脳花(遠い花)

久芝

脳花

さいた さいた チューリップの花が

ならんだ ならんだ あか しろ きいろ

どの花見ても あれ、このあと何ていう歌詞だったかな……


花が育つ。花が枯れる。花が育つ。花が枯れる。

くりかえし、くりかえし。

咲く、枯れる。

サク、カレル。

人も花も変わらないサイクルの中だけでしか生きていけない。

花のほうがサイクルの中で一瞬でも輝ける確率は高いかもしれない。

だから花のほうが優れている。

人は花より美しくはない。

優れてもいない。

でも、儚さは同じくらい優れている。

花は土と太陽と栄養と水と、若干の気まぐれがあれば生きていける。

(それらの要素は、人間が最低限生き続けていくことが許されている営みに似ているところではある。)

似ている土壌があるということは、人間の中に花を植えればもしかしたら花を咲かせることが出来るのではないだろうかと、現実ではあり得ない想像をしてみたが、どこか本当にそう出来そうな気もしてくるのは、人間の頭脳なのだろう。

過去の自分を思い返すたび、自分の顔の形が違っていることに自分では気が付かない。写真を見返して想像していた自分との差に驚くだろう。顔のパーツの面影があったり、肉付きなどのズレが生じる。

自分の記憶が自分に偽りの姿を記憶の映像が映し出している。そんな脳の土壌で花を育てることが出来ないだろうか。

脳の中に土を入れて肥料入れて……ということではなく、あくまで想像の中で花を育てていく。意識しなくても勝手に記憶の隅で育てておけば、日々記憶や処理をしなければならない領域を侵すことはない。

そういう訳で花を咲かせる為にまずは土地を耕すことにした。いらない記憶の整理をしながら、土に根付いた根をキレイに刈り取りたいところだが、記憶の根は地中で複雑に絡まっていた。それらをとぎほぐしていくと、一つの大きな記憶に辿り着いた。

あの時の自分が犯した小さな罪が、記憶の中だけでは大きく育っていた。

 

翌日も引き続き土地を耕した。良い感じに土がほぐれてきたので、花の種を撒くことにした。色取り取りの花を咲かせる種を撒きながら、昨日処分できずにいた記憶の根の近くにきた。この根はいつか必ず抜かなければならない、どんなことになっても。

花というのは成長が早いもので、もう芽を出し始めた。

花が咲くまで様子をみることにした。その間に記憶の根が絡まった根源を絶つために、久しぶりにあの記憶を思い出してみることにした。


誰にでも言えない過去がある。それは一つの生きてきた証であり、人間にだけ与えられた才能だろう。

ただ、それが人の生死に関わることなら、意味合いも少し変わってくる。それが、自分が起こしたことだと、後から気が付いたりした時など。

十年前の十二月の終わり頃。寒さはそこまでではなかったので、雪ではなくお昼過ぎくらいから霙が降り、夜には雪に変わった日だった。

学校が冬休みに入り気持ちも生活もだらけていた。友達に午後から遊ぼうという連絡を受けて、外出の準備をしていた。

夜からは雪になるみたいだから少し厚着をして、財布と携帯と傘を持って家を出た。

弱い霙が降っていた。傘を差さなくても良かったが、買ったばかりのダウンが汚れるのを嫌い、傘を差しながらいつものように携帯をいじっていた。

その当時なにかのパズルゲームにはまっていた。テトリスのようなシンプルなゲームに今更ながら嵌っていた。次第に、歩きながらやっていることを忘れ、ゲームしかしていないものだと錯覚してしまっていた。

「アブねえだろう。ちゃんと前見ろ!!!」

フラフラ歩道の中を歩いていたようで、それでも自分は悪くないと思っており、良く分からない注意をされて「チッ!!!」をして、またゲームを始めた矢先、自転車に乗ったおっさんが、自分を避けようと歩道にはみ出た瞬間、車とぶつかる音がした。

