だから私はネイルをする
@tsukumo-yuhki
第1話
――まだまだ小さい頃。雑誌に載っている綺麗な男性、女性モデルが、とても眩しく感じた。そして同時に、自身もこんな風にスポットライトを浴びれたら良いなと思った。だけど、そんな綺麗なモデルよりも、ブランドファッションよりも、もっともっと輝いて見えたモノがあった――。
「――おいっ、神宮寺【じんぐうじ】っ!! お前は、また爪を派手に塗ってきたのかっ。」
「……。」
目の前で目鯨を立てる男性教諭に対し、素知らぬ顔で爪を眺める。その態度に、男性教諭は更に眉間に皺を寄せた。
「読者モデルも良いかもしれんが、学校では身なりをちゃんとしろっ。」
「ちゃんと制服着てますよ?」
「その爪が、問題なんだっ!!」
そう言われて、また爪に目を落とす。昨日はモデルの仕事で爪にネイルを施していた。遅くまで撮影に時間が掛かったので、落とすのをすっかり忘れていた。だが、事務所の人もちゃんと考えてくれており、もし落とし忘れていても学校生活に差し障りがない程度のナチュラルなネイルを了承してくれている。それなのに、目敏いこの男性教諭は、ここぞとばかりに責め立ててきた。
「兎に角、保健室に除光液があるから、今すぐ落として来いっ。」
「……はーい。」
「後で保健室の先生に確認を取るから、誤魔化しは効かんぞっ。」
そのままスルーしようと思っていたが、確認を取ると言われてしまったら行くしかない。保健室の先生とは、そこまで馴染みがある訳でもないので、言い包めれないと直感でそう思った。渋々保健室まで行くと、ドアを開けた。その瞬間、保健室独特の消毒液の匂いが鼻を突いた。
「すみませーん。除光液借りたいんですけどー。」
言いながら入ると、椅子に座っていた先生が振り向いた。深く刻まれた皺が、歳を感じさせる。先生は、暫くビックリした表情のまま神宮寺を見ていたが、首を傾げるとハッと我に返った様に椅子から立ち上がり、薬品棚に向かった。そして少し漁ると、神宮寺の元へ来た。
「はい、除光液と脱脂綿。椅子と机あるから、そこで落としてちょうだい。」
「はーい。あざまーす。」
除光液と脱脂綿を受け取ると、指定された椅子に座ってネイルを落とす準備をした。脱脂綿にたっぷりと除光液を浸し、爪に被せる。ジェルネイルではないので、これでしっかりと綺麗に落とせる。脱脂綿を押さえながら爪を見ていると、ふと視線を感じた。顔を上げてみると、先生が神宮寺の爪をジッと見ていた。
「……あの、センセー?」
「あっ、やだ、ゴメンなさいね。ついつい見ちゃってたわ。」
「いや、大丈夫だし。もしかしてセンセーも、ネイルに興味ある方?」
あれだけ見ていたのだから、興味位はあるのだろうと思い、聞いてみた。すると、みるみる内に顔を真っ赤に染め上げ狼狽えだした。これは、ヤマが当たった様だ。暫く目を右往左往させていたが、一つ深呼吸したら落ち着いたのか、ポツリポツリと話し出した。
「……ちょくちょく女の子達が除光液を借りに来るんだけど、皆キラキラしてて派手派手しくてね。でも、神宮寺さんのネイルは、ナチュラルで可愛らしいなと思ったの。」
「あー……、たまたまですよ。もっと派手な時あるし。」
「あら、でも貴女が載ってるの見てたんだけど、どれもナチュラルな感じだわ。」
そう言って、机に置いていた本を見せてきた。それは、神宮寺が所属している事務所の雑誌で、丁度、神宮寺がアップで掲載されている物だった。
「わぁ、それ見てくれてんの?」
「たまたまコンビニで見て、貴女が載ってたから買ったの。」
「私が載ってたから……?」
どう言う事なのだろうと首を傾げた。すると、恥ずかしそうに手を口に当てがいながら、フフッと笑った。
「私もね、ネイルしてるのよ。でも、手じゃなくて足の方。他の先生方に見られたら、何言われるか分からないからね。」
「へー。ペディキュアしてるんだ。」
「ペディ……? ま、まぁ、そうなの。でも、やっぱり指にもしてみたいなって思って雑誌を見てたら、丁度、貴女が載ってたの。」
ペラペラとページを捲り、あるページを神宮寺に見せてきた。そこには、お洒落をした神宮司が口元に手を当てがっている写真が大きく掲載されており、更にはカップを持っていたり、頬杖を突いていたりといった写真も載っていた。それを見て、神宮寺は苦笑いした。
「……ってか、この雑誌十代向けのだよ? センセー、若者趣味?」
「あら、流行りの物を買うのは歳なんて関係ないと思ってるわ。だって貴女達だって、昭和スタイルの服とかをトレンドって言って着たりするんでしょ?」
「あー……、まぁ、有名な雑誌やモデルさんが着てたら、自分もってなるね。」
「そう言う事。ほら、休み時間終わるわよ。」
そう言われて時計を見上げると、後十分程度しかない。間に合うかなぁと思いながら、他の爪のネイルも落としていく。すると、不意に先生がため息を吐いた。
「どーしたんですか?」
「……いえ、勿体ないなって思ってね。自然色に近いから、落とそうが落とさまいが関係無い気がしてね。」
「マジでそれ。指導のセンセーが落とせって煩かったから。」
「あぁ、高岸【たかぎし】先生ね。あの人、結構厳しいのよね。」
