第8話

「いままで姉ちゃんがこの家のお母さんだったってわけか」


「そんな大げさよ、お父さん、家事代行サービスも頼んでくれてたし」


 週に二度、風呂の掃除や優奈や父の手が回らない本格的な清掃をしてくれるのだそうだ。


「2人が、そこに並んで座っているのを見るなんて」


 後ろに立っていた母が涙を目に浮かべている。まさしく家族の再生。気持ちはわかるが、それはもともと両親のせいなのであると姉弟は思った。


 弟がそっと姉の手をつかんだ。


(まあ、いいじゃん。姉ちゃん)


 姉がその手を握り返す。弟からして姉の手は肌がすべすべしていて触れていて気持ち良かった。姉の指が弟の指に絡まる。彼女も弟の感触が懐かしくずっと手をつないでいたいと思った、のだが。


 弟は姉の指に差し込んだ自分の左手の指をさりげなく動かす。彼はさりげなく動かしたつもりだったが、姉には彼のよこしまな感情がわずかに感じ取られた。それは少し愛撫じみたものでもあった。


 彼女の左手の中指と薬指の股に彼の薬指が差し込まれ、ゆっくりと動いている。


(うっ、なんかエッチいくない? 考えすぎかしら)


 それはさながら女性の両脚の間に陰茎を出し入れすることを連想させるうごきだった。


(わたしの考えすぎだと思う。思うけれど……)


 右手で握った弟の手にさらに左手の平を添える。ソファの背後にいる母親から見える位置ではなかったが、姉はそれを隠したかった。


 羞恥心を感じるほどであるならば、弟の手を振り払うか、「やめて」と言えばいいのだが、まだ弟を疑ってはいなかった。


 弟の手は男らしく関節がごつごつして筋肉も堅い指だった。


(空手やってるって言ってたな)


 中学時代に姉は文芸部、弟は空手部に所属していた。空手は家を出てから始めたのだそうだ。おそらく母を守るために強くなりたいと願ったのだろう。


 ちらりと弟の顔を見る。何も考えが読み取れない。ただテレビを見てるだけだが、楽しそうではある。


(なんだろう。なにも深い意味はないのかしら)


「……智樹、わたしお母さんの料理、手伝ってくるね」


「いいのよ、お母さんがやるからお菓子でも食べてなさい」


「久しぶりのだから食器の場所とか変わってるよ」


 テーブルにはお土産のお菓子が置いてある。優奈はそれを一つ取って智樹の口にくわえさせた。


「智樹もお姉ちゃんの作った料理食べたいでしょ?」


「うん」


 母と二人でエプロンをしてキッチンに並ぶ母娘。父は娘の料理する姿は見慣れていた。智樹は先ほどまで姉にも見せてない緩んだ顔で姉の背中を見つめていた。


「いいなあ、これ」



 





 

 

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