「ヤバイ!!」とぶつかったところに近づくとおじさんは、もうこの世にはいないような状態で自転車と一緒になっていた。


眠りからさめると、よくあの当時の映像が思い起こされる。事故を目撃した後で、病院でカウンセリングを受けて治療したが、完治までには至らなかった。

診断ではPTSDといわれた。記憶に今蓋をしているため、頻繁には思い起こさないが、いつか思い出して、自分の頭が壊れてしまうのではないか。

もし仮にそうなった場合、それは自分が受けなければならない罰なのだろう。そして、そんな罪の漆黒さを、花の純色さで埋められたら良いのかもしれない。


一ヶ月ぶりに花の種を蒔いた記憶空間を訪れた。

最後に見た記憶の映像では、芽が一つだけ出ていた。一ヶ月もあれば一面に蕾くらいになっている花があるだろうと思ったが、甘かった。

ほとんど何も咲いていなかった。

最後に見た芽を出したやつがかろうじて茎にまで成長し、葉をつけているところだった。不毛な土地にいくら栄養を与えても大輪を咲かせるには難しいのかもしれないが、希望があるとすればこの一つの花を咲かせることが自分に課せられた指名だと今はそう思っている。


一年が経過した。

花を育てていることを遠い過去のような出来事で、他人事のように何もない感じで日々をおくっていた。

簡単にいうと、段々その空間を思い出すことがしんどくなってきた。いや、しんどいと言うかイメージが湧かなくなってきた。

今までは目を閉じればすぐに入っていけたが、日々の生活の記憶や仕事上の記憶が確保していた領域を侵しつつあるせいだ。それに、想像するって案外脳が疲れる。きっと、どこかで「面倒くさいし、これやったからって、何になる?」とい疑問も行動を妨げる原因だろう。このまま放っておけば何もなかったことになる。

最近、頭痛が酷くなってきた。

頭痛持ちではないが、梅雨の時期は低気圧の影響をまともに受けるので毎年この時期は痛い日が多いのは確かなのだが、今年は痛さの質が違う。なにかこう、脳の中で鋭利で細長い針で、脳の表面を触れられていて、レンジで爆発しないように袋に空気の穴を開けているように、脳に穴が開いている気がしていた。

頭痛が酷く一日横になっていた。病院に行きたかったが、ベッドから起きられなかった。何か効きそうな市販の頭痛薬と痛み止めを飲んだが効果が出ずに痛みを和らげる為に目を閉じる。少しだけ和らぐ。薬が効いてきたのかもしれない、体の内側から心地よい温かさふが滲み出てきた。湯たんぽのようにじわりと目の奥が暖められ、瞼を自然と閉じた。

懐かしい場所に来ていた。


久々に想像空間に来ていた。

咲いている。

もう忘れようとしていたのに、咲いている。

頭の中でしっかりと成長していたことに違和感を覚えた。色のバランスも良く、見た目も本当の花と同じく美しかったが違和感だけは拭いきれなかった。

あの大きな紫の花はどうなっているのだろうと見に行った。他の花の十倍の大きさになっていた。まだ花は咲いていないようで、蕾が開くとき花だけじゃないような気がしていた。いつまで成長しつづけるのだろうかと不安になったので、近くにあったノコギリで茎を切ってやろうと、刃を当てて引いた瞬間、目が覚めた。

額から脂汗が垂れていた。

勢い余って起き上がると脇腹がジンジンと痛くなっていたので触れてみると、血が付いた掌があった。傷跡を確認するとギザギザの痕がついていた。ずいぶん悪い夢を見ているんだなと、再び横になってあそこにはもう行かないようにしようと思っていた。

雪が激しくなっていた。

あれから頭痛も消え、花を見に行くこともなくなった。思い出そうとしても最近では思いだせないので、きっと消えたんだと考えるのが自然の流れだったが、なんの前触れもなく突然それはやってきた。

「ウウウウウウ!!!」

頭が爆発する勢いで熱くなった。

確実に何かが頭の中に入っている。今まで感じたことのない圧力が、脳の中を壊していきそうだ。このまま頭は割れるだろう。


太陽が照りつける夏の日、彼は花となった。

ツルが撒きついた裸体に、太陽の日差しが照りつける。夕方の雷雨で水分を補給する。大量に降る雨で喉の渇きは一瞬で満たされていく。時に、雷が避雷針と勘違いをしてここを目掛けてやってくる。高層ビル三十階に相当する高さだから無理もない。

彼は人間としてではなく、大きな花として残りの命を費やすることになる。

脳から伸びる太い茎の中には、血液が流れている。

人間を支配した花は、もう人間である。

彼の意識は、「私は最初から植物なんだ」と、全ての回路を占領されている。

紫の花の紫は、きっと血が溜まった色なのだ。

蕾には吸い取った血液を溜めて、花開くときに空に放って、大地に撒き散らし、新たな生命の誕生を祝う瞬間だ。

花はやはり美しかった。

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脳花(遠い花) 久芝 @hide5812

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