苦笑いする辺り、この先生も苦労してるんだなと思った。薬品棚に除光液やメイク落とし等を何本も常備している位なので、指導を受けた生徒が沢山居たのが分かる。最後の小指の爪にコットンを当てながらボンヤリしていると、不意に先生が「あ……。」と声を漏らした。チラッと見ると、履いていた靴下を脱いでいた。流石にビックリした神宮寺は、椅子から飛び上がった。
「ちょっ、何してんのっ!?」
「いやぁ、どうもさっきからネイルが靴下に引っ掛かってるみたいでね……。」
「て、それ爪が裂けてんじゃんっ!! ちょっと見せてっ!!」
呑気に笑いながら確認する先生に、神宮寺は駆け寄った。じっくり見ると、少し伸びた爪の先が裂けており、靴下の繊維が引っ掛かっている。神宮寺は引っ掛かった繊維を外すと、爪切りを借りた。
「あらあら、切るくらいなら私がするわ。」
「いーから、いーから。愚痴とか聞いてもらったお礼。」
何か言いた気の先生を他所に、神宮寺は爪切りで裂けてしまった爪を切った。ヤスリをかけて形を整えると、貰ったコットンに除光液をたっぷりと染み込ませ、爪に当てた。
「あと、センサーにはこの色似合わないから、特別にしてあげる。」
「でも、ネイルが無いわ。」
「大丈夫。直ぐに出来る様に、ポッケにちっさいの常備してるから。」
そう言うが否や、上着のポケットから爪ヤスリと数本ネイルを取り出した。テキパキと爪のネイルを落とし、しっかりと除光液を拭き取ってから爪の表面にヤスリをかけていく。ケアなど殆どしておらず、自然に剥がれて表面が傷付いた爪が、どんどん綺麗になっていく。プロ顔負けの手際の良さにビックリしていたが、爪を綺麗にしている時の神宮寺の顔に、先生は目を細めた。
「――っし、これでヨシっと。」
午後の授業が始まって随分と経った時、神宮寺が漸く顔を上げた。見遣ると、綺麗に整えられた爪先に、淡いピンクのネイルが施されていた。自身で塗っていたのより、格段に綺麗に塗られた爪先に、自然と笑みが溢れた。
「あらあら、まぁ。」
「センセー、どっちかって言うと可愛い系になるからさぁ、さっきみたいな真っ赤とかのビビットカラーより、ピンクとかのパステルカラーが似合うよ。」
「あらそうだったのね。昔使ってたのを引っ張り出して使ってたんだけど、自分じゃあ気が付かなかったわ。」
「まぁ、どうしても赤を使いたいなら、全体じゃなくてワンポイントとして使ったら良いかもね。例えば――……。」
――それから、放課後になるまで神宮寺は保健室に居続け、先生と語り合った。それこそ、古今東西のファッションやメイクの事について互いの思いを話した。すると、神宮寺はある事に気付いた。
「ねぇさぁ、センセーて元々モデルとかしてた?」
「え? どうして?」
「いやだって、普通ならここまで盛り上がれないよ。だから、そうなのかなって。」
そう言うと、先生は気まずそうに目を泳がせた。悪い事を聞いてしまったのかと思った神宮寺は、謝ろうと口を開いた。
「センセ……。」
「あ、あのね、他の人には絶対に秘密にしててね。」
「あ、はぁ……?」
先生は辺りを見渡し、誰も居ないのを確認してから神宮寺の耳元に口を寄せた。
「実は私、貴女のお母さんがモデルだった頃の専属ネイリストだったの。」
ヒソヒソ声で言われた衝撃的な事に、頭が真っ白になり思考が停止した。言い終わった先生が離れると、「秘密ね。」と口元に人差し指を当てがった。暫く呆然としていたが、先生が見せてきた携帯の画像を見て確信した。
「はぁああぁぁっ!?」
思わず大声が出てしまった。先生も肩を震わせた。もう一度見ようと先生の手をガッチリと掴み、携帯を覗き込んだ。そこには、若い頃の神宮寺の母親と先生がピースサインをして写っていた。
「なっ、ど、どうし……!?」
「ふふっ、子供が出来るまでは、それなりに着飾るの好きだったのよ。ただ、他人をだけどね。」
「は、はぁ……。」
「貴女のお母さんとは、仕事で知り合ってから仲良くさせてもらってるの。転職した今でも連絡取り合ってるんだから。」
「えぇー……、マジですか……。」
まさか、母親と高校の保健室の先生が繋がっているとは、思いもしなかった。世間は広いようで狭いという事を改めて思い知った。そして、先生が神宮寺が載っている雑誌を持っていたのは、母親が先生に「娘が読モしてて、大きく写ってるから是非見てほしいっ!!」と連絡をもらっていたからと言った。その事を知った神宮寺は、恥ずかしくなってきて頭を下げた。
「いや、マジで、母が……すみません……。」
「良いのよ。私も、知り合いの娘さんと繋がれて良かったしね。」
「半端ねぇ……。」
「うふふっ。ねぇねぇ、それはそうと――。」
肩を落としている神宮寺を他所に、先生は頬杖を付きながら言ってきた。その言葉に目を見開いた。自身よりも技能が高い相手に、しても良いのか悩んだ。だが、それよりも好奇心に胸が熱くなった。元とは言え、プロだった人間に出来るのだ。モデルという仕事にはやり甲斐を持っているが、それを引き立てる影の仕事にも興味が湧いてきたのも事実。神宮寺は、冷や汗を一筋流しながら口端を上げた。
「もち、ろんですっ。宜しくお願いしますっ。」
「ふふふっ、宜しくね。」
END
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