花咲く君に、はなむけの恋を。〜『恋をしたら死ぬ』病気の無表情な美少女を看取るまで〜
ゆーやけさん
病と言うには美しすぎる花
「はぁ、なんでよりによって弁当を忘れるかな……」
それは、ある夏の日の放課後のこと。忘れ物を取りに学校へと帰ってきた僕……
いや、開けてしまった。
「……えっ?」
誰もいないだろうと思って中を確認せずに扉を開けたその先にいたのは、恐らく着替えている途中の見覚えのある白髪の美少女。その背中には、何輪もの小さなヒガンバナが咲いていた。
「あの……閉めてくれると助かるんだけど」
「ご、ごめんなさい!」
あまりに予想外のことだったので思わず固まってしまったが、中にいた彼女にそう言われて僕は急いで扉を閉める。
(なんで
(何なんだ、あの模様は……!?)
彼女の背中にあった、あの真っ赤なヒガンバナの模様が目に焼き付いて離れない。入れ墨というにはあまりにも生々しく、
「……着替え、終わったけど」
そんなことを考え込んでいた僕の意識は、こちらを呼ぶ声によって現実へと引き戻される。目の前には制服を着た岸花さんがいつも通りの無表情で立っていた。
「あの、さっきのは……事故というかなんというか……本当に、すみませんでした」
僕はどうにかしてさっきのことを弁明しようとしたが、結局謝ることしか出来なかった。
「それは、別にいい。それより、外で何か呟いていたみたいだけど……もしかして見えたの?」
「見えたって、何が……」
しかし、彼女はそのことを全く気にかけていないようだ。それよりも、何かを見られてしまったことを気にしているようで……
「だから、『花』……見えたんでしょ?」
「あの、背中の?」
「……やっぱり」
彼女の背中にあった、あのとても大きなヒガンバナの模様。それを見られたと分かった途端、彼女はうつむきながらそう呟いてこちらの方へと歩き始めた。
(やっぱり、怒ってるのか……!?)
白い前髪が顔の表情を隠していて、僕は彼女の感情を推し量ることができずに困惑する。そうしてほんの1メートルほど前まで近づいてきた彼女は、急に立ち止まり……
「あんなものを見せてごめんなさい。気持ち悪かったでしょう?」
「……は?」
そのまま静かに頭を下げた。どうして謝られているのか分からずに困惑している僕を尻目に、彼女はその『花』について語り始めた。
「生まれつきでね。彼岸病って言って……病気が進行すると、あの
「彼岸病……? 聞いたことないかも」
「とても症例が少ない病気なの。日本でこの病気なのは私だけみたい」
淡々と自分の
「私も気持ち悪いって分かってるし、驚かれるのにも慣れてる。変なものを見せてしまってごめんなさい」
確かに彼女の背中の花を見て驚いていたのは事実だ。だけどそれは、気持ち悪いと思ったからじゃない。
「いや、僕は……」
「それじゃあ私、もう帰るから」
しかし僕が口を挟もうと前に、岸花さんは荷物を持って教室から出て行こうとする。まるでこれ以上の会話を拒絶しているかのようだ。
「戸締まり、よろしくね」
何も言えないまま突っ立っている僕の横を、彼女が足早に通り過ぎていく。何を言うべきなんだろう。何と言えばいいのだろう。そう悩んでいるうちに、どんどん彼女が遠ざかっていく気がして────
「────『花』……綺麗、だったよ」
「……本気で言ってるの?」
ただ、花を見たその瞬間に思ったことだけが……綺麗だという言葉だけが口から溢れるように出て、歩いて行こうとする彼女の足を引き止める。
「急だったから驚いたけど……気持ち悪くなんてなかった。本当に、生きてるみたいで……僕は、凄くいいと思った」
お世辞とか、慰めとか、そんなことは考えていない。心の底から綺麗だと思った。それこそ、脳裏から焼き付いて離れないほどに。
「って、急に変なこと言ってごめん! であも、本当にそう思って……」
思わず口をついて出た言葉を振り返り、僕は失礼だったかもしれないと気づき言い訳するようにそう付け加える。そうして、恐る恐る岸花さんの顔を見ると……
「何それ……おかしな人」
(……笑ってる、のか?)
