込むかのような囁き。すると指輪がキラリと輝いて、次の瞬間には巨大なトビウサギ風の生き物が顕現していた。全身が淡い水色で、前足に先程の指輪が留まっている。


「これ、散歩がてら運んでくれる? 牧場向こうの森の手前、リマの好きな果物生ってるとこ。頼むね」


 リマと呼ばれた不思議な生物は、首筋を撫でるレグさんに鼻先を寄せると、すぐさま身を翻して跳ねて行った。見慣れた光景なのか、フェイやニキちゃん、エルサちゃんは勝手知ったるようにその後ろ姿を見送っている。

 あれは何なのだろうか、そしてどこから来たのだろうか。ぽかんとしていると、ユーンくんが飴を転がしながら「便利なもんだ」と言った。


「召喚獣か」

「ご名答。ってわけで、配送もお手の物なんで是非ヨロシク~」


 レグさんがひらひら手を振る。彼には魔力適正があり、その五指二つ分、計十個の指輪に自らの魔力で編み出した存在を宿らせているらしい。それらの召喚獣が各地を駆け回り、商品を届けたり仕入れたりしているという。

 ハーフエルフの私が火をつけるレベルの初級基礎魔術しか習得していないというのに、どう見ても人間のレグさんが魔術師並の魔力操作技術を備えている。噂は本当だった、それも予想の遥か上。二の句が継げない私に、雑貨屋の超やり手店主は大袈裟なまでにニッコリ笑った。

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