エピローグⅠ 先生
麦良珠佳先生へ
先生がこの手紙を見ているときは、忙しい朝なんでしょうか、ゆっくりとしたお昼なんでしょうか、それとも疲れた夜なんでしょうか。
あたしは朝の稽古前にこの手紙を書いています。
今所属している部隊の部隊長に無理を言って届けてほしいとお願いしました。
先生と過ごしたあの2年間が報われたと感じる出来事があったので、どうしても伝えたかったんです。
同期に馴染めず、落ち込んでばかりで、全然上達しなかった不出来極まりない騎士を励まして、ずっと指導してくださり、ありがとうございました。
先生と初めて出会った時、言ってくださった暗闇の向こうにたどり着けたような気がします。
2年間、本館の自室と授業の往復ばかりだったあたしの小さな世界は、この春、急激に変わりました。
沢山のすごいセイヴァーと出会って、彼らを尊敬して、あたしもなりたい自分を見つけることができて、日々驚きと発見の連続です。
楽しみがいっぱい増えました。
まず、ご飯がおいしいです。家事全般をしてくれる槍術師の騎士は、いつもゆったりとしててなんだか癒されます。(戦っているところを宇賀神という黒服の騎士が記録していてくれたみたいで、見ました)踊ってるみたいに戦っていて、綺麗なのに、すごく強いんです。
次に、勉強が少しできるようになった……かもしれません。教えてくれる魔法師の騎士がいつも楽しそうだから、一から十まで説明してもらってなんとかわかるようになってる気がします。彼は魔法しか使わないのに、魔物や魔術師に勝てるんです。自分じゃ説明できないのですが、とにかくすごかったんです。
あと、自分の戦い方を模索するのが楽しいです。実践の場に於いての戦い方を弓射師の騎士から教えてもらっています。西館の横一列のフォーメーションで剣士のあたしはどう動くべきか、頭に入れる日々です。彼はすごく綺麗な人なんですけど、心の中は熱い人で、部隊のために身を削るところが心配であり、尊敬しているところでもあります。
気がつきましたか?みんな『師』の称号を持っていて、その道のスペシャリストなんですよ。そんなすごいみんなをまとめているのはもっとすごい騎士でした。
彼はすごく先生に似ていて(身長も声も性別も違うのに不思議な話ですよね)忙しいのに、みんなの話を聞いていて、いつも前を向いているんです。励まされると追い風が吹いてるように体が軽くなって、なんでもできそうな気がして、太陽みたいだな、部隊長ってすごいなと常々思います。
あと、すごく強いんです。第一部隊の部隊長さんに勝っちゃうくらい強いんです。あたしと同じ年なのに、国の誇るトップ騎士なんですよ。
すごい騎士のみんなと出会えたのも、あの時間と、あの時間を一緒に過ごしてくれた先生のおかげです。
もっと、もっともっと立派な騎士になります。
手紙を書かなくても、活躍を耳にすることができるような、西館の部隊長のような優しくて強い騎士になりたいです。
お体に気をつけて、元気に笑って過ごしてください。 幾導
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窓際に佇み、澄んだ早朝の空気を背に受けながら、先生は手紙を読んでいた。
ちょっぴりズルをしたような気持ちではあるのだが、勝るものは喜びで、何度も目を通し、太陽が顔を出したころ、大切に執務室のデスクの奥にしまう。
西館最上階のここからは表玄関と裏庭がよく見える。
今日も、朝の鍛錬にやってきた彼女の姿があった。窓枠に頬杖ついて、得意の剣舞の振りを活かした太刀筋を蒼の瞳に焼き付ける。
「あなたは俺になりたいって言ってましたけど……俺はあなたみたいになりたかったんですよ」
春のそよ風に溶ける独り言は聞こえるわけがないのに、彼女、千歳は阿朱羅の方を振り返った。
「阿朱羅おはよう。よかったら一緒にやらない?」
「はい。よろしくお願いします」
南の国ロイデン、セイヴァー本部が誇る白服の部隊長の最初の先生が誰であったのか。
神呂木阿朱羅、彼のみぞ知る。
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