第41話『世界の秘密、姫の決意』

 夕日に照らされる中、俺とセレーネ、そしてルイーズさんはゆっくりと下降していった。


「地面が酷い有様じゃのう……。ティタニスの再出現で地割れだらけじゃ」


「あのティタニスの腕の上がちょうどいい足場かと。一度おりましょう」


 ルイーズさんが指さすのは、先ほどまで彼女が捕まっていたティタニスの左腕だった。

 彼女に言われるまま、いったんその手のひらの上に降り立つ。

 ルイーズさんは疲れ果てているようで、着地した途端、へたり込んでしまった。


「ルイーズさん、無茶しちゃダメですよ。大精霊に憑依するなんて……」


「ローランのいう通りじゃ。……どこか不調はないか、ルイーズ殿?」


 セレーネが聞くと、ルイーズさんは体のあちらこちらを確認した後、左手をさすり始める。


「そうですね……。左手の感覚がないような。これが代償でしょうか?」


「そ、それはマズいではないかっ!」


「大丈夫ですよ。利き腕ではありませんし、人の身でこの程度で済んだなら上出来です!」


 そう言って、ルイーズさんは平然とした感じでニコリと笑った。

 すごいな。……お姫さまだからか弱いとばかり思っていたのに、ルイーズさんは肝が据わっている。

 セレーネも同様の気持ちらしく、感心するように大きくうなづいた。


「……そなた、小気味よいだけではなく、なかなかに胆力がありおるな……」


「ふふ……。そうでもなければ王族の務めは果たせませんもの」


「ふふん。確かに言えておる」


 セレーネは共感できるものがあるらしく、ほがらかに笑う。

 こうしてみると二人は長く共に過ごしてきた友人のようだ。



 しばらく笑いあった後、ルイーズさんはセレーネにそっと手を差し出した。

 その手のひらに乗るのは七色に輝く宝玉……魔界から失われた至宝『ビフレストの大鍵』だった。


「王女セレーネ様。……魔界の至宝たるこの『ビフレストの大