16 道の始まり

 あれから数日して、あたしは改めてリントに魔力制御の方法を教えてもらっていたんだけど、この前までが嘘みたいに上手になってると言われた。

 やっぱり、夢で感じた感覚は、王兵一対ランヴェルスマンの時体が軽いと思ったのは、魔力が安定したからだったんだ。

 静祈エージス・パージ……シューラの事と、ウルーズ荘の事、ずっと抱えていた責任を手放して、正直まだ戸惑っている。

 でもあの日、阿朱羅は身をもって証明してくれたから、真実なんだって受け止められる。

 どっちとも、不運な事故だった。その中で、あたしは生き残った。


『望む未来を引き寄せる確かな進路は今作られている。想像しろ!お前の心全てで。飛び立つ旅路を!きっかけを!

 共に生きる全てのセイヴァーに光あれ!』


 あたしの望む未来。絶対に誰かを助けられる騎士になるために……今までを全部連れて歩いていこう。


「千歳!何食べたい?」

「えっと……?あ、そっか」


 今日は初の任務で、夜の王都で行われている春祭りの警備に来ている。

 任務……ではあるんだけど、飾り付けられた街を歩きながら買い食いしたり、お店を見て回ったり、普通にお祭りを楽しんでるだけのような気がする。

 みんなから聞いたところ、この春祭りの警備は良い働きをした部隊に与えられる公式の休暇みたいなものなんだとか。


「……今日のみんなのお菓子、俺がおごる」

「あーっ!僕も!じゃあ雑貨とかは担当するね!」

「私はどうしましょうね。皆さんの服でも買いましょうか。特に私服を全然持ってない千歳さんと阿朱羅さん」

「俺はいらないですよ?千歳さんに買いましょう。各地域の特色が現れてる素敵な品がそろってますからね」

「買ってもらえるのは嬉しいんだけど、あたしも何かしたいなって」

「いーのいーの!今日は千歳の歓迎会も兼ねてるから、僕らに任せてよ!」

「……!リント……雑貨市着いた」

「よーし!みんな好きに歩いてジャンジャン買ってね!」


 何処にいるのかすぐわかるくらいの距離まで離れて、各々好きなものを見る。魔法道具に使えそうなジャンクショップに一直線のリント、植物を育てるのに役立ちそうな農機具のお店に紫月と左茲、特に目当てのないあたしと阿朱羅は順番に端から見ていく。


「どのお店もすごいですね……色とりどりのランタンの光も綺麗です」

「阿朱羅は何回も来てるんじゃないの?」

「いいえ。今日が初めてなんです。この時期の上層部は忙しくて……現に今、仁樹さんは出張中ですからね」

「確かに。じゃあラッキーだったね」

「そうですね。あ、これリントが欲しがりそうです。あとで教えましょうか」


 今リントが取り組んでいる研究について嬉しそうに話す無邪気な顔見て、あの夢でのことを思い出す。

 それだけじゃない。あの戦いの後、帰り道でみんなが言っていた言葉がずっと気になってる……閉じこもってたあたしを宣言通り連れてきた。阿朱羅はって。

 自分でもそう思った。夜の湖と満天の星空……全てが懐かしいと思ったのは、足りないものが埋まった感覚は気のせいなのかな、それとも


「阿朱羅……変なこと聞いて良い」

「はい。なんですか」

「あたしたち、会ったことない?ずっと前に……」


 その問いに特に反応することなく、阿朱羅はいつもみたいに笑って


「急ですね?何の話ですか。それはまぁ、お互い本部にいたんですし、廊下ですれ違ってたりはするのかもしれませんね」

「そう、だよね。変なこと聞いてごめん」

「構いませんよ」


 また市場街を歩きだす。やっぱり違ったかと少しもやもやした気持ちで追いかけようとしたら


「待ち人来りて、呪いほどける。ふむ……占い通りのようだな」


 ずっと前に、でも確実に聞いたことのある男の声がすぐ横から聞こえて振り向く。


「久しぶりだな。プリムラの娘よ。

 もう道は定まったようだからリリィとは呼べんな。やはり、呪いと復讐の道よりも、純心を携え行く道の方が似合っているぞ」


 よくわからないことを言って、あたしに白い百合の花を渡し、長いまつげに縁どられた蜂蜜色の目が満足気に細められる。白銀の長髪を両肩から流し、古風なアクセサリで2つに結っている神秘的な男……変なニックネームで呼んだから間違いない!!


