悪魔の果実
292ki
ムーネン・モメヘンの死
ムーネン・モメヘンが死んだ。
オパの木の頂上から落ちての転落死だった。
大きな音に驚いて様子を見に来た仲間が駆けつけた時にはムーネンは既に虫の息だったという。
彼は天高く腕を掲げると何度か掌を動かし、掠れた声でこう言い残したと言う。
「頂上に……オパ……あれは……我が理想のオパだった……ようやく見つけた……無念……俺はあれを……った……」
それだけ言ってムーネンは息を引き取った。
話を聞いた村人達は噂した。
オパの木の頂上には悪魔の果実があり、触った者を殺してしまうのだと。
とある秘境の奥深くの奥深く。オトコバッカ村という外界から隔絶された村があった。
オトコバッカ村に生まれる赤子の性別は大変偏っており、男ばかりが生まれた。女が生まれると男は立ち入りを禁じられた神殿で、死ぬまで外界に触れずに育てられるのだ。
そのため、オトコバッカ村には男しかいなかった。彼らはその土地の古くからの言葉で「ドゥー・ティ」と呼ばれた。
ドゥー・ティ達は日々の暮らしの糧を「オパの木」から得ていた。オパの木は天高くそびえ立つ立派な巨木で、そこにはオパと呼ばれる果実がなる。
オパは薄桃色をしており、大きさは千差万別。大きな物もあれば、小さな物もある。共通点として、オパはとても柔らかく、良質なオパは手にしっとりと張り付くほどだった。
先端には紅桃色のヘタがあり、それも硬く外に出ている物もあれば、慎ましく中に収まっている物もあった。
そして何やらオパというのは女にたわわに実る秘密の果実と見た目も感触も酷似しているらしい。
これは生命の儀式をするために神殿の近くに居を構える上級身分の男達、「ヤリィ・ティン」から得た確かな情報である。
それを知ってから、ドゥー・ティ達は日々、オパと真剣に向き合った。毎日毎日オパを手に取り、柔らかさや大きさを確かめ、時に吸い、時に舐め、時に顔を埋めながら、オパの木に手を合わせては「どうか、我が理想のオパをその身に宿したまえ」と願った。
娯楽の少ないオトコバッカ村において、理想のオパを想像し、手に入れることが彼らの唯一の楽しみであったのだ。
死んだムーネンはデッカ・オパ派の筆頭だった。デッカ・オパ派は大きく、ハリがあり、掌が包み込まれる程大きなオパを理想とする男達のことである。
ムーネンは優しく、皆に好かれ、嘘を嫌う高潔な男だった。木登りも一番上手く、高い位置になるオパを何個も何個も取っていた。その過程でどんなに大きく瑞々しいオパがあっても彼は動じなかった。
そんなムーネンの死の原因となる程の動揺を誘うオパ。それは悪魔のオパと呼ばれて然るべきだろうと村人達は判断した。
村の年寄衆は村人達に決して木の頂上に登らないように言い含めた。ムーネンが耐えられなかった物に常人が耐えれるはずがないからだ。
しかし、若く立派なドゥー・ティはそんな枯れた言葉では止まらない。
ムーネンの死から暫くして、一人の青年が皆の目を盗んで木の頂上を目指し、登り始めた。
彼の名をモムゾイ・デッケパイ。
ムーネンの唯一無二の
「ムーネン……お前を狂わせたそのオパを俺が代わりに揉んでやろうではないか。そしてその感触の仔細をお前の墓の前で語ってやろう。許せ、これが俺に出来る精一杯の手向けなのだ」
モムゾイは汗を流し、オパの木を登りながら亡き友を思い、天を仰いだ。
仰ぐ先から目を奪われる。あちらこちらにオパ。大きな大きなオパ。柔らかくモチモチとしたオパ。艶やかなハリのあるオパ。オパの楽園がそこにはあった。
「グゥ……!!!」
モムゾイは思わず足を止めかける。まだ頂上に辿り着いていないというのに、もうモムゾイが持つオパを更新する理想のオパがあちらこちらに見えるのだ。もうここに骨を埋めたい。そう思ってしまうのも仕方がない光景。しかし、モムゾイは進む。
「我が
それは血の滲むような時間だった。モムゾイは頂上に辿り着くまでの間、たくさんの理想と夢が詰まったオパを見送った。最後には血涙まで流していた。
しかし、彼は長らくの努力と忍耐の末、頂上に辿り着くことが出来たのだ。
オパの木の頂上はモムゾイが想像していたよりも遥かに寂しかった。すぐ下には鈴なりになっている大きなオパがひとつも見受けられない。
「これはどうしたことだ。我が
モムゾイはそれから暫く悪魔のオパを探し続けたが、それらしい物は何も見つけられない。
「何故だ……ここにあるはずなのだ。ムーネンを殺した悪魔のオパが……ムッ?あれは」
困惑するモムゾイの視界にひらりと揺れる物が目に入った。それはムーネンが身につけていた飾り紐だった。
「ムーネンはあそこから落ちたのか?ならば周囲に悪魔のオパはあるはず」
モムゾイは足を踏み外さないようにゆっくりとその場に近づいた。そして、そこで彼は信じられない物を目にした。
「こっ、これは……!」
そこにはオパがあった。とても慎ましい小さなオパが。デッカ・オパ派の者の理想とは違うオパだ。
