第19話 謝罪

「はっ……ぁっ……はぁっ……!!」


 俺は基地の医務室を目指して走っていた。放課後にスマートフォンを確認すると雪城さんが茜さんとの訓練中に負傷したというメッセージが入っていたのだ。


「雪城さんっ……!!」


 医務室の扉を勢いよく開ける。医務室には緑野さんと茜さんの姿が見えた。


「緑野さんっ、雪城さんは……?」


「大丈夫だよ。軽い火傷を負っただけ。今は赤くなっているけど、跡も残らないと思う。今は穏やかに寝てるよ」


 奥を見ると雪城さんは穏やかに寝息をたてていた。


「そう……ですか……」


 俺は全身の力が抜ける。


「ゴメンね。もっと詳細を書いておけば良かったね……」


「いえ……。何があったんですか?」


「私が全部悪いんだ。本当に申し訳ないことを思っている。」


 茜さんは頭を深く下げる。


「頭をあげてください」


「………………」


 しかし、茜さんはなかなか頭を上げなかった。


(これは相当凹んでるな……)


 ここまで茜さんが落ち込んでいるのは珍しいことだった。


「そんなに無茶をしたんですか?」


「……師匠としていたような実戦形式の訓練をしたんだ。雪城さんもぬるい訓練は望んではいないようだったから、激しめだったと思う」


「激しくしてもらうのはいいんですが、炎まで使ったんですよね?」


「…………うん。使った」


 炎を使ったということは茜さんは本気に近かったのだろう。


「使った後にいうのもなんだけど……使うつもりはなかったんだ」


「それは雪城さんに本気にさせられたってことですか?」


「うん。私は……」


 火村さんが何かを言いかけた時だった。


「んっ……」


「雪城さんっ……!!」


 雪城さんが目を覚まし、緑野さんが駆け寄る。


「大丈夫?身体は痛くない?」


「少し痛いところはありますが……大丈夫です。私の反転状態は解けちゃったんですか?」


「え……うん……。雪城さんが気を失った後に解除されたよ。反転状態は意識を失うと自動で解除されるの。でも、なんでそんなことを……?」


「あれが反転状態でやられるってことなのかなって思って……」


「そっか……。厳密には違うけど、感覚は同じだと思う」


「あ……銀崎さんも来られていたんですね」


「うん。それよりも……」


 俺は隣にいた茜さんを見る。茜さんは話したくて仕方がないと言った感じだった。


「雪城さん、今回は本当にすまなかった……!!」


 茜さんは深く頭を下げる。


「え……何で火村さんが謝るんですか……?」


 雪城さんはキョトンとしていた。


「完全に訓練の範囲を超えてしまっていた。炎を使うつもりはなかったんだ」


「そうなんですか……?私は別に気にしていないんですけど……」


「……そう……なんだ……。でも痛かったでしょ?思いっきり蹴ったし……」


「確かにすごく痛かったですけど、亡霊ゴーストはこんなもんじゃないですよね?」


「ああ……そうだね……」


 完全に茜さんが押されていた。


「訓練中に火村さんが言っていた……私が無自覚なことを教えてもらうことはできますか?火村さんに一撃をいれることはできませんでしたが……一応、私の勝ちって言ってくれましたし……」


「??」


 訓練中のことを知らない俺は何のことを言っているのかわからなかった。口を挟むのも良くなさそうだったので俺は黙っておくことにした。


「……もちろん。私が感じたのは雪城さんは無意識に人を傷つけること、特に殺すことを恐れているんじゃないかなって思ったんだ」


「……それは……」


「例えば、最初に心力マナを使って方向を変えて攻撃した時に首を狙わなかったよね?」


「……はい」


「もちろんその時の雪城さんみたいに腕を狙うというのが間違っているわけじゃない。正直言った時は半信半疑ぐらいだったけど、戦っているうちに確信に変わった。実際、私の首を一度も狙わなかった」


「…………その通り……だと思います。なんでそう思ったんですか?」


「最初に心器しんき同士がぶつかった時に心器しんきから怯えているのが伝わってきたんだ」


「そんなこともわかるんですね……」


「なんとなくだけどね。雪城さんは死神になってまだ半年も経っていないし、仕方ないと言えば仕方ないかもしれないんだけどね。でも、いつか魔人型の亡霊ゴーストと戦うことがあるかもしれないからね」


「見た目が人と変わらないんですよね?」


「そうだよ。数は少ないから出会うことは多くはないと思うけど。普通の亡霊ゴーストは倒すのに問題はない?」


「はい」


「なら、大丈夫かな……」


「あの……もう1つ聞いてもいいですか?」


「うん。何?」


「私の目の前から急に消えたのはどうやったのかなって……」


「ああ……あれね。あれは消えたんじゃないよ」


「え……」


「あれは2つの心力マナを使った応用技を組み合わせた技なんだ。まず私は心力マナを使って、透明になる。透過っていう技。これは気配を消すだけじゃなくて、攻撃を避けたり、建物をすり抜けたりするのにも使えるんだ。さらに自分の分身を出現させて、その分身に雪城さんを攻撃させたんだ」


「……移動したわけじゃなかったんですね……」


「うん。瞬間移動したように見せかけるっていうだけ。逆に聞きたいんだけど、雪城さんはどうやったの?」


「えっと……その……頭の中で強くイメージをしたらできちゃったとしかいえなくて……」


「…………それは……すごいね……」


「え……雪城さんはガチの瞬間移動をしたの?」


「……まあ……できちゃったとしか……」


 表情を見る限り嘘を言っている様子はない。


(いくら心力マナが多いからといって瞬間移動ができるものか……?)