彼女は、笑っていた。初めて見たその表情は花がほころぶ瞬間のように優しいもので……それはきっと、喜んでくれていたのだろう。
「私の
「もしかしたら変わってる感性なのかもね」
「うん、すごく変わってる」
気づくと、彼女の顔からはさっきの寂しげな雰囲気は消えていた。静かながらも楽しそうに話すその姿は、年相応に感情豊かな女子のものだ。
「……っ、頭が……」
「岸花さん!?」
そうして話していると、岸花さんの体が突然ふらついてこちらに倒れ込んできた。その体はおぞましいほどに軽くて、そして少し熱いような気がする。
「どうしたの、大丈夫!?」
「大丈夫……ちょっと立ちくらみしただけ」
良かった、何かの発作でも起こったのかと思った……しかし何でもないのに立ちくらみするなんて、疲れているのだろうか。
「……うん、もう平気。受け止めてくれて、ありがとう」
「なら良かった。帰る時は気をつけて」
「分かってる。それじゃ……また、明日ね」
その後、彼女は少しの間座り込んで頭痛が引いた後に今度こそ帰っていってしまった。さっきもたれかかられた瞬間の甘い髪の匂いも、優しい体温も、まだ体の近くに残っているような気がする。
(また明日、か……)
そんなどこか不思議な感覚に包まれながら、僕は彼女が去り際に放った何気ないその一言を何度も何度も思い出すのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「最近、薬の量増えてない?」
「ちょっと増えただけ。このくらい誤差だから」
彼女の秘密を知ってから1ヶ月が経った。あの日から少しずつ話すようになっていき、今となっては放課後にこうして話すのが日課になっている。
「彼岸病……って、そんなに薬を飲まないとダメなの?」
「特効薬があるわけじゃないから、色々組み合わせてるの。痛み止めとか、鎮静剤とか、安定剤とか……」
僕も少し彼岸病について調べてみたがやはりとても珍しい病気だったようで、ドーパミンとかホルモンがどうとか書いているよく分からない英語の難しい論文が1、2個見つかった程度で、詳しいことは分からないままだ。
「特効薬がないってことは、やっぱり治らないの?」
「まだ治療法は見つかってないし……多分、これからも見つからない。ずっとこの
嘆き、というよりは諦めているようにそう告げながら、岸花さんは目の前に並べられた沢山の錠剤を流し込んでいく。毎日飲んでいる薬の量が、彼女の病の厄介さを物語っていた。
「でも、最近はそれも悪くないかな……って、思えてきたかも」
「どうして?」
「……あなたのせいだよ」
ようやく薬を飲み終えた彼女は、少し考えるような素振りをした後に席から立ち上がってそう告げる。
「こんなに人と仲良くなったのは、生まれて初めてだから。この花が無かったら、あなたと話すこともなかったかもしれないし……少しだけ、感謝してるの」
こちらを見ながら楽しげに、そしていたずらっぽく笑う彼女を見て僕は思わず息を飲んでしまう。窓から差す日の光に照らされたその笑みから、なぜか目が離せなかった。
「だからひとつだけ約束して欲しいの。あなたには……この花が完全に咲く時まで、見ていて欲しい」
彼女の真意は分からないのに、その言葉がとても重い意味を持っていることは分かる。
「それって、いつ?」
「分からない。もしかしたらすぐかもしれないし、一生来ないかもしれない」
「なら、ずっと待ってるよ」
それなのに、自分でも驚いてしまうほどにすんなりとそれを受け入れてしまった。それほどまでにどうしようもなく、彼女の『花』を……そして彼女を、見ていたいと思った。
「ずっと待ってる、なんて……プロポーズみたいだけど?」
言われてみれば、告白のように聞こえなくもないけど……僕はそう受け取ってくれても構わない。
「お互い様だと思うけど?」
「そう……かも。だって私も、あなたと────げほっ……」
そして彼女が何かを告げようとした、その瞬間のことだった。突如彼女が咳をしたかと思うと、力が抜けたようにこちらに倒れ込んできたので急いでそれを受け止める。
「岸花……さん?」
また、立ちくらみだろうか。そう思ったのも束の間、僕の胸の部分に温かい……いや、熱い『何か』があるのを感じる。猛烈な嫌な予感と共に、ゆっくりと下を見ると────
(なんだよ、これ……!?)
────僕の制服の上には、大きな血の花が咲いていた。
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