ハートが眠る街

犬飼 圭

プロローグ

“心(こころ)”が死んだ。

純白のワンピースが、胸から染み出す鮮やかな赤で染まっていく。

 水垢のようなぬめりが手に纏(まと)わりつき、包丁と右手が一体となったようだ。

コンクリートの地面は、昼間の熱を帯びていて血が固まるのも早い。


 今、自分はどんな顔をしている。鏡がほしい。なぜ今日に限って鏡を忘れたのか。

 その場を離れて、急いで鏡を探しに走った。

 コンクリートの地面がトランポリンになったかのように、脚が跳ねる。

 道すがら、酔っ払いのサラリーマンとすれ違った。彼の茹で上がった下衆な顔が、すっと氷ついたのを見逃さなった。

 笑みがこぼれるのを抑えるのに必死だった。せっかくの顔が台無しになってしまう。

 近くの公園に着いた。街灯は一つしかなく薄暗いためか、夜の情事を楽しむカップルがベンチに座っていた。

 いつもであれば、全く共感できない人種であるが、今日は違う。

 自分も本能的になれた今夜を楽しんでいる。

 トイレに駆け込み鏡を見た。鏡の汚れと曇りで、顔がはっきり見えない。自分の服の袖を、水道水で濡らして鏡を拭いた。

 目を閉じ深呼吸をして、”心”を刺した瞬間を鮮明に頭に描いた。

 そして鏡の前でゆっくり目を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る