「あんた朝時々会う占い師!」


 というと同時に阿朱羅が


鏡迦きょうかさん!?」


 その声に反応して、みんながこっちにやってくる。


「……鏡迦?」

「鏡迦さんいらっしゃるんですか?」

「はちすー!なんでここに!?」

「え?みんな知ってるの?」

「知ってるも何も……千歳さんこの人は」

「あぁ、朝は散歩をしていたから、制服を着ていなかったな」


 占い師は膝にかけていた黒い布を手に取り、袖を通した。若干デザインが違ってはいるものの、宇賀神が着ていたものと同じ黒の外套……黒服。


「元第二部隊、東館の蓮葉はちすば鏡迦きょうかだ。最近のお前たちの戦いぶり、私も見ていたぞ」

「それはありがたいんですが……ここでなにを?」

「見ての通り、雑貨屋だが?東館は金がない。稼げるチャンスは逃せないのだ。お前たちも何か買っていかないか?」


 占い師が所属してるの……?さすが変人ぞろいの東館……いつか会うとは思ってたけど、まさかこんなところで会うなんて。しかも、なんか怪しいこと言ってるし。

 けど、占い師、鏡迦が売っている物は香水に、カラフルな液体の瓶に、精巧に作られた人形ドールと機織り物……どれも美しい物ばかりだ。


「東館の面々が趣味で作ったものだが、なかなかいい品だぞ。何か買ったらおまけに占ってやろう」

「わーい!なんか買おうよ!僕、はちすーに占ってもらうの初めてなんだ!」

「……別にいいけど、何時でももらえる……」

「なんというか、なじみ深い商品ですからね」

「じゃあここは千歳さんに決めてもらいましょうか」

「そういわれても何が何なのか」

「えーとね、この瓶がれいの薬品!」

「……咲夜さくやのからくり人形」

「そして鏡迦きょうかさんの機織り物」

仁樹にきさんの不思議な香水は使いやすいんじゃないですか?」


 入れ物のガラス瓶もお洒落だし、なにより効能にやる気が出ると書いてあった宇賀神が作ったという香水を買うことにした。

 その後、約束通り占ってもらえるらしく、鏡迦はテーブルの上のものを片付けて椅子に座り、楕円の鏡とガラス玉を置く。

 ガラス玉を鏡面の上に滑らせると、ゆらゆらと不思議な動きをして、ひとりでに十字を描くように並んだ。


「ここは運命のクロスロード。誰かの道が閉ざされば全てが終わりに向かうだろう。信じること、それが全てだ……時が来ればわかる。運命は常に一本道なのだからな」


 お決まりのセリフで締めくくられた占い結果はなんだか少し不気味で、言い表せない不安みたいなものが沸き上がってくる。


「信じることが全てなら、きっとだいじょうぶですよ」 


 だけど、阿朱羅の透き通った声を聞くと、不安な心は落ち着いて、迷いなく前を向ける気がする。

 気がつかないうちに、同じタイミングで頷いて、いつの間にか一列に並んで、あたしたちは鏡面の上のガラス玉を見つめていた。


「そうだ。お前はそれでいい。ふむ、なんともぴったりな言葉だな」


 あの日、万場部隊長の言っていた言葉をそのまま口ずさんで、鏡迦はまた満足気な微笑を浮かべた。

 その時、上空から強い光と大きな音がして、振り返る。王都郊外から打ち上げられた花火がとてもきれいに見えた。


「すごーい!ここ穴場なのかな!」

「鏡迦……商売しながらも、楽しむ気満々じゃん……」

「せっかくなのだからそうした方がいいだろう?お前たちもタイミングが良かったな」

「抜け目のない方ですね。相変わらず」

「花火が終わるまで、もう少しここにいましょうか」


 一点の曇りもない春の夜空に、ずっと見ていたいくらい綺麗で大きな大きな火の花が咲いた。









 














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