第11話 再稼働完了
システムトラブルは、日付が変わる直前に何とか目標の所まで起動できて、佳澄にも手伝って貰って稼働確認まで完了したのは1時前だった。
夜間のバッチ処理も動くので、このままシステムが正常稼働するかどうかは、保守の主担当の2人がこのまま待機して定期的にログ確認をしてくれることになった。
残るメンバーは、何かあれば応答できる状態でいる必要はあるけど、いったんは解散になる。
とはいえ終電はもうとっくに過ぎている。
タクシーで帰るのにも少し距離があるので、保守メンバーと一緒にこのまま居残ろうとするものの、
「女性なんだし、経費でホテルに泊まっていいから」
上長にそう言われて、大人しくそれに従うことにする。
考えてみれば、男性の中に女性が混ざって仮眠するのは、周りに気を遣わせるだけだ。
近くのホテルを探すと、駅の西側にはビジネスホテルが1軒だけある。当日、しかも深夜なので、ネット予約なんてできなくて、ホテルに向かってみようとバッグを肩に掛けた。
「じゃあ、ホテルで仮眠するので、何かあったら携帯を鳴らしてください」
そう言い残してフロアまで出た所で、佳澄はどうしたんだろうと、逆側のフロアを覗いてみる。
「まだいたの?」
広いフロアの一角だけに明かりが点されていて、その中で一人佳澄がキーボードを叩いている。
「申し送り事項を書いてます。帰るんですか?」
「家までちょっと遠いから、泊まった方が安くつくなって、ビジネスホテルに行こうとしているところ」
「わたしも結構家まで遠いので、どうしようか悩んでました」
「じゃあ、一緒に行く? ここで寝るは流石に止めた方がいいし」
佳澄が頷いたので、佳澄の支度を待ってから、エレベータに並んで乗り込んだ。
1階まで行って、いつも通りに出ようとすると、深夜窓口はこっちだと、佳澄に腕を引っ張られる。
普段は目につかないような場所に守衛室があって、そこで退出簿に名前を書いて外に出た。
「佳澄が一緒じゃなかったら、1階で迷って抜け出せてなかったかも」
「大げさじゃない? ホテルってどのあたり?」
その言葉にスマホで調べておいたマップを見ながら2つ先のブロックまで歩く。
メジャーなビジネルホテルの系列なので、怪しいということはないだろう。
ホテルの深夜窓口から入って、カウンターに出て来たスタップにシングルが2部屋が空いているかを尋ねる。
「シングルは本日満室でして、ツインのお部屋なら1室ご用意できますが、いかがしますか?」
女性2人組ということもあって、そういう提案が出たのかもしれない。
まずは佳澄と顔を見合わせて、どうするかを問う。
「こんな時間だし、しょうがないけど、葵が嫌ならわたしは別のホテルを探すでいいよ」
「それをするなら、ワタシの方でしょう。最悪うちのチームは徹夜組いるし、戻ることだってできるから」
「あのビル、夜間の入場はできないよ? 出るのはOKだけど、入るのは6時まで駄目」
「え……でも、この近所って駅の向こうに行かないと、他にビジネスホテルないんだよね」
「葵は明日も朝早いんでしょう? だからここに泊まって。わたしは他を探すから」
「夜も遅いんだから、一人でホテルを探しに駅の向こうまで行くのは危険でしょう」
流石に自分だけ泊まって、佳澄に遠くまでホテルを探しに行かせるなんてワタシにはできなかった。そして、おそらく佳澄も逆は譲らないだろう。
となると、今、佳澄とどうこうなるとは全く考えられないし、こういう状況だから仕方がないかと2人でツインの部屋に泊まるしかなさそうだった。
カードキーを受け取り、並んでエレベーターに乗る。会社の入っているビルのエレベーターは大人数が乗れるものなので、2人で乗っていても圧迫感はなかった。でも、ホテルのエレベーターって結構狭くて、並ぶのがやっとの広さだった。
「昔、いつかは一緒に泊まりで旅行に行こうね、って話をしたよね」
「そう言えばあったね。まさか仕事でくたびれて仕方なく葵と一緒の部屋で泊まるなんて思いもしなかった」
「そうだね。落ち着かないんだったら、手とか足を縛ってくれてもいいよ」
「そういうプレイに興味ないけど。疲れてるんだから煩わせないで」
冷たくあしらわれて、ワタシは頷きを返した。
今の佳澄とワタシの関係は昔と同じじゃないし、佳澄も切り離して考えてくれているようだった。
今はただの同僚、それでいい。
ビジネスホテルのツインルームはツインとはいえ、ベッドとベッドの間隔は狭くて、飛び移れるくらいしか隙間は空いてなかった。
壁側が佳澄で、窓側はワタシと決めて、じゃんけんで勝ったワタシからシャワーを浴びることにする。
さっきコンビニでメイク落としを買って正解だったな、と思いながらメイクを落としてシャワーを浴びた後、備え付けの足下まで長さのあるパジャマに袖を通す。
バスルームを出ると、佳澄はベッドで体を伸ばしていた。
「お待たせ。眠いなら先に入ってくれて良かったのに」
「家に連絡もしたかったから。葵はいいの?」
「徹夜かもとはメッセージしておいたけど……」
「部屋がなくて、女性の同僚と泊まるくらいは言っておいた方がいいんじゃない?」
「ん……」
正直悩んだ。
真依に言わなければ不要な心配は掛けずに済む。
でも、こういうことで拗れることがあることも経験上知ってる。
「じゃあ、連絡しておく」
「わたしが説明した方がいいなら説明するよ?」
それだけは絶対に避けたいと、スマホを抱えて佳澄にはお風呂に入るように勧めた。
時間的にもう1時を回っていて、真依は眠っているかもしれない。
まずは起きているかの確認をするためにメッセージを送ってみる。
起きてる
トラブル解決の目処は立ったの?
メッセージが返ってきたのを確認してから、改めて音声通話を始める。
「お疲れ様。どうしたの? まだ会社?」
18時間ぶりくらいに聞く真依の声に安心する。
「システムの再稼働までできたから、解散して今さっき近くのホテルに入ったところ。明日も朝早く出ないとだしね」
「無理しないでね」
「トラブルが何日も続いた時程じゃないよ」
「そうだね。あったね」
システムをリリースする時にトラブルはつきものだった。今日みたいにその日の内に目処が立てばいいけど、そうじゃないことも過去にはあった。
「このまま何もなければ明日の夕方には帰れるから」
「うん」
「それとね。近くのビジネスホテルがツインしか空いてなくて、今同僚と一緒の部屋なんだ」
「……女性ってことだよね?」
ちょっと間があって、真依からの応答が返ってくる。
「そう。ワタシに女性のパートナーがいることも知ってる子だから、ちゃんと連絡だけはしておきなさいって言われちゃった。もう疲れて一瞬でも早く目を閉じたいくらいだから、心配しないでね。絶対真依を裏切るようなことはしないから」
「…………分かった」
「真依」
「なに?」
「お休みなさい」
「……お休みなさい」
分かった、と頷いた声音で真依が落ち込んだことには気づいた。
佳澄の性格上譲らないのは分かっていたし、疲れすぎていてこれ以上揉めたくなくて、事態が早く終息できる選択肢を取ってしまった。
でも、やっぱり駅向こうまで行くべきだったのかもしれない。
明日家に帰ったら、真依とはもう一回ちゃんと話をしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます