第55話 王宮最後の夜 2

日はとっぷりと暮れ、宴たけなわである。


エレオノーラとアンナマリーの二人きりのお茶会。




過去の話から、日ごろの鬱憤まで女子二人で話は止まらない。


つい、話さなくてよいことまで話してしまう。




エレオノーラはシルビオとのすっきりしない気持ちを、ここぞとばかりにアンナマリーに話していた。


「まずね、アンナマリー様の馬車に轢かれた日、どうしてあんなところを歩いていたと思いますか?」




「そういえば、そうよね」


うーん、と考えるようにアンナマリーは首をひねった。




「シルビオ様が夜に美女と会っているっていう噂を聞いて、追いかけて行ったんです。そしたら」




もう、今では古傷だと、エレオノーラは思っていた。とても痛むわけではないけれど、じくじくと、嫌な気分にさせられる。




「そうしたら?!どうなったの?」




「やっぱり噂は本当でした」




アンナマリーはクッションに寝そべる格好になって、くつろいでいたが、飛び起きた。


「ええー!うそ?どういうこと?」




「黒髪の美しい、毛皮を着た女性で、仲良さそうに腕を組んで建物に消えていったんです」




「え、それ浮気じゃなくて?」




「浮気ですよ」


エレオノーラは渋い顔で、きっぱりと言い切った。シルビオ本人は否定していたが、それを信じるほどお人よしではない。




「ひどい、最低ね、みそこなったわ」




「でしょ?それについて問い詰めたら“すまない”しか言わないのです、仮にも妻がいるのに、まあ仮だったので、仕方ないか、とも思いましたけど」




「仕方なくないわよ?!あなた、そんな弱気でどうするの」




「だって、そのころの私は、小さくて、みすぼらしく、食事も満足にできなくて、とても妻とは言えなかったでしょう」




「あのねえ、妻として娶ったなら、夫がきれいに着飾らせるものなのよ?それが甲斐性ってものでしょう、完全に夫の責任よ」




「そうでしょうか」




「そうよ、なんでそんなことになったのよ」




「どうしてなんでしょうね、ほとんど家にはお帰りになりませんでしたし」




「ええ?新妻をおいて?」


アンナマリーはやや不満そうだ。恋に恋するお年頃なのか、理想の夫婦のかたちがあるようだ。




「まあ、でも12歳でしたから、それも仕方ないかと」




「幼くてお嫁に行ったのね、大変だったわね。で?どうするの、これから」




「どうって、もう離縁のための書類は揃えました」




「え?!離婚するの?」




そう、離婚するという話が進んでいたはずなのに、シルビオの発言には驚いた。




(ああー、もう、シルビオ様、なんであんなこと言ったのよ)




あの話がなければ書類を送って終わりのはずだったのに、と、先ほどのことを思い出して、エレオノーラは体温が上がるのを感じた。しかし、それをごまかすように、わざと明るい声で、これからのことを話す。




「ええ!この国で生きていくつもりですし、リュシアン様にもお世話になるので」




「まあね、そうよね。そうなるわよね、ってそういうことじゃなくて!このままでいいのかってこと!」




「え?」


アンナマリーが何を言っているのか、わからないエレオノーラ。




(このままって?!)




「あのね、エレオノーラは悔しくないの?そんな風に放っておかれて浮気までされて、一発ぎゃふんと言わせたい、とかないの?」




(ぎ、ぎゃふん?)


王女殿下から、まさかの発言にエレオノーラは目を見開いた。




「そりゃあ、ありますよ。でも……もう、過ぎたことですし」


もう、今さらだ。シルビオに何かしようにも、彼に太刀打ちできる何かなどない。




「だめよ!きっちり仕返ししなきゃ。最近、王宮をウロウロしているらしいじゃない」




「まあ、剣技の師匠ですから」




「なんですって?あなた、毎日会ってたの?」


アンナマリーは知らなかった。騎士団の団員から、特別講師に基礎から教えてもらっているようだ、としか聞かされていない。




「はい」


こともなげに答えるエレオノーラに驚くアンナマリー。




「もう!二人ともどういう神経してるのよ!」




「いや、不可抗力ですよ」


エレオノーラが希望したわけではない。ついていけないため、特別講師をお願いすることになっただけだ。




「お人よしにもほどがあるわー」


お人よしと言えばこの場合シルビオの方がお人よしなのかもしれない、と思うエレオノーラだった。それとは対照的に、あきれ返って、ため息をつくアンナマリー。




「そうねえ、相手が後悔するような仕返しがいいわね。例えば……相手を自分に夢中にさせて手ひどく振る、とかどう?ハニートラップよ!」




「え?!それは……」


アンナマリーはやる気だ。物語や、お芝居に感化されているとしか思えない。しかし、残念ながら、ハニートラップができるほど、エレオノーラには色気も計算高さもないという自覚がある。エレオノーラは及び腰だ。




「いいじゃない、あなただってそうされたようなものじゃない」




「まあ、そう、ですかね……?」


やっぱり人の話を聞かないのは、この王家の血筋を感じる。




「じゃあ、決まりね!あなたに夢中にさせて、今度はあなたが捨てておやりなさい!」


なぜか、人の復讐に闘志を燃やすアンナマリーだった。




これ以上、シルビオとのことを聞かれるのも、気まずいエレオノーラは、話題を変えようと、気になっていたことを聞くことにした。




「あの、私の話はさておき。アンナマリー様のほうはどうなったのですか?」




「ああ、あれね……」


うーん、とうなりながら、迷っているようだ。わずかな逡巡の後、アンナマリーはこう言った。


「いいわ、あなたには話しておく」


何か、吹っ切れたようにすっきりとした顔で、アンナマリーは話し始めた。




「実はね、あの金庫の中、見たの。あの後すぐよ。やっぱり気になって、式典担当の官吏を脅して無理やり開けさせたわ。でも……なかったの。建国式典があるでしょう、その儀式に使う王冠と杖と玉がおさめられているだけだった。」




官吏を脅す、とは穏やかでない。アンナマリーはどうしてそこまでこだわるのだろう、とエレオノーラは気になっていた。現在の国王陛下は立太子をせず、直接即位しているはず。その方法でもいいはずだ。しかし、そのことには触れず、にこっと微笑んで答えた。




「いいえ、いいのです。宝物庫にもう一度いかなくてすんで、ほっとしています」




もし見つかったら、罪に問われる。下手したら死罪、流刑もありうる重罪だ、エレオノーラは昨日の生きた心地のしない時間を思い出して心底ほっとした。




「私ね、あなたをここに運んだ日、ローゼンダールに行ったのは、ただの観光じゃなかったのよ?」


少し眉根をさげ、悲しそうな、遠くを見つめるような目で、アンナマリーは話し始めた。

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