12 信じぬく者
本館裏庭で繰り広げられている第一部隊と西館の決闘は中盤に差し掛かろうとしていた。
第一部隊、トップ代理を務める相原貴理は戦況と込み合うギャラリーを一瞥して、考えをめぐらす。
リントが結界にかけた術によって、西館の騎士は戦闘開始毎に耐久力と攻撃力と速さが増す。一方で、第一部隊の騎士は戦闘開始毎に各人が苦手とする
相原本人はただ感心するばかりだったが、また勝負が終わる……100人いた騎士たちはリントと左茲が出てくる相手次第で交代しながら戦うサイクル戦術の突破口を見つけられずに、残り65人ほどとなってしまった。このペースでは間に合わない。
それに、国一番の部隊がバタバタやられていくのを大勢の観衆に見られるのも、いい加減体裁が悪い。
相原はある決断を下した。私情は一切ないと言えば噓になる。だって、噂を聞いたその日から久方ぶりに誰かに興味を抱いていたのだから。
灰髪の奥にある瞳がこれまで戦いに出ていない彼を映す。
一番強い騎士と戦わせるつもりで温存しているのだろうと察しはついていた、ゆえに……
フィールドに新たな赤服の騎士が足を踏み入れる。相原貴理、その人だった。
「……交代、する」
予想通りの交代、そして、対戦相手もやはりそうだった。
歩みとともに揺れる、肩にかかった空色の羽織とスカーフで結った黒の長髪。伏し目がちの儚げな
光の線で三日月を描き、現れた弓を持つ。流れるように一礼した絶世の美男子は西館特殊部隊の弓射師、周防紫月。
「君と戦える日が来るとは思ってもいませんでした。いい勝負にしましょう」
「お手柔らかに」
一陣の風が吹き、一時の静寂が流れる。
開始の号令がかかった、その刹那、相原の剣が紫月めがけて振り下ろされる。僅か一瞬の間に距離を詰めて攻撃に移った。その動きが目に見えた者は片手で数えるほどしかいない。だが、剣は空を切った。フィールドから紫月の姿が消える。
あたりを焦がす火の
放たれた青白い矢はヒットするギリギリで見えない一閃に撃ち落とされた。
「なるほど」
何処までも冷静に相原は紫月の出方をうかがっている。紫月はまた地を軽く蹴って空気に溶けるように消えた。
一人残された相原は剣をフィールドに刺し、弓を手に持つ。矢をつがえる際の一瞬の隙を狙って紫月は再度空中に姿を現した。しかし、今度は矢を見ずに最小限の動きで攻撃を躱し、隙ができた紫月めがけて白い光の矢を放つ。
これも命中せずに、再び相原はフィールドに一人残された。
「空気に溶けるように消える。発動トリガーは地面を蹴るあの動きだと思っていましたが、違いましたか」
弓を地に突き刺し、右手に剣、左手に杖を持った。
「≪キャロ・レ・ギアーチ≫」
唱えられた呪文を聞いて、リントの表情が強張る。フィールド内、四方八方に氷のつぶてが浮かび上がった。直後、死角に位置していた氷が光り輝く。
「そこですね」
空をめがけて切り上げられた剣は紫月の左肩を切り裂く。魔力による攻撃故に外傷はない。しかし、ダメージが入ったことには違いない。また姿を消すが、ほどなくして氷が光り輝き、鋭い一撃が飛んでくる。
「幽境の覇者。その噂話を聞いた時から、同じ弓射師として興味がありました。自分ならどう攻略するか、その答えがこれです」
氷が光り輝く。今は躱したものの、向かってくる見えない一閃にいつ当たるかわからない。紫月は
「紫月の術が……破られた……」
「透明になってても魔力を感知するあの氷が矢をつがえた瞬間反応するんだ。もう不意打ちは通用しない……!」
難攻不落の戦術が破られ、形勢が逆転する。
「ここから君はどうでますか?」
真価を問われた弓射師は次の瞬間、前に出た。
目に見えぬ速さで振り下ろされる剣をすべて見切って躱しつつ、超至近距離から矢を足元に向かって放つ。地に突き刺さった矢はフィールド内を駆け巡る雷の
初めて冷静な表情が崩れた。しびれた体では反応が遅れ、防ぎきれず胸部に三本の弓矢が命中する。
大ダメージを受けつつも、左手の杖を用いて展開する魔方陣から猛吹雪が放たれた。しかし、紫月の体は再び消え、魔術を躱すことに成功する。
「……姿が消えたら魔術も無効化されるんですね。ですが、命中するその時まで追尾されたらどうです」
つぶてが光り、吹雪がその方向に押し寄せる。しかし
「≪
詠唱の際に見られる独特の響き。その声とともに紫月の姿が現れ、橙の光が矢の先端に集まり、呼応するように、あたりを舞う火花が煌めく。
「≪
放たれた矢は劫火に変わりなお勢いを増し、吹雪を焼き払い、術者藍原を飲み込んだ。
「命中した!これで……」
燃え盛る光炎が止んだそのあと、リントは続きを言わなかった。戦況を誰より早く理解したからだ。
「その若さで極大魔法を扱えるとは……さすがに想定外でしたね」
黒煙の中、どこまでも冷静な騎士の声がする。煙の中から進み出でた藍原はまだ紫月の前に立ちはだかっていた。
「……命中したよね。苦手な属性なことに加え……結界を張る時間もなかったはず」
「その場合だったらもう勝負は終わってるけど……あのわずかな時間で結界を張ったのかもしれないし……極大魔法を受けながら同時に自分に回復の魔法をかけていたのかもしれない」
リントと左茲の会話を聞いて藍原はまた一つ納得がいった。
「この属性吸収は相手の弱点を探ることにも役に立つわけですね。君たち二人は
さて、ここから紫月くんと私がとれる戦術は互いに一つだけです。
私は剣が当たらないことを承知で振り、君の動きを制限して魔術を確実に当てる。
魔力量を気にしてどちらか一方だけで攻めた場合、先ほどの二の舞になりますからね。
君は私に回復魔法を使わせる隙を与えず、捨て身で攻め続けないといけない。
勝つための戦い方をしているのかと思っていましたが、最初からこうなることを想定していたのでしょう。
……君たちの狙いは相討ちですね」
リントは剣術や体術の相手を苦手とし、左茲は魔術や弓の相手を苦手とする。この日集まった第一部隊の騎士たちの中でどちらも高序列である者は藍原ただ一人だった。
「おっしゃる通り。あなたさえどうにかすれば、あとは二人が勝てる。
ですが、一つだけ違います。私の狙いは最低でも相討ちです。勝ちを捨てたわけではありません」
大した子だ、そして良い部隊だ。顔にも口にも出さないが藍原は、不敵な笑みを浮かべ立ち向かってくる白服の騎士を見てそんなことを思っていた。
この勝負は純粋な一対一ではない。自分の太刀筋を見切れる素早さも、耐久力も、攻撃力も、彼のための特殊なフィールドも、全てはリントがつないだものであり、捨て身の戦術も控えている左茲を信じているからこそできるものだ。
横一列、西館本来の戦い方を目の当たりにしているような心地であった。
「君は冷静な子なのだとばかり思っていましたが、認識を改めます。その情熱的な姿勢は大変好ましいですよ」
「気に入っていただけて幸いです。では、再び始めましょうか。
どちらの力が先に尽きるのか……至極簡単な勝負を」
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