第56話 季節限定アンサー(3)
【バッファリービル二階 メイド喫茶『百舌鳥亭』パーティ&ライブフロア】
株取引の審査が済むまでに適当な副業を見付けようという視点でビル内の警備巡回をしていると、サラサ・サーティーンが呼ばれもしないのに右脇に並行して来た。
「若頭。余計な副業に手を出して、泡銭を稼ぎたいという需要に対して、サラサは美味しそうな案件を供給したいと言ったら、乗るかい?」
「全力で逃げる」
ユーシアは、忍者にしか出来ない高速移動で、サラサから離脱する。
【バッファロービル三階 本屋『射海星』】
ユーシアが漫画コーナーで新刊の並びを見ていると、サラサが背後に追い付く。
「新声優ユニットの『サンダーサボテンズ』に、良からぬ輩が着き始めて、難儀している。ここは一つ、若頭を低賃金で働かせせたい。
おっと失敬。
適度な賃金で、扱き使いたい」
ユーシアは、再び高速移動する。
【バッファロービル七階 ユリアナ様の専用酒場】
ユーシアがエリアス・アークと共に三時のおやつに興じていると、追い付いたサラサがカウンター席に横付けて、ドーナッツ(フレンチクルーラー)を一つ横領する。
「将来性が豊かと見込まれたせいか、与野党の政治家に新興宗教団体、右翼に左翼、暴力団も取り合う構え。お庭番が介入しないと、彼女たちの将来は、暗くて狭くて恐ろしい事になりそう」
話は聞いてやるが、ユーシアの対応は冷たい。
「芸能界で生きていくつもりなら、そういう事態も有り得るだろうさ。事務所と警察に配慮してもらえば、危険は減らせる」
警備の人件費を減らす為にユーシアを利用しようとするサラサの下心に対し、返事は否。
対するサラサは、情報戦専用忍者として切り返す。
「引き受けてくれるなら、サンダーサボテンズの見せパンは、シマパンで統一する」
「俺の新しい門出を祝ってくれたユニットの未来の為だ。喜んで協力しよう」
シマパン一つで、ユーシアは妥協した。
絶句するエリアス・アークの視線が痛いので、ユーシアは現実的に話を進める。
「臨時警備の代金は、日当八万円で」
「今食べたドーナッツを吐いて返せば、値引きしていいか?」
「だめ」
この話の流れを最大限に都合良く活用しようと、サラサは摂取したドーナッツ(フレンチクルーラー)の栄養分を脳に回して思考全開。
碌でもない観点で、ユーシアの使い道を思い付く。
「週給五十万円で、手を貸して欲しい」
「まさか、一週間以内に、問題の組織を残らず潰させる皮算用か?」
「いけなイカ?」
サラサの皮算用に、ユーシアは皮算用を重ねる。(八日で百万円、稼げる)
経済観念は、似た者同士だった。
「よし、仕事を受けよう」
【バッファリービル二階 メイド喫茶『百舌鳥亭』パーティ&ライブフロア】
サラサは携帯カメラを回しながら、サラサチャンネルの生放送込みで、忙しなくユーシアとの仕事に取り掛かる。
「ではまず、事情聴取をしてから、問題の人物や組織の排除と」
「よし」
メイド服店員に変装したユーシアが、ライブの練習中だった『サンダーサボテンズ』のセンター、エリカリエ・アイランド(十七歳、亜麻色の長髪、清楚お嬢様系アイドル)を呼び寄せると、事情を聞く。
「アイドル引退後は作家志望だと雑誌のインタビューで答えたら、出版社の編集者を名乗る方から、しつこく接触をされまして…」
「ストーカーなレベルで勧誘を?」
「連日、自宅前で待ち伏せされています」
「相手の出版社は、クレームに対応してくれない?」
「父親が与党の政治家だそうで、警告だけしかしてくれません」
「警察も?」
「帰宅の時間に合わせて巡回に来てくれるので、最後の防波堤にはなっていますけど…」
エリカリエは、相手のいやらしい視線が全身を這う様を思い出し、嫌悪で顔を顰める。
「昨日は、ボディガードという名目で、別の男性も連れ立っていました」
「あらら」
「帰宅せずに戻って、この店に泊まり込みました」
「家族は人質に取られていない?」
「そこまでは…」
されていないが、されてもおかしくない強引な相手なので、エリカリエの心配が嵩む。
エリアス・アークが、該当の記者と父親のデータをユーシアに見せる。
ユーシアは、二秒で対処の方針を決めた。
「記者とボディガードは、直ぐに始末する。邪魔な政治家は、スキャンダルのネタを掴んでから潰すので時間が掛かるけど、今夜は家に帰れるよ」
「そ、そんなに早く?」
「練習を続けて。終わる頃には、自宅周辺の安全を確保しておく」