逆に言えばモムゾイはそのオパ以外に頂上でオパを見つけることが出来なかった。
「ムーネンはこれを理想のオパと言ったのか?まさか、アイツはデッカ・オパ派の筆頭。こんなオパに気を取られるはずが……待てよ」
モムゾイの脳裏にとても恐ろしい考えが過ぎった。
「まさか、ムーネン。お前……チー・オパ派だったのか!?」
チー・オパ派はデッカ・オパ派とは真逆の理想を持つ者達である。彼らはオパに小ささと慎ましさを求める。目の前のオパは確かにチー・オパ派からすれば垂涎物のチー・オパであった。
「そんな……ムーネン、お前はデッカ・オパ派の筆頭だったではないか。あんなにも嘘を嫌っていたではないか。なのに何故……」
もしや、そのプレッシャーこそがムーネンの理想に嘘をつかせていたのかもしれない。モムゾイはそう思い至った。
思えばモムゾイとムーネンが住む地域にはデッカ・オパ派が多い。子供たちは幼い頃からデッカ・オパの素晴らしさを寝物語に成長する。
そんな環境でデッカ・オパ派の筆頭と持て囃され、ムーネンは自らの本当の理想を曝け出すことが出来なくなってしまったのではないか。そう考えるとモムゾイの目からは次々の涙が溢れ出した。
「馬鹿野郎、大馬鹿野郎……!!ムーネン!俺が、俺たちがお前の理想のオパを蔑むと思ったのか!?そんなわけはない!!誰だって自分の理想のオパに正直になっていいんだ!!毎日毎日夢に見るくらい自分の理想のオパについて考えて、感触を想像していいんだ!!ちゅっちゅしてモミモミしていいんだ!!」
モムゾイは叫ぶ。オパの木の頂上で死した
「自分の好きなオパを語れずして何がドゥー・ティだ……!!」
暫くの間、泣き濡れたモムゾイはようやく涙を拭うと、ムーネンの理想のオパに一礼し、ゆっくりと揉んだ。
「……揉めんな」
揉めなかった。揉むほどの大きさがないチー・オパであったのだ。
「しかし、これでムーネンの墓に感想を伝えることが出来る。さて、戻ろう。何、お前の抱え続けた秘密は誰にも話さないとも。俺とお前だけの秘密だ、ムーネン……それにしても、揉めないオパを揉みたがって死ぬとは……お前は案外、抜けていたのだな」
モムゾイは下に降りようと枝に足をかけた。その時、ぴしりと嫌な音がして彼が足を置いた枝がポッキリと折れた。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
落ちていく。モムゾイはムーネンと同じ様に下に落ちていく。
(クソ!抜かった!!許せ、ムーネン、俺もどうやらお前の後を追うことになりそうだ)
どうにもならないと分かりながらもモムゾイは空中で手足をばたつかせた。
「ハッ!?こ、これは!!」
その時、彼は漸く全ての真相に辿り着いた。
モムゾイは知った。ムーネン・モメヘンの本当の無念を。
「風か……!風か、ムーネン!風が手を包み込み、まるで大きな大きなオパを揉んでいるかの様だ!!」
木の頂上からの落下の勢いで手に当たる風はこれまでモムゾイが体験したこともないほどの感触を掌にもたらした。
「ムーネン、お前はあのオパを揉んだ……いや、触れたのだな!優しく、優雅にあのチー・オパに!そしてその感触を忘れないようにしようと心がけていたせいで落ちてしまった!その結果、風がお前の掌からささやかな感触を消し去ってしまったのだ……!だからお前は無念だったのだな!!」
ムーネンは最期にきっと、こう言い残したのだ。
「俺はあのオパの感触を消したくなかった」と。
「嗚呼.....ムーネン!」
全てが分かったからといって、何が変わるわけではない。モムゾイは落ちていく。落ちて、ムーネンと同じ末路を辿った。
誰かが顔を覗き込んでいた。声をかけられているようだが、モムゾイは返事が出来ない。
モムゾイは最後の力を振り絞り、天高く腕を掲げた。そして何度か掌を動かす。
(無念だ……俺は死ぬのか……ムーネンの墓に言葉を添えることも出来ずに……それに……何より無念なのは……)
皆、知っていたか。オパの木の頂上から落ちながらにして受ける風は俺の理想のオパの感触だった。死を代償にして、俺はその感触を感じることが出来たのだ。それを皆に伝えられぬ事が、無念だ……。
モムゾイは最期にそう言いたかった。しかし、彼の掠れた声は全ての言葉を伝えることが出来なかった。
「オパ……頂上……理想の……オパ……死……無念だ……」
周りの人間はモムゾイがそう言い残して息を引き取ったのを確認した。
モムゾイの最期は奇しくも彼の親友と似通った物になった。
その後、オトコバッカ村では厳しい掟が出来た。
「オパの木の頂上に登ってはいけない。悪魔の果実が命を奪うから」
今に続くまでその掟は誰にも真実を見つけられないまま、残り続けている。
そして現在、一人の青年がオパの木の頂上を見上げている。
「二人の男を殺した悪魔のオパ……俺がこの目で確かめてやる」
悪魔の果実 292ki @292ki
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