第13話 キュラディア村収穫祭(2)

「リーズっ!!」


 ニコラの駆け出しも虚しく、魔獣の鋭い爪はリーズの腕を切りつける。


「んぐっ!」


 思わず顔を歪めるリーズにニコラが急いで駆け寄る。

 魔獣とリーズの間に割って入ると、リーズを背に魔獣に剣を向けた。

 動きの停止した魔獣はようやく人間が姿の全容を認識できるレベルになる。


(狼……?)


 魔獣というのは辺境の地や一部の森に生息する魔物のことで、人間に害をなす者もいれば共存できるものもいる。

 動物のようなそれは、うさぎやリスのような小さな魔獣ならば人間から逃げたり逆にすり寄ったりするだけで害にならない。

 しかし、今回現れた魔獣は人間よりもはるかに大きく、四つ足で立っていても成人男性の身長ほどある狼のような見た目をした獣。

 ニコラは経験上、”それ”が人間に害を及ぼすものだと判断して戦闘態勢を崩さない。


(ここで闘ったら村人を巻き込むかもしれない、それにリーズも……!)


 ニコラは魔獣の気を逸らすべくそっと近くにあった小石を蹴って森のほうへと誘導しようとする。

 小石に意識が向いた魔獣はそのまま森に歩き始めた。


 その隙を狙ってニコラは魔獣が嫌う匂い袋を叩きつける。

 あたりには少し煙たい匂いが漂い、うっすらと視界が悪くなった。


「ケリーっ!!」

「承知しました!!」


 匂い袋で魔獣がひるんでいる間にニコラの部下であるケリーが村人たちを安全な場所へと非難させる。

 魔獣は嫌がるように何度も足をばたつかせて、鼻のあたりをこすったり、顔をぶるぶると震わせた。

 ニコラの狙った通り魔獣は森のほうへと急いで駆けていく──


「よし……!」


 ニコラはそのまま魔獣を追い詰めるように森の中へと入って行った。



 森の入り口付近で魔獣は匂い袋にやられたのか、段々動きが鈍くなってそのまま足を止めてへたり込む。

 ニコラはこれならなんとか始末できると剣を振りかざした時、後ろから叫び声が聞こえた。


「ニコラ、ダメっ!!」

「──っ!!」


 その声で動きを止めたニコラは、声の主のほうへと振り返る。

 そこには先程傷ついた腕を押さえながら、駆け寄って来るリーズの姿があった。


「こっちに来てはダメだっ!」

「ダメっ! お願い、その子を殺さないで!! その子、怪我してる!!」

「──っ!」


 リーズの指摘を受けて魔獣をよく観察すると、後ろ足をひどく怪我しているのが見える。

 その瞬間、魔獣の狼は力を失ったのか、そのまま変化していく。


「なっ!」


 何度も魔獣退治をしていたニコラですら初めて見る光景だった。

 人間の大きさ以上に巨大な狼の姿をした魔獣が、なんとうさぎほどの小さな動物のような姿に変わったのだ。


「小さく……なった……?」


 ニコラは警戒を続けながら、魔獣にゆっくりと近づいていく。

 その後ろからリーズもついていき、そしてニコラの脇からひょいと前に出ると、その魔獣を抱きかかえる。


「リーズっ!!」

「大丈夫、この子、もう気絶してる」


 優しくなでると、その魔獣からはひどい熱を感じ取れた。

 怪我が悪化して体調を崩しているのだとわかると、リーズはニコラに進言する。


「連れて帰りましょう」

「本気で言ってるのか?! こいつは魔獣だ。何をするかわからない。危険すぎる」

「この子は人間を襲おうとしたわけじゃないの。ただ、村の方に迷子になってしまった別の魔獣の子を探しに来ただけ」

「……?」


 ニコラにはリーズの言っている意味が理解できず、首をかしげた。

 そして、目を細めながら彼女に問いかける。


「もしかして……魔獣の心がわかるのか?」

「わからない、でも聞こえてくる。訴えてくるの、私の頭の中に、この子が」


 ニコラはリーズと魔獣を交互に見つめると、しばし思案した後に剣を収めた。


「……わかった。怪我だけ治す。それ以降はすぐに森に返す。いいね?」

「うん、まずはこの子を救いたい。見捨てたくない」


 リーズの強い意思の宿った目を見て、ニコラははあとため息を吐いた。


「魔獣を保護してるなんてしったら、なんて言われるか……」

「大丈夫、危害は加えないと、この子が強く言ってきてる」


 気づくとわずかに魔獣の目が開いてリーズのほうを見ている。

 リーズは柔らかな微笑みを向けると、そっと頭をなでた。


「大丈夫、私が守るから」


 ニコラは仕方ないとばかりにリーズの頭をなでると、そのまま二人は森を出て村へと戻っていった──

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