第14話 日曜の朝

家に帰った記憶はなかった。


でも、リビングのソファーでワタシは寝ていて、ブランケットを被っている。


酔っ払って帰ってきて、ここで寝てしまって、真依がブランケットを被せてくれたのだろう。


だって、そんなことをしてくれるのは真依しかいない。



ごめんなさい

昨日は飲み過ぎました



真依に謝りのメッセージを送ったものの相変わらず既読はつかない。


まあ、そうだよね。


ほんとに、ワタシはどしようもない人間だ。



シャワーをまずは浴びに向かって、頭をすっきりさせてから、再び真依の籠もってる部屋に向かう。


でも、扉には手を触れずに声を掛ける。


「真依、返事をしなくてもいいから聞くだけ聞いて。佳澄のことは隠していてごめんなさい。後ろめたいことなんて一つもしていないけど、真依に何も言ってなかったって時点でワタシはパートナー失格だよね。反省してます。

ワタシの反省なんてもう聞き飽きていて嘘っぽくしか聞こえないかもしれないけど、本当にワタシが悪かったって思ってる。それでも簡単に許せるものじゃないのも分かっている。真依の気が済むまで5年でも10年でもここに籠もるでもいいよ。ワタシは真依と生きるって決めてるから、何年掛かっても真依が出て来るのを待つよ。

あと、これ以上佳澄と同じ会社にいるのもやめようって思ってる。今はまだ試用期間だし、週明けに部長に話をして、長くても試用期間が終了すれば辞められるはずだから、少しだけ待って」


望み薄なことは分かっていたけど真依からは応答はなくて、息を吐いてから寝室に戻る。


ワタシができることは真依を最優先させることだけだった。


真依がいてくれなければ、何ができても意味がないと迷いはなかった。


やりたい仕事があって、ワタシは転職をした。今の職場は求めるものに近づけた気がしていたけど、それよりも真依を大事にしたい。


また転職活動をしないといけないなと考えて、こういうことは時間がかかるし、とつい数ヶ月前の転職の時の資料を探し始める。クローゼットに放り込んだ気がすると、クローゼットを開いて資料を詰め込んだ封筒を探す。


簡単に見つかると思ったそれは、なかなか見つからなくて、クローゼットに詰めているものを一つ一つ引き出す羽目になった。

 

真依は家のものはどこにあるか把握しているので、真依ならすぐに見つけられるんだろう。一緒に住み始めても何だかんだとワタシは真依に頼りっきりだった。


真依がワタシといるという選択をしたことに後悔していたとしても、それはワタシが播いた種だ。


それでも関係を壊さないために、ワタシはできることをするしかない。


資料はなかなか見つからなくて、クローゼットの上の棚に手を伸ばす。


そんなに変な場所に入れていないはずと思いながらも、このクローゼットのどこかにはあるはずだった。前の方は手が届いたものの、奥行きが深くて奥の方は届きそうで届かない。


何か足場になるものを持ってくればいいんだけど、足場になりそうなものがあるのは真依が籠もってる部屋だった。


仕方なくジャンプして奥の長方形の箱を引き出すことを試みる。


やっと掴めたそれは、勢いのままにワタシの顔の上に落ちてくる。


ついてない時って、とことんついてない。





派手な音を立ててワタシは尻餅をついて、おまけに箱が顔に降ってきたので顔も痛い。


その上ワタシの顔の上に落ちてきた箱は、床に落ちて中身が散乱してしまっていた。


そんな大惨事を起こしたにも関わらず、探していたものは含まれていなさそうだった。


「何してるんだろう」


今日は幾ら探しても目的のものが見つかる気がしなくて、肩を落とす。


こうなると本当に何もかもやる気をなくして、ワタシは床に転がった。


目元を腕で覆って、大きく深呼吸を繰り返す所に物音が届いた。


「……なに、してるの?」


ほんの少しだけ開かれたリビングに続く扉の先に真依の姿がある。


物音というか、多少声を上げてしまったので、それを聞きつけて見に来たのだろう。


「驚かせてごめんなさい。ちょっと探し物をしていてぶちまけちゃっただけ。ちゃんと片づけておくから」


「……出て行こうとしたの?」


消え入りそうな声が届く。


「それはないから……出て行った方がいい?」


体を起こして真依を見る。


真依はどちらを望んでいるのだろうと聞き返すと、視線が逸らされる。


「そっか……そうだよね。ごめん。一緒にいるのも嫌だよね。荷物を纏めて今日中に出て行くよ。少し落ち着いてから、その先のことは話そうか」


真依の視線の意味をワタシは質問への肯定と受け取った。


ワタシは真依をまた傷つけてしまったのだ。ワタシなんてもう一緒にいるのも嫌なのかもしれない。


この関係を戻したくてもワタシには戻し方が分からない。


でも、真依をこれ以上傷つけたくはなかった。


開いたクローゼットの一番奥に押し込んでいた大きめのスーツケースを、ワタシは引っ張り出す。


2人で海外旅行に行く時に買って、後は真依の実家に帰る時くらいしか使ってないキャスターつきのそれ。


もう薄めの衣類でも大丈夫な季節だから、当面の衣類くらいはこれに入るだろう。


「出て行けなんて言ってない……」


扉の方から再び独り言のような声が聞こえる。


「真依……でも、ワタシといるとストレスになるだけでしょう?」


ワタシの問いに真依が扉を開いて中に入ってきて、ワタシを睨み付ける。


真依は怒っていた。


でも、


「ごめんなさい。真依が何を考えてるのか、ワタシには全然分からない。ワタシはどうしたらいい?」

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