316 末っ子気質な二人だからこそ



「ん? どうしたんだ?」


 思わず俺はきょとんとしてしまう。明らかに二人の様子がおかしいのだ。


「あ、いやその……えっと……」

「なにこれなにこれ? あ、ありえないよ、ボクともあろうものが……」


 明らかにカノンもショコラも動揺している。それもかなり凄まじいレベルだ。流石に変だと思ったのか、エミリアが不思議そうな表情を浮かべてくる。


「二人とも、どうしたんでしょうか?」

「さぁ?」


 カノンはともかく、ショコラがこんなに動揺するなんて、珍しいにも程がある。

 いや、別に珍しくはないのか。

 考えてみれば、俺のユニーク称号とか知った時も、割と驚いてたっけ。スノウとかの存在も普通にビックリしていたと思うし――けどそれにしては、こんなところで驚くってのは、やはり珍しい気がするんだよな。

 ていうか驚く要素なんてあったか? デイジーに『おにーちゃん』って――


「あ……」


 なんか分かったかもしれない。この手のドタバタ劇も、漫画とかではよくあるパターンの一つだからな。

 それを実際にこの目で拝む日が来るとは、夢にも思わなかったけど。


「――パパ」


 そこにデイジーが慌てて駆け寄ってくる。


「なんかおにーちゃんとおねーちゃんが変なのっ!」

「「はうぁっ!!」」


 カノンとショコラがまたしても同時に打ちのめされる。これはもう確定と見て良さそうなものだろう。


「あー……もしかしてそういうことですか?」

「エミリアも気づいたみたいだな」

「えぇ。割とあり得ますし。私の同級生にも何人か似たようなのが……」

「なるほどな」


 カノンとショコラに共通しているもの――それは『末っ子気質』というヤツだ。

 俺には妹がいて、エミリアにも弟のような存在がいたから、自然とそんな振る舞いをしてきた経験を積んでいる。しかしカノンとショコラはそうじゃない。育った環境的に慣れていないのだ。

 年下の子から『お兄ちゃん』や『お姉ちゃん』と呼ばれることに。


 まぁ、別にこの問題は珍しいわけでもない。むしろ至ってよくある話だ。


 誰だって『下の存在』ができた時は、一度くらい経験したことがあるだろう。部活などの後輩から先輩と呼ばれるのとは全然違う。幼い頃ならまだしも、成長してから味わう衝撃の凄さは、結構なかなかのものらしいからな。

 カノンとショコラの場合、それが思わぬ形で訪れたってわけだ。

 末っ子気質な二人だからこそ、余計に戸惑いを覚えている。あんなにアワアワしているショコラなんて、まさに貴重映像そのものだわな。

 しかし、あまり困らせるのもアレだな。そろそろ助け舟を出してやろう。


「ほらほらショコラ。あんまりピシッと固まってやるな」


 俺はショコラの頭を撫でてやる。ほんの一瞬だけ驚いたが、すぐさまトロンとした目で身を委ねてきた。


「デイジーが驚くだろ? 子供は敏感なんだ。少しずつでいいから慣れような」

「――んっ」


 コクンと頷くショコラくん。こうして見るとコイツも立派に子供だな。ギュッと俺の服の裾を掴んで、殆ど抱き着いているも同然の状態だし。


「おにーさん」


 こうやって見上げながら甘えた声を出してくるから、尚更って感じだよな。


「もっとボクの頭を撫でて。そうしたら頑張る」

「はいはい」

「ん~♪」


 苦笑しながら、そのフサッとした柔らかい頭を撫でてやると、これまた気持ちよさそうにすり寄ってくる。まるで借りてきた猫のようだな。年三つか四つくらいしか違わないんだけど。

 やっぱりショコラには、まだまだ『お兄さん』は早かったのかな――と、そんなことを思い始めていた時だった。


「――むぅ、お兄ちゃん!」


 後ろからグイっと、俺の服の裾を引っ張ってくる妹がいた。


「ショコラばっかり構ってないでよ! 小さい頃から一緒にいる『妹』のあたしを忘れないで!」

「わーったわーった」


 俺はカノンの頭も撫でてやる。タイミングがタイミングなだけに、割と雑な撫で方になってしまったが――


「んにゃあ~♪」


 とても気持ちよさそうな猫が出来上がっていた。しっかり抱き着いてくるというオプション付きで。

 全く、ここらへんは昔のままだよなぁ。ちっとも変わっちゃいないよ。


「なーにが『にゃ~』だよ? 大学生にもなってネコやるんだ?」


 するとショコラがニヤニヤと笑いながらチョッカイめいた言葉を解き放つ。追々そんなことを言ったら――


「――あぁん? オンナノコ状態で甘えまくってるのに言われたくないし」


 ほーら、カノンが反応しちゃったじゃん。しかも思いっきり別の意味でキャラ変わりまくっちゃってるし! こんな口悪い部分あったっけ? いや、割とあるか。滅多に出ないだけで。


「そもそも隙を見てはお兄ちゃんに甘えるのはどうかと思うよ?」

「それはこっちのセリフだよ。カノンこそいい加減ちょっとは大人になれば?」

「ショコラにだけは言われたくないし」

「ボクまだ子供だもーん♪」

「きいぃーっ! あーいえばこーゆーんだからーっ!」


 あーあー、全くもう。まーたつまらん小競り合いを始めおってからに。

 もう完全に周りが見えてないよね、お二人さん? そうでなければ母なる姉が頭を抱えている姿を、放っておくことはしないはずだもんね?


「そもそもショコラはいつもあざといんだよ! いい加減にしてよねっ!!」

「カノンこそ、妹という立場に甘えてばっかりじゃん」

「あたしは妹だもんっ!」

「それならボクだって立派な弟だもんねー♪ おにーさんとの絆も深いから♪」

「意義あり! あたしのほうがお兄ちゃんとの絆はMAXだよ!!」

「自分で何言ってるか分かってる? これだからゲームばかりやってる子は……」

「ショコラだって同じじゃん! 学校だって行ってないし!」

「残念でしたー! 高卒認定取ってますー!」

「むきゃーっ!! いい加減負けを認めろ、このボケー!!」

「やーだ」


 うん。そろそろ止めたほうが良さそうだな。デイジーがいる手前、流石にこれ以上は聞くに堪えない。

 ここはお兄ちゃんとして、たまには二人にガツンと言ってやらないと――


「二人ともうるさい!」


 と思っていたそこに、幼い少女の声が響き渡る。睨み合っていた二人もまた、きょとんとした表情に一瞬で変化していた。

 ゆっくりと振り向く二人を、デイジーがムスッとしながら見上げている。


「パパとママを困らせちゃいけないってことが分からないの? デイジーにだって分かることを、なんで大人の二人が分からないの? ホント、おかしなおにーちゃんとおねーちゃんだよね!」


 あらら、これまた容赦のない言葉だこと。少し精神が育ってきた、小学生くらいの女子の説教らしい感じがしたなぁ。

 そしてそれは、割と効果が抜群だったらしい。


「「…………しゅんましぇん」」


 二人揃って項垂れながら謝るその姿に、俺とエミリアは思わず顔を見合わせ、もはや苦笑するしかなかった。


 何はともあれ落ち着いたので、いよいよスペシャルクエストの開始となった――



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