第7話 怖がり

「あそこだな……」


 山村さんの目線の先には黒い霧に覆われた亡霊ゴーストがいた。


「あれが……亡霊ゴースト……」


 初めて見る亡霊ゴーストの姿に私は恐怖心を感じてしまった。見ただけでこの世のものではないと直感的にわかった。


「2人も姿はとらえているはずだが……まだ見えない……。おっ、仁が近づいて来た。仁がコートを脱いだら俺達も少し近づこう」


「……はい」


 私と山村さんも銀崎さんと清水さんが着用している黒いコートを着用している。この黒いコートには心力マナを感知できないようにする効果があるそうだ。


「よし、行くぞ」


 銀崎さんがコートを脱いだ後、私たちは亡霊ゴーストに近づいた。


「聞いていると思うけど、亡霊ゴーストは戦闘状態に入るまでは黒い霧で覆われているんだ。この黒い霧は亡霊ゴーストの正体を隠すんだ」


「あの黒い霧って……何なんですか?寒気がするというか……ものすごく……気持ち悪いです」


心力マナだ」


「あれが……心力マナ……?」


 私が普段使っている心力と同じものだとはとても思えなかった。


「あの黒い霧には謎が多いんだ。一番意味不明なのがこの世の物理法則を無視していることだ」


「物理法則を?」


「俺たちが遭遇する亡霊ゴーストはあの大きさがほとんどだ。中の正体が何であろうと」


「それって象でも、猫でも、魚でもってことですか?」


「中から20mを超える竜が出でくることもあれば、1mより小さい狐が出ることもある」


「最初の遭遇じゃ……対策ができないですね」


「だからこそ死神には様々な状況で戦える対応力と状況を冷静に見る判断力が求められるんだ。他に聞きたいことはある?」


亡霊ゴーストは色々な生き物の形がいると聞いたんですが、どういう条件で決まるんですか?」


「それもわからないんだ。ただ、種類によって多い少ないは存在する。獣型、鳥型、魚型、虫型がほとんどだ。数は少ないが、空想上の生物っぽい亡霊ゴーストも存在する。竜やユニコーンとかね」


「あの……人型っているんですか?」


「いるよ。俺も実際に遭遇したことはないけど人型と呼ばれず、魔人型って呼ばれてるな。めちゃくちゃ強いらしい」


「魔人……」


「そろそろ本格的に戦闘が始まりそうだな」


 目の前ではコートを脱いだ銀崎さんが亡霊ゴーストと向かい合っていた。手には刀が握られていた。


「ジュララっ!!」


 黒い霧が吹き飛び、亡霊ゴーストの正体が明らかになる。さっき話していた通り狐のような獣だった。


「仁、今日は刀を使っているのか。まあ、スピード重視なら刀の方がいいか」


「えっ……いつもは違うんですか?」


「ああ、仁のメインの武器ははさみだ」


「…………そう……なんですか……」


 確かに銀崎さんがメインの武器を話したことはなかったが、いつも刀を出すのでてっきり刀がメインの武器だと思っていた。


「確かに動きが早いな」


 銀崎さんが刀で切りかかるも狐の亡霊ゴーストは華麗にかわす。


「シュララっっ!!」


 狐の亡霊ゴーストは尻尾を振りかざすと細かい針のようなものが銀崎さんに向かって飛んでいく。それを銀崎さんは全体防御を使って防御する。


「あれじゃあ……距離が……」


「……なるほどな……」


「えっ、どういうことですか?」


「あれは攻撃させてるんだよ」


「陽動ってことですか?」


「ああ、わざとスキを作って攻撃させているんだろう」


 次の瞬間身の丈ほどの大剣を持った清水さんが飛び出す。


「はぁぁぁぁっっ!!」


 勢いよく大剣が振り落され、尻尾を切断する。


「ギシャァァァ!!」


 狐の亡霊ゴーストは悲鳴を上げ、横に逃げる。


「惜しい。あれ……?」


 横に逃げた亡霊ゴーストの足が止まっていた。


「狐の亡霊ゴーストの足元を見てみな」


「あっ……」


 狐の亡霊ゴーストの足には刀が刺さっていた。狐の亡霊ゴーストは動こうするが動けない。その瞬間を清水さんは見逃さない。


「やぁぁぁああっ!!」


 清水さんは迷うことなく狐の亡霊ゴーストの首を落とす。


「ジィィィ……!!」


 狐の亡霊ゴーストは小さい断末魔を上げる。しかし、亡霊ゴーストの動きは止まらない。


「く、首を落としたのに動いています……」


亡霊ゴーストの活動はコアを砕かないと止まらないんだ。コアの場所は個体によって違う。頭ではなさそうだな。見えないことを考えると腹とかかな?」


 清水さんは狐の亡霊ゴーストの背中を刺す。バリンというガラスが割れるような音がした。すると亡霊ゴーストは動かなくなった。


「終わったみたいだな。行こう」


「はい」


 私は山村さんの後に続いて動かなくなった亡霊ゴーストに近づく。


「お疲れ様。見事なコンビネーションだったな」


「いえ、銀崎君が上手く隙を作ってくれただけです」


「そんなことないですよ」


心白こはくちゃん、亡霊ゴーストを見て」


「消滅してる……」


「これが地上から消えるってことだ」


 30秒もしないうちに亡霊ゴーストは消え去った。


「さ、帰ろう。もう亡霊ゴーストもいないようだし。車はあっちに停めてある」


「やった。楽に帰れるー」


 山村さんと清水さんは歩き始める。


「どうだった?亡霊ゴーストとの戦いを見て」


 銀崎さんが私に話しかけてきた。


「すごかったです……」


「まあ、最初はそう感じるよね。亡霊ゴーストは怖かった?」


「……はい。怖かったです」


 私は正直に気持ちを述べた。


「それでいいよ。死神は怖がりなくらいの方がいいんだ」


「……はい」


亡霊ゴーストは敵対するまで正体がわからないことも多いし、強さもわからないことが多い。だから、一度撤退して作戦を練るというのはかなりアリなんだ。だから、俺は攻撃よりも先に移動を教えてるんだ」


「え……今、教えてもらってるのって攻撃のための移動じゃなくて、逃げるための移動だったんですか?」


「そうだよ。攻撃用の移動って言ったっけ?」


「…………言ってないですね……」


「新人はどうしても亡霊ゴーストを倒すことに執着しやすい。でも、一番大切なのは命だ。だからこそ雪城さんにも自分の命を守ることを亡霊ゴーストを倒すことより優先して欲しい」


「わかりました」


 今の銀崎さんの言葉から私はなぜ銀崎さんが防御、移動、攻撃の順番に教えるのか納得がいった。


「まぁ、あまり亡霊ゴーストに時間を与えすぎても良くないんだけどね」


「どうなるんですか?」


「力をつけて狂暴化したり、進化したり、厄介な能力をつけたりと良いことはないね。でも一番死神にとって困るのは、人の心を喰らうことだ」


「心を喰らう……」


「そ。より美味しい心を狙って喰らうんだ。美味しい心っていうのは満たされた心のことだ」


「心を喰らわれるとどうなるんですか?」


「症状が軽ければ悪い夢を見たくらいで済むけど、最悪二度と目覚めないとか身体機能に影響が出ることもある」


「…………時間を与えるわけにはいきませんね」


「それはそうなんだけどね……」


 銀崎さんは困ったような表情を浮かべた。


「おーい。行くぞー」


 山村さんが私たちに声をかけた。


「あっ、はーい」


「今行きます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る