 先程茜さんが話していたように瞬間移動のように見せかけることや認識させない速度で動いで瞬間移動っぽく見せることは可能だが、実際に瞬間移動をしたという例は聞いたことはなかった。


(……センスが高い……じゃ片付けられないな……)


 それからも茜さんは雪城さんがやったという瞬間移動について聞いたが詳しいやり方まではわからなかった。


「……ありがとう。私はそろそろいい時間だし、失礼するよ」


「はい。今日はありがとうございました」


「最後に今日はやり過ぎて申し訳なかった」


「いい経験を積めましたし、本当に気にしていません」


「そう言ってもらえると助かるよ」


「あのっ、また今日みたいに訓練に付き合っていただくことは可能ですか?」


「……本当にいいのかい?また、やり過ぎちゃうかもしれない。今度は本当に大怪我を負うかもしれないよ」


「はい。覚悟のうえです」


「いい覚悟だ」


 茜さんは笑顔を見せる。


「雪城さんのことを今後は心白こはくって呼んでもいい?」


「もちろんです。私も茜さんって呼んでもいいですか?」


「もちろん。じゃあ、また来るよ」


「送ります」


「大じょ……いや……送ってもらおうかな」


 俺は茜さんと医務室から出る。


「「………………」」


 お互い無言で廊下を歩く。


「……悪かったね。勝手なことをして」


「今回の訓練は雪城さんが希望したものだと聞きました。訓練をつけてくれた茜さんにお礼を言わないといけないくらいです」


「それでも……結果的に彼女を負傷させてしまった」


「負傷と言っても……軽い火傷です。訓練ならこれくらい……」


「師匠なら実際の身体を傷つけることはなかったよ」


「……それは……」


 今回実際の雪城さんの身体に火傷が残ってしまったのは茜さんの炎の出力が高かった上に、雪城さんの想像力が高かったことが原因だろう。


「師匠みたいに上手くはできないなぁ……」


「…………」


 俺は何と返せばいいのかわからず黙ってしまう。


「でも、仁君が彼女を目にかける理由はよくわかったよ」


「え……」


「心白は……だいぶ危ういところがあるね。自分のことは二の次にしがちなところや、無鉄砲なところとかすいそっくりだね」


「…………ええ」


「その上、彗よりも素質はあるね」


「茜さんから見てもそう見えますか?」


「うん。心力マナの最大値は私よりも上だし、心力マナ回復力も上だ。ただ、燃費は……私と同じくらい悪そうに見えたかな……。それでも十分なのに、あの想像力の高さだ」


「……はい。これまでも驚かされることはありました」


「だろうね。それにも瞬間移動とは驚かされた。動揺して思わず炎を出しちゃったよ。彼女はとんでもない才能の持ち主だよ。このまま順調に成長すれば、色付きクラスになるね」


「俺は……ゆっくりと雪城さんを育てていきたいと思っています。大きな力は使い方次第で身を滅ぼすことになりますから」


「間違いないね。力は使い方次第だと師匠も良く言ってたね」


「ですね」


「何かあれば言ってね。力になれるかはわからないけど」


「頼りにさせてもらいます」


 その時、着信音が鳴った。


「……またか……」


 茜さんが自身のスマートフォンを見ながら露骨に嫌そうな顔をする。


「本部からですか?」


「……うん。ちょっと出るね」


 茜さんは会話を始める。


「もしもし、火村です」


 死神協会本部からかかってくる電話にはろくなことがないことは俺もわかっていた。


(大変そうだな……)


 会話の内容的にどこかの基地にいって欲しいみたいな内容だった。


「…………はい。わかりました。これからすぐに向かいます」


 5分も経たないうちに電話が終わった。


「どこに駆り出されるんですか?」


獄羊ごくよう市。というか最近はこればっかり。月の半分くらいは獄羊市で動いているんだよね」


「そんなにですか?」


「うん。亡霊ゴーストが多くてさ」


「確かに土地的に亡霊ゴーストが発生しやすい土地ですが……」


「獄羊基地の死神が少なくてね……。本部も応援を出してはくれるんだけど、ずっととはいかなくてさ」


「そりゃそうですね」


「というか状況はかなりマズイ。ステージ2が連日出てる。ステージ3もたまにって感じ」


「それは……マズいですね」


「最悪の状況も考えなければいけないところにきているね」


 茜さんは少し遠い目をしていた。


「ステージ4……戦わないといけないかもね……」


 その言葉には確信めいたものがあるように感じた。

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