言うやユーシアは、メイド服のまま、姿を消した。
【アキュハヴァーラ郊外 エリカリエ自宅周辺】
エリアス・アークに標的の父親のスキャンダルを探らせる間に、ユーシアは速攻で記者の背後に接近する。
エリカリエ自宅横に大型バンを路駐して、問題の記者はボディガードと談笑中。ユーシアの接近には気付いていない。
ユーシアは黒刀を抜刀して運転席の天井を斬り取ると、助手席に座る記者の影を手裏剣で縫い止める。
運転席のボディガードは、跳躍してユーシアの影縫いを躱そうとするが、距離を取る前に黒刀で両足を斬られて道路に転がる。
「武鎧を装備しようとか思うなよ。予備動作をした段階で、心臓か脳を破壊する」
ユーシアの警告に、ボディガードは武鎧の装着を諦めて、血止めに専念する。
戦意の放棄を認めてから、ユーシアは記者に向き合う。
「警告しても無駄なようだから、あんたの社会的身分を、父親のコネも含めて破壊する」
記者タカ・シンゾは、ニヒルに笑って、メイド服を着た美少年忍者に反論する。
「おいおい、老舗与党の代議士を潰すとか、お庭番がしていいのか? 俺の一族は、お前らの主人だぞ?」
「あら〜、そこまで勘違いする程に、権力ボケしていたか」
ユーシアは、頭の腐っているボンボン記者に「お庭番は、汚職政治家と関係者は守らねえ。逆に掃除する」という説教はせずに、仕事を急ぐ。
今の上司であるユリアナ様に、直通メールを打ち込む。
「先程の件ですが、息子の腐敗ぶりからして、完全に汚職政治家です」
大型バンの内側の映像も、ついでに送信する。
(まあ、この筋では有名だから、上手く乗ってくれるだろう。いい機会だ)
ユーシアは、自分の方針にユリアナが乗る事を、規定事項として話を進めた。
【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所 応接間】
ユリアナは午後五時前の残業案件にピリピリしながら、ユーシアが送った映像を確認する。
大型バンの内部は、ラブホテルのような内装になっており、その一部始終を撮影する設備も整えられている。
そこの記録には、記者タカ・シンゾだけでなく、他の男達も混ざって、拉致した女性に乱暴している映像が蓄えられていた。
「そのまま警察に渡せ。庇いようのない案件だ」
確認とゴーサインを出すと、ユリアナは与党政党の幹事長に、直通の音声メールを送る。
「イチ・シンゾの子息の犯罪が、明るみになります。お庭番の通報した案件ですので、庇いだては出来ません。迅速な対処を、お勧めします」
返事が来るまでの時間を、ユリアナはフラウの代打で専属メイドを務めるサリナ・ザイゼン軍曹の給仕で、お茶菓子を喰らう。
やや不慣れな手付きだが、栗羊羹を一本丸ごと、皿に乗せてユリアナの前に差し出す。
「もう一本、出して」
「そんなにストレスが溜まる案件ですか?」
「側で聞いているだけでも、相当に溜まると思うよ」
ユリアナは栗羊羹を貪りながら脅かすが、サリナ軍曹はピンと来ない。
「イチ・シンゾという名前に、聞き覚えはないか」
「はあ、すんません」
「ないか〜。今の頭首は、仕事が出来ない人だからな〜。血筋は良いので担ぎ易いし、頭が悪いので操作し易い『逆優良物件』なのだが」
「あー、偶に出ますね、そういう酷いのが」
「政界特有の、『御輿はバカで軽い方がいい』の、生きた見本。それがイチ・シンゾ」
五分で、与党幹事長からの返信が届く。
『早急に、サブ幹事長イチ・シンゾを更迭した上で、政党から離党させる。
ご忠告に、感謝する』
標的が与党のサブ幹事長と聞いて、政治に無関心なサリナも、事の次第にやや緊張する。
「あのう、ひょっとして、今、結構な血筋の政治家一門が、消える所でしょうか?」
「うん、まあ、大きな政治的スキャンダルで追放されなければ、今後三十年で二人は総理大臣を輩出したかもしれない一族が、政界から消えますね〜〜」
ユリアナが、二本目の栗羊羹に喰らい付く。
「現役の幹事長が、良識と決断力のある人で良かった。隠蔽に走られていたら、ユリアナさんも危ないネタだよ」
サリナは室温を上げないように、唇を噛み締めて、火炎能力のうっかり発動を堪えた。
「引退を迫られた逆恨みカウンターで、殺し屋の1ダースも差し向けるかも。まあ、ユリアナさんには、それが通常の日常だけど」
ユリアナさんは、開き直って達観する。
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