314 デレデレなママ



「んふふ~♪」


 花畑と化した庭の中央にて、エミリアがご機嫌な表情で座り込んでいる。その膝元には、頭に大きな花を咲かせたドリアードの少女が、どうにも窮屈だと言わんばかりの表情を浮かべながら、抱き締められていた。


「ママ……そろそろ離れて」

「もうちょっといいじゃないですか! ずっと離れ離れでしたから、このほんわかとした温かい感触を、心ゆくまで味わいたいんですっ!」

「むぅ」


 なんとなくこうなる予感はしていた。

 昼飯休憩をするべく、一旦ログアウトしようとした際にも、デイジーを置いていくんですかと軽くゴネたほどだ。

 流石にその光景を見た時は俺も、そしてカノンやショコラもドン引きしていた。

 無理やり引き剥がそうとしてはみたが、全く効果がない。加えて涙を浮かべたウルウル攻撃までしてくる始末。いやいやアンタそんなキャラじゃないでしょ――と呆れるしかなかった。

 デパートとかでワガママを言う子供ってのはこんな感じなのだろうか?

 世の中のパパさんママさんって大変なんだなぁと、思わず俺はそんなことを考えてしまったよ。

 しかしそこに、救いの言葉が差し込まれたのであった。


 ――ママ! ちゃんとご飯は食べなきゃダメだよ!

 ――分かりました! ちょっとログアウトしてご飯食べてきますね!


 まさにそれは『鶴の一声』そのもの。娘の言葉がママを変える――ここでそれを目の当たりにするとは思わなんだ。

 そんなわけで無事にログアウトはできたものの、先行きは少し不安だった。

 エミリアの暴走が解除されたわけじゃない。デイジーという起爆剤が、これほどの効果を生み出すとは思わなかった。これはどこかで少し、俺からビシッと言ってやる必要があるかなぁと、そんなふうに考えてもいた。

 ところがそれは杞憂に終わった。


 ――あの、すみません。嬉しさのあまり……ちょっと暴走してしまいました。


 どうやら昼食を作っているうちに頭が冷えたらしく、一緒にナポリタンを作りながら謝罪してきた。そして四人で食卓を囲う中で、改めて彼女は謝罪。むしろアッサリ元に戻った姿に驚かされたほどだった。

 まぁ結果オーライということで、一応の認識はしておいたがね。


「あーあー、もう完全にデレッデレなママじゃん」


 ショコラが深いため息をつきながら、俺の隣にやってくる。


「お昼ご飯食べて少しは落ち着いたかと思ってたのに、なんか逆戻りしてない?」

「完全には戻ってないと思うよ」


 俺を挟むように、ショコラとは反対側のほうにやってきたカノンもまた、深いため息をついた。


「ログアウト前はもっとヤバかったもん。エミリアさんがあんな姿見せてくるなんて思わなかったし」

「それだけデイジーに対する思い入れが凄いってことだろうなぁ」

「……余計なことかもだけどさ。それって……ホントに大丈夫なのかな?」


 呆れた表情から一転、カノンは不安そうな視線をエミリアに向ける。


「ネトゲの世界に入り込み過ぎて、現実とゲームがごっちゃになるってケースも、割とあったりするじゃない? もしかしたらエミリアさんも……」

「いや、それは恐らく大丈夫だと思うよ」


 俺はサラッと答えた。婚約者だからとか、そんなフワッとした理由ではなく、そこそこの根拠めいたものはあるのだ。


「さっき昼飯を一緒に作ってた時に、少し話したんだよ。デイジーはあくまでゲーム内のキャラクターに過ぎない。そこはちゃんと認識しておくべきだってな」

「……お兄ちゃんがお説教したって感じ?」

「結果的にな。今の言葉もエミリアのほうから言ってきたんだよ」

「へぇー」


 素直に感心したらしく、カノンは目を見開きながらエミリアのほうを見る。俺たちのことなど全く気にも留めておらず、デイジーを抱き締めている。

 もはやデイジーも諦めの境地に達したらしく、されるがままの状態となっていた。


「ああいうのも、あくまでゲームの世界だからこそできること――エミリアなりに、そう認識はしているみたいだ」

「でも不確定要素であることに変わりはないでしょ?」

「まぁな」


 顔をしかめてくるショコラに、俺は苦笑する。


「だから少し様子を見てみようと思った。無暗にあーだこーだ言って、逆効果になったりしても良くないだろ」

「確かに、ログアウトして我に返ることはできてたし……ショコラはどう思う?」

「今のところは、保留ってところだね」


 カノンの問いかけに、ショコラは肩をすくめた。そして改めて、真剣な表情を俺に向けてくる。


「とりあえずおにーさん? ちゃんとエミリアのこと見といてよ? もし何か変なことになりかけたら、その時点で厳しく制しておくように」

「……なんかショコラ、ちょっと偉そうじゃない?」

「これでも将来は社長として、おにーさんたちを雇う役割を担うからね。未来の社員を見極めるのも、ボクの大切な仕事だよ」

「ハハッ。確かにそうだな」


 なんとか笑ってはみせたが、正直ちょっとビックリしている。ここで急にショコラの顔つきが、いつものゲームプレイヤーではなかったのだ。

 物事を見極めようとしているような――油断していると小さな隙間からスルッと入り込んできそうな、そんな目つきをしていた。

 しかしショコラの言っていることは、確かに正しい――それはそれで分かる。

 だからこそ、俺も少しだけ気持ちを引き締める。


「エミリアのことは、俺が責任を持って見ておくよ」

「うん。よろしく」


 その返答に満足してくれたらしく、ショコラもいつもの笑みを浮かべてくれた。

 とりあえず乗り越えたと判断して良さそうだな。全く、いつの間にか面接させられてたような気分だよ。まぁ、将来の社長と社員って立場であれば、あながち間違ってはいないと言えなくもなさそうだが。


「それにしてもさぁ――」


 ここでカノンが、改めて深いため息をついてきた。


「何かとお兄ちゃんにアレコレ言ってるけど……エミリアさんも大概だよね」

「うん。ボクもそう思う」


 ショコラも大きく頷いてくる。


「あんなの見せられたら、説得力のカケラもないってもんだよ」

「まさに親バカか……まぁそれは俺もだろうけど」

「むしろお兄ちゃんのほうが、考えのすみ分け的なのができてるんじゃない?」

「さぁ、どうだろうな」


 如何せんまだ、なんとも言えないのも確かだ。もし実際俺たちに子供ができたら、果たしてどうなることやら。

 それはそれとして、俺は一つ思っていることがある。


 ――デイジーが復活したのは、本当に単なる奇跡なのだろうか?


 どうも違う気がする。むしろこれには大きな意味がある――何故だかそう思えてならないのだ。

 単なる俺の思い過ごしならいいのだがと、顔をしかめていたその時だった。


≪スペシャルクエストが出現しました! すぐに受けることができます≫


 またしても見慣れない文章が記されたウィンドウが、突如として俺の目の前に出現してきたのであった。



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