茶色の小瓶

篠崎 時博

日本国立歴史博物館

「——ねぇ、これじゃない?4世紀って書いてあるんだけど」


 大学生くらいの2人の男女がガラスケースの前で話をしている。

 彼らがいるのは日本国立歴史博物館という、その名の通り日本が誇る文化財を展示している博物館である。


「これ、どう見ても4世紀のものじゃないだろ」

「だよね〜」


 2人が見ているのは小さい小瓶。その大きさは3センチ程。茶色のガラスでできていて、まるでビール瓶を小さくしたようなものだった。


「4世紀つったらさ、日本じゃ古墳作ってる頃だぜ?こんなもん出来んのかよ」

「確かに……」


 現在だったらこのような小瓶を作るのは容易たやすいだろう。けれど、機械も何もない時代に、ガラスを薄く滑らかに加工する技術があったとはとうてい考えにくい。


「発見したってあれさ、でっち上げだったりして」


「“でっち上げ”ではありませんよ」

 後ろから突然声をかけられて、2人は思わず話すのを止めた。


 振り返ると、眼鏡をかけた長身の女が立っていた。赤いタートルネックにストレッチの効いた白いパンツ姿は、スラりとした彼女の体型をより強調させている。首から下げている名札には「国立歴史研究所 研究員 黒星くろぼし」と書かれている。


「……それ、私が見つけたんです」

「「え!?」」


 思わず2人は小瓶と黒星を交互に見た。


「ちょうど4世紀ごろだと言われてる場所を掘っていた途中で見つけたものなんです。土の中にがっつり埋まっていたので、割れないようにそっと取るのは一苦労でしたよ……」


「調査の途中で誰かがこっそり埋めたんじゃ……」

 2人のうち男の方がそう言うと

「いいえ。そういった跡もなく完全に埋まっていたので、後から埋めたというのは非常に考えにくいです」

 黒星は眉を下げて残念そうに答えた。


 黒星は少しずつケースに近づいていく。コツコツというヒールの音が人気ひとけのない館内に響く。


「……ところで、“空白の4世紀”って知ってますか?」

「空白の4世紀?」

 今度は女の方が聞き返した。


「3世紀や5世紀の日本についての記録は中国の書物に残されています。けれど、4世紀の記録は残ってないんです。だから“空白の4世紀”」


「はぁ……」

「その空白と言われているおよそ150年程の間に日本の文化は大きく変化したと言われています」

「そうなんだ……」

 女は黒星の話を頷きながら聞いている。


「“空白の4世紀”のうち、明るみにされていない、もしくはその間に誕生し、そして消えた文化があるかもしれない。きっとこれはそれを裏付ける貴重なもの」


(——そう、私が見つけたこの小瓶こそ歴史的大発見となるに違いない……)


 黒星はガラスケースの小瓶を見つめニヤリと笑った。

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