第57話 季節限定アンサー(4)
【アキュハヴァーラ郊外 エリカリエ自宅周辺】
恐る恐る帰宅するエリカリエを玄関先まで護衛し、ユーシアは念押しする。
「犯人の関係者は社会的に抹殺されるだけですから、もう気にしないでください。気にするべきは、八つ当たりで放たれる復讐者です。
自宅に放火するとか、帰宅路で危険物をぶっかけられるとか、家の中で待ち構えて乱暴狼藉をするとか」
「あ、あの、その説明を聞かせながら帰宅を促すとか、鬼ですか君は?!」
エリカリエは怖さで硬直し、玄関のドアを開けられずに、ガクブルで進退極まる。
「メリットを説明しましょう。没落する政治家一族の復讐なんて、受注する側も熱を入れません。一度失敗すれば、断念します」
「それをメリットと呼ぶのね、君は」
「メリットだよ。俺が迎撃に一度成功すればいいだけですし」
「それ、私と家族が餌ですよね?」
「俺が何もしなければ、エリカリエさんは今頃車の中で、変態にエロい事をされている。口止めに両親は脅され、慰謝料を渡され、相手が飽きるまで慰み者に。以後は泣き寝入り人生まっしぐら」
そこまで聞いてエリカリエの両眼に激怒の炎が灯ったので、ユーシアは安堵する。
「戦うなら、力をお貸しします。お代はサラサから貰うから、気兼ねなく」
「戦います。力を貸して」
エリカリエは、玄関のドアを開けた。
玄関には、両親が満面の笑みで立っていた。
「おかえり、エリ」
「おかえりなさい、エリカリエ」
直立不動で。
母親は、無理な笑顔の為か、頬が引き攣っている。
緊張による失禁も、防げていない。
父親も、仕事先から強引に連行されたせいか、ネクタイが乱れている。
背広も擦り傷が多い。
「おかえり、エリ」
「おかえりなさい、エリカリエ」
二人は腕を広げて、ゆっくりと、娘を左右から挟み込もうとする。
ユーシアはエリカリエを下がらせると、両親の身体から放出される極薄の糸を、黒刀で断つ。
「失敗したぞ、人形使い。二人を無傷で返せ。穏便に済まさないと、追撃して殺す」
襲撃者(人体操作能力者)は返答をしなかったが、駒にされたエリカリエの両親は、脱力して座り込む。
エリアス・アークが索敵して、エリカリエの部屋から一人が逃亡し、一人が居残ったと伝える。
「逃亡した方は、既に百メートル以上離れました。居残った方は…箪笥を漁っています」
【アキュハヴァーラ郊外 エリカリエ自室】
ユーシアがエリカリエの部屋に殴り込むと、一人の復讐請負人(全身黒ストッキングの中年男)が、シマパンを頭に被っていた。
エリカリエの箪笥の中から下着を漁り、現役アイドルのシマパンを持ち逃げしようとする、羨ま…いやけしからん復讐請負人だった。
ユーシアは、激怒した。
「貴様に、シマパンを被る資格はない!」
影縫いで、けしからん復讐請負人の身動きを封じてから、シマパンを回収する。
駆け付けたエリカリエに、けしからん復讐請負人が頭に被ってしまったシマパンを、引き渡す。
「すまない。手遅れだった」
「えええええ? 何をされたの?」
エリカリエは恐々とシマパンを受け取り、状態を確認する。
「汚されては、いないようですけど?」
「こやつ、頭に被りおった」
十歳の少年が考える手遅れと、十七歳アイドルの考える手遅れの間には、大きな開きがあった。
「手遅れです。このシマパンは、俺が貰って供養しておきます」
「いえ、まだ使えますから」
「俺が、供養しておきます」
「私が、まだ使います」
「俺が使っておきます」
「使わないでください!」
一枚のシマパンを巡り、美少年忍者と清楚お嬢様系アイドルは、綱引きを始めた。
「ケチってはいけませんよ。これをこのまま使い続けたら、変態が頭に被ったというトラウマを思い出してしまう。そんな状態で、ライブでパンチラ出来ますか?」
