第31話 錬金工房 ガイア1817年7月23日~

 店の奥に入ると、応接間が有った。テーブルを挟んでゆったりとしたソファーが二つ置いてある。


 マイケルは俺に座るように勧めると、自らお茶を淹れようとしてくれた。しかし、すぐにマリアが代わって入れてくれた。


『うむ。やはり、メイド長のマリア殿の入れてくれる紅茶は旨いな。いつも使っている同じお茶の葉とは思えん』


 マイケルはマリアが淹れた紅茶を一口飲むと目を見開いて固まり、もう一口紅茶を飲むと彼女を称えた。

 

『ヒロ殿、まずはこの錬金工房だが、1階が店舗スペースと鍛冶工房、2階が皮革木工工房と製薬工房、3階が魔法陣工房と従業員用の食堂と大浴場、4階が独身の従業員用住居スペースとなっておる。地下に倉庫もある』

『鍛冶工房は金属の錬金術ですよね?2階の製薬工房は薬草の錬金ですよね?で、皮革木工工房というのは?』

『薬草を溶かすディゾルブ溶解は水属性、金属を熔かすメルティング熔解は火属性というのは知っているよな?』

『はい』

『皮革や木材にディゾルブを使うと液体になる。メルティングを使うと炭のように固くなる。だから、ソフニング柔化という無属性の魔法を使うんだ』

『無属性ですか?ディメンションホールも確か無属性でしたよね』

『そうだな、無属性の空間魔法だな。無属性の錬金魔法は他にもセパレイティング分離等が有るんだが、それらを使って非金属の固形物を成形するのが皮革木工工房だ』

『非金属の固形物ですか?まだ、そこまで習ってませんでした』

『そうか。では、エリザベート様と相談して鍛冶錬金だけではなく、そちらも教えよう』

『ありがとうございます。よろしくお願いします』

『それでヒロ殿は金属の錬金はどれぐらい出来るのじゃ?』

『ヒロ様は製薬、金属の錬金術をエリザベート様から習っておりますが、習った魔法は全て属性適正プラスに成っておられます』

『ほお、それは凄いな。で、ヒロ殿は何を教えて欲しいんだ?』

『教えていただくのですから、ヒロと呼び捨ててください』

『そっか、じゃあヒロ、お前も敬語とかは無しでな。それで何が知りたい?』


 おれは先日、ケンに見せた棒手裏剣をテーブルに置いた。


『ほお、これは錬金術だけで作ったのか。なかなかの出来じゃないか』

『鍛えても無いし、焼き入れもしていない。ただ見た目だけ整えただけです』

『ほお、分かってるじゃねえか』

『本部には炉が無くて、これ以上は出来なくて。それでケンに相談したら、ここを紹介してもらったんです』

『火属性魔法で無理やり過熱して鍛える奴は居るけど、効率悪いしな。それに本部でハンマー使ったらうるさくて怒られるだろうな』


 カッカッカっと大口を開けて笑う。


『刃物が作りたいのか?』

『まずはそうですね。慣れたら、こういう物も作りたいと考えてます』


 アイテムボックスからライフル銃BEER MK3 HUNTERを取り出しマイケルに見せる。


『なんじゃ?これは?』

『これは地球の……迷い人の世界の武器です。こちらの世界に来る前は、これを使って山に居る動物を狩って生活していたんです。ですから、こちらの世界に合わせた改造をして使って行きたいと思ってます』

『ほお、これが武器なのか?触っても良いか?』

『はい、銃弾は入ってないので触っても大丈夫です』


 マイケルはライフル銃を受け取り眺める。銃口から銃身の中を覗き込んだり、ねじを触ったりした。


『ここにねじが有るってことは、この鋼の中にからくりが有るのじゃな』

『そうです。結構細かい部品が有って、強度と精度が大事なんです。なので色々作って行って技術力を上げたいんです』

『なるほど。まぁ、いきなりこれを作るっていうのはちょっと無理そうだな。で、どうする?まずはナイフ辺りから始めるか?』

『はい。実は試したいことが有ります。柔らかい鋼を硬い鋼で挟んでナイフを作りたいんです』

『それは以前、大賢者様から依頼された日本刀っていう奴と同じ作り方だよな?』

『ええ。日本刀は『折れず、曲がらず、良く斬れる』と言われてます。素材の純度の高さもその理由だと思うのですが、この素材を組み合わせて作るというやり方も理由の一つだと思っているんです。それを試してみたくて』

