キミの星なるイマジナリー

春Q

1:✪

 どうしてボクはここにいるんだろう?って聞くと、キミはいつも言い訳するみたいにインターネットで聞きかじった話をする。


 第二次世界大戦でフランスの小隊が捕虜にされた時、隊長が収容所の真ん中にイスを置いた。ここにレディがいる、と仮定して隊員たちに思い込ませるために。


 レディの前では争わない。

 みっともない真似をしない。

 紳士的な態度を保つ。


 希望のない閉鎖空間で精神衛生を保つために取り入れられた便宜的措置は、徐々にエスカレートしていった。


 乏しい配食をめいめい一人ずつ取ってレディの食事を確保したり、芸を披露したり、プレゼントしたり……。


 尋常ではない熱の入りように、本当に女を一人連れ込んでいるんじゃないかと房を改められたこともあったとかいう。


 レディの存在は捕虜たちの精神安定に大いに役立ったらしい。釈放された時、彼らの健康状態は一般の捕虜より明らかに良かったとのことだ。


 もちろんこの件について詳しく調べてみたことのあるキミは、それが後世の人が創作した、もっともらしい美談だってことも知っているのだけど、そこに人生の悲惨さを緩和する一個の希望を見出さずにはいられなかった。


 心の中に、たった一人でいい、理想的な美少女のかたちを住まわせることで、世界を呪ったり誰かを憎んだりせずに済むんじゃないか。


 キミが紳士的に生活するための生け贄がボクで、だからボクはキミのレディだ。

 世間一般ではイマジナリーフレンドとか言うようだが、とはいえ、フレンドと呼べるかどうかはちょっと疑わしい。


 キミは男の子で、ボクは女の子だった。

 キミはご主人様で、ボクは奴隷だった。

 キミはボクに、キミが思いつく限りのひどいことをして、ボクはキミに、キミが想像できる限りうまく応えた。


 年齢が上がるにつれて性的な要求が増えていって、まあ、要するにサンドバッグ扱いというわけだ。ちょっとお! 元ネタとはずいぶん違うんじゃない!?


 とはいえ、最初からそんな風だったわけじゃない。


 キミはいつも忘れたふりをするけど、本当に本当のはじめましては、キミが小学生くらいの時、真っ白なおふとんの中だった。


 その時のボクはまだ女でも男でもなく、とにかくあったかくてひんやりして広々として、それでいてとても親密な、青い高原を吹き渡る一陣の風みたいな存在で、お母さんに酷いことを言われてエンエン泣いているキミをずっと抱きしめていた。


 背中をさすって、とキミが願ったので腕が生えた。

 すがりつく首がほしい、と思ったので顔ができた。

 そしてキミを優しく抱きしめるためのふくよかな胸が、キミのピンチにいつでも駆けつける足がどんどんできあがり、気がつくとボクはすっかりボクになった。


 どんなことがあってもキミの味方でいる、とびっきりに可愛くてチャーミングな、キミと同い年、あるいは年上、たまに年下の、女の子。


 顔と髪型はしょっちゅう置き換えられる。テレビや雑誌で人気なアイドルやタレントのこともあるし、たまにアニメのキャラクターの要素が足されることもあった。


 基本的にはまあ、キミは可愛ければなんでも良いんだよね。大事なのは、なにがあっても味方でいるってことなんだから。


 でも、高校生になってからは、好みがちょっと落ち着いたかな。


 まっすぐで艶のある黒髪ロングに、いかにも清純っぽく切り揃えられた前髪。桜色の唇。ちょっと自信なさげな奥二重、だけど瞳は穏やかな湖面のように澄んでいる。

 紺のジャンバースカートタイプの制服の肩が少し余るくらい小柄で、キミよりちょっとだけ身長が低い。

 なぜか左耳だけゴールドの三連ピアスをしている。これ昔からあるけど、なんの影響なんだろう。なんとなく日アサアニメの波動を感じる。


 こんな風にわからないことも色々とある。


 キミの心は二十五メートルプールにとてもよく似ている。塩素のニオイのする水はボクを拒まないけれど、はじに行くほど恐ろしく水深が深かった。今のボクの身長では、潜るのがちょっと心配なくらい。

 

 とはいえ、ボクは自分の存在に不安を感じたことはなかった。

 キミはボクの首を絞めたり、裸で土下座させたり、驚くくらいひどいことを平気でするけど、なんたってボクとキミは一心同体だ。

 二人を引き裂くなんてことは神様にだってできっこないよ。


 ……そう、思っていたんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る