「アイドルのライブを、そういう目で見ないでください!」
「見せパンがシマパンである以上、見ている俺が思い出してしまいます。このシマパンは、敵の手に落ちた、汚されたシマパンだって。そんなの、辛過ぎる!」
「返しなさい!!」
シマパンを握る両者の手に、力が籠る。
シマパンが傷まないように、力を込め過ぎないように、ギリギリの力加減で引っ張り合う。
拮抗状態は、影縫いで身動きが出来ないはずの復讐請負人が起こした。
全身を弛緩させると、液体状の身体に変身して、影を縫っていた手裏剣を洗い流す。
スライム状に変化した復讐請負人は、エリカリエをすっぽりと呑み込んで人質に取る。
「動くなよ、美少年忍者。動くと、この美少女アイドルの服だけを溶かす」
「素晴らしいスキルです」
目を輝かせて正直に言ってしまい、エリカリエとエリアス・アークに冷たい目で凝視されたユーシアは、仕事で挽回しようとする。
「よし、交換だ。エリカリエのシマパンを渡すから、それを持って撤退しろ」
「よかろう」
スライム状の復讐請負人は、ユーシアからシマパンを受け取ると、エリカリエを解放して窓から逃げて行った。
後には、やや全身湿ったエリカリエが、ブツブツと呟いて自分を納得させている。
「この程度で済んだと思うおう。
この程度で済んだと考えよう。
この程度で済んだと安心しよ」
精神的ショックを和らげようと、ユーシアは自分の影の中から、一番お気に入りのシマパンを取り出す。
「このシマパンを、代わりにどうぞ」
「要りません」
「未使用です」
「要りません」
「これは俺が、恋人に穿かせて観賞するために厳選したシマパンです。つまり最高級品」
「要りません」
「二枚なら、要ります?」
ユーシアが二枚目のシマパンを差し出すと、エリカリエはニッコリと、お断りをする。
「助けてくれて、ありがとう」
「いえいえ」
「もう私の方では用事が全くないので、お帰りください」
「そうですね」
ユーシアは保険に最低限のステルス監視システムを仕掛けながら、バッファロービルに戻る。
【バッファリービル二階 メイド喫茶『百舌鳥亭』パーティ&ライブフロア】
「尊いシマパンが一枚犠牲になったが、エリカリエの安全は確保した。次」
サラサ・サーティーンは、次の話に映る前に、ユーシアに言い渡す。
「若頭。次にサラサを置き去りにして見せ場を中継させなかったら…」
「させなっかったら?」
「中継に、リップお嬢様を呼ぶ」
「構わないぞ」
仕事中にイチャつけるので、ユーシアは歓喜。
サラサは、五秒熟考し、別の攻め口を選ぶ。
「レリーを呼んで、絡ませる」
「分かった。必ずエリアスから一声掛けさせよう」
仕事の段取りの修正が済んでから、サンダーサボテンズの二人目、トモト・チェリーブロッサム(十六歳、桃色ショートツインテール、ロリ妹系新人声優)が、ユーシアのいるカウンター席に呼ばれる。
「もうエリの件が片付いたの? 早いわ〜〜。トモトの件は、何分で解決できそう?」
「話を聞いてから」
「あ、そうか、じゃあ話すね。トモトはユニット活動よりソロでの声優活動の方が好きというか本命だから、アイドル路線はいつ辞めてもいいの、本当に声優の活動だけでいいの。絶対に将来は、プリキュアになりたいの。だからスキャンダルは絶対に避けたいから、お願い、解決してね」
「うん」
言葉が多い割に本題に入っていないので、ユーシアは苛つかないように抑える。
「元彼を殺して!」
(聞きたくねえええええええええええええ!!!!!)
ユーシアの脳裏に、レリーに仕事の下請けをさせようかという捨て鉢な考えが浮かんだが、金銭が惜しいので耐えた。
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