『ハハハ、なかなか研究熱心じゃの。どうだ、冒険者を辞めて錬金工房で働かんか?』

『いや、魔法の無い世界で育ってきたので、今はいろんな魔法を学びたいんですよ。錬金術を学んでいるのも、その一環なんです』

『そうか。まあ、いつでも待っておるぞ。では、工房の中を案内しようか』


 マイケルを先頭に奥の扉をくぐると、そこはもう鍛冶場だった。


 広い工房の中央に、複数の炉が円形に置かれており、その外側では職人が作業をしていた。

 円の中心に複数の煙突が立っており、その外側に炉が。さらにその外側には小さな椅子に座った職人が右手のスコップで炭を投げ入れ、左手で魔石を触って風を炉の下から送り込んでいる。他の職人は、オレンジ色に発光している鉄をやっとこ焼床はさみで掴み、スプリングハンマーで叩いている。

 職人が座っている椅子の右側には床を掘った水槽が有り、熱した鉄を入れ、急速に冷やすことで硬くしている。水槽の横には金床が置いてあり、片手ハンマーで修正や調整をしていた。


『溶かして固めただけの鉄や鋼は、結晶が不規則に並んでおる。そして、結晶の間には不純物が混じっておる。これが熱して叩いて鍛えることで、結晶が規則的に並んで、間に有る不純物を外に排出するのじゃ。といっても、これは大賢者様からの受け売りなんじゃがな。わしらじゃ鉄の結晶なんて見えんしな。じゃが、実際に鍛えると表面にケラというゴミが出て来て、段々柔らかくなって行く。そして、ムラが無くなって品質が上がる。鍛冶錬金とは言っておるが、実際にはメルティングを使って添加物と混ぜ、純度の高い鋼等の合金を作るのと、加熱する前にメルティングで柔らかくして燃料費削減してるぐらいで、昔ながらの鍛冶とそう変わらん』


 マイケルの説明を聞きながら視線を炉から離し、周囲を見る。

 材料か製品が入れられているのであろう木箱が、そこらかしこに積み上げられている。壁際にはいろんな種類の機械が置かれている。昔、同級生の親が経営している町工場で見たことが有る機械が。


『マイケルさん、あの壁際にある機械って何なんですか?』

『ああ、目ざといな。あれは大賢者様が作った機械というからくりだ。左から旋盤・ポール盤・フライス盤・中ぐり盤・歯切り盤・研削盤にブレーキプレスだ。ここ以外、大陸中の工房、どこを探しても無いぞ』


 3方の壁をぐるっと様々な機械が取り囲んでいた。


『これの動力って何ですか?電気ですか?蒸気ですか?それとも水車?』

『魔法陣だ。水属性のワールプール渦巻という魔法を、密封した容器に粘度の高い油を入れて使ってる。それを中に入っているタービンと名付けられた羽根車で回転力を取り出して使ってるらしい』

オートマAT車の流体クラッチの応用かぁ。さすがケンだな、大賢者と呼ばれるだけあるな』

『ほお、大賢者様をそう評する事が出来るという事は、ヒロも色々知ってそうだな。鍛冶のことを教える代わりに知っていることを教えてくれ』

『ケンは物を作ったり、開発する専門の学校に通っていたらしいので彼以上の事を知っているとは思えませんが、俺に教えられることであれば』


 まずはナイフを作った。刃の長さが15㎝。作りは日本刀を真似てみた。炭素量1.3%の鋼を加熱して叩いて伸ばし、折り畳んで更に伸ばして折り畳む。これは折り返し鍛錬というもので、熱して叩くことによりパイ生地の様な多層構造となる。15回鍛錬すれば32,768層となる。その際、藁灰をまぶしながら鍛えると、鋼の中から不純物が排出され、鉄の結晶が規則的に並ぶことでより強靭になる。このガイアの世界では、排出される不純物の大半は藁灰と炭素だ。鍛錬が終わるころには、炭素量0.7%前後になった。この鋼がナイフの外側、刃の部分に成る。

