第6話


しかし、それから一年もの間、

エレオノーラはシルビオとほとんど顔を合わせることがなくなるとは、思いもよらなかった。


一緒に食事をとるのは、三か月に一度程度、今までにたったの四回だ。


誕生日も、シルビオは帰ってこなかった。

エレオノーラは、いつのまにか、13歳になっていた。




シルビオのあの優しい人柄、不器用な優しさに触れて、

夫婦になれなくても家族にはなれるんじゃないかと、期待してしまった。

でも、シルビオは”違った”のだ。


使用人は老執事のジェルマンのほかに、二人のメイド。下男がたまに通ってくるだけだ。

だれもエレオノーラのことを気に掛けるそぶりはない。

もちろん最初から、メイドは着替えや身支度の手伝いに部屋を訪れることはない。

シルビオと食事を共にするときだけ、食堂に立派な食事が用意されていて、普段は厨房に用意されたものを自分で好きな時間に取りに行ってほしいとのことだった。


二人のメイドは、そうじも洗濯も、ほとんどしている様子がない。

日がな一日、うわさ話で忙しそうだ。

しかし、その噂によって、エレオノーラはこの家の状況を知ることが出来た。


どうやらこの屋敷は、領地にある本家の屋敷で、シルビオ自身はほとんど王都にあるタウンハウスで過ごしているらしい。ここに帰ってくることはほとんどないようだ。


それから、借金はどうやらほとんど返済出来ていて、新しい事業を考えていて、そのため、王都でも忙しくしているようだった。



しかし、年下の妻に関しては淑女教育も受けさていないので、社交の同伴者としては、心もとなく、最近は他の家の貴族令嬢をともなって頻繁にお茶会や、夜会に行っているらしい。



エレオノーラは、固いもので頭を殴られたような衝撃をうけた。

(私じゃパートナーとして連れていけないということ?!)


13歳であれば、年若い妻として社交界に連れていくことは珍しくない。

この国では14歳で社交デビューするのが一般的だ。


(きっと、社交界に連れていくつもりがないんだ…。いつ離婚するつもりなんだろう…)


社交界に連れていくことがない、ということは、関係性を公にしたくない、ということなのだ。


不安ながらも、シルビオを気遣っていた自分が急にばかばかしくなった。


(あんなに優しくて、兄として、なんて言ってたのに、捨て置かれているのがいい証拠ね。やっと、継母からにげられたと思ったのに、このまま離縁されたら行くところがないわ!)




離縁したら遺産は、成人後しか受け取れない。この国の成人は20歳だ。

今からまだ7年もある。

そして社交界に出てすらいないのだ。

この国の貴族社会でうまくやっていけるはずもない。

社交界での人脈や、一般的な知識はあって困ることはない。

欲を言えば、王宮で仕官できるぐらいの知識か、事業家としての才覚か…いや欲張りすぎか。




ともかく、一人で生きていける何かが欲しかった。

(家庭教師ぐらい、お願いできないかしら。)

月に一度くらいだが、たまたま領地に帰ってきたシルビオに、夜、直接話を聞こうと、部屋を訪ねたのだった。


しかし、部屋には明かりがない。

不思議に思い、屋敷の中を捜し歩いていくと、裏門に続くドアが静かに締まる音がした。

エレオノーラは、急いでそこに行くと、外をそっと覗いてみる。


(シルビオ様!)

こんな夜更けに、どこに行くのだろうか。

小雪がちらつき、今夜は積もりそうだ。


エレオノーラは昼間メイドたちが噂していたのを思い出した。

(すごい美人と会っている?…本当かどうか、確かめようじゃないの!)


薄手の布だけを肩にかけたまま、静かに雪の中へ歩き出した。

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