 次にナイフの芯材にする炭素量0.8%の鋼を5回鍛錬した。先に鍛えた鋼をU字に曲げ、中に芯材を入れ藁灰をまぶし、泥水を掛け、叩いて成形する。マイケルに時に叱られ、時に手本を見せてもらいなんとか形にした。

 最後に焼刃土を水で溶いてペースト状にし、刀身に塗り焼き入れをした。焼刃土は刃先は薄く、それ以外は厚く塗る。そうする事により、刃先は急速に冷やされ白く固くなり、より切れ味が増す。厚く塗ったところはゆっくり冷える事で焼きは入らず、強靭さを保つ。


 数種類の砥石を使って砥ぎ、磨いて本体は完成した。後は柄に木か骨を削って取り付ければ完成だ。


『ヒロ、ほぼ完成だな。それにしても、見事に刃紋が出てるな。焼刃土は大賢者様から教えてもらったが、まさか使う場所によって塗る厚さを変えるとは思わなかった。120年以上鍛冶師をやってるが、こんな新しい発見と出くわすとは面白くて堪んねえな』

『俺も面白かったですよ。子供の頃、近所の鍛冶屋を興味本位で見学したことが有るけど、危ないからって工場の中には入れてくれなくて……。扉越しに工場の外から覗いていたのが、こうやって実際に自分で作業できるとは思いませんでしたよ』

『そっか、昔から興味が有ったのか。見て盗むのが昔からの職人の覚え方だしな。じゃあ、次は木工で柄を、皮革で鞘を作って完成させるか』

『はい、お願いします』


 木工は切り出してから半年程、自然に乾燥させた木材を使った。まずは、さらに乾燥させるためにセパレイティングという魔法で木材から水分を分離した。


『マイケルさん、これって最初からセパレイティングを使って乾燥させたら駄目なんですか?』

『それは出来るが、木材は乾燥するときに縮むんだ。急激に縮むと亀裂が入る。自然乾燥でも亀裂が入って裂けるのに、セパレイティングで一気に乾燥させたら、木材の中に細かい亀裂が走って強度がガタ落ちだ。使い物にならん』


 そこからは普通の木工だった。小刀を使って削って成形した。仕上げに亜麻仁油を数度塗り、最後に蜜蝋を塗って完成した。


 次は革を使って鞘の作成。皮の鞣し作業も錬金で出来るそうだが、今回は鞣し終わっている革を柔らかくして加工をした。

 加工にはソフニングを使うのだが、この魔法もメルティングと同じで加工中は魔力を流し続ける必要があった。試しに牛革を麺棒で伸ばして見ると、金箔ぐらいまで薄く延ばす事が出来た。革にソフニングを掛けながら曲げ、魔法を切るとそのまま固まる。縫い代にソフニングを掛けながら針を刺すとスッと針が刺さる。小学生の家庭科の授業以来だろうか?裁縫をしたのは。


 仕上げは鞘の部分にキュアリング硬化を掛ける。ベルトループの所には掛けない。ループまで硬くすると、身に着けた時に邪魔になる。

 このキュアリングは革鎧を作るときに必須な魔法らしい。ソフニングで体型に合わせた形状にしてキュアリングすると柔軟性は失われるが軽くて硬く壊れにくい鎧が出来る。


 この皮革木工錬金には、他の錬金術とは違うアドバンテージが有るそうだ。それは素材の皮革や木工に特殊効果を有している物が有るらしい。


 Sランク・Aランク、まれにBランクの魔物には、体表(皮や鱗等)に「防御力上昇」や「魔法防御上昇」「素早さUP」「隠密効果」といった特殊スキルを持ったものがいるらしい。その皮や鱗を使用すると、その恩絵を受ける事が出来るとか。

 木工も植物性の魔物だったり、秘境と言われるような場所で採取出来る素材で同じような事が出来ると云う。


 ナイフの次は諸刃の短剣やショートソードを作り、最後に日本刀を作った。


------

毎週日曜に掲載予定です。


会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。


youtubeで朗読させてみました。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9


小説家になろうでも掲載しています。

https://ncode.syosetu.com/n3026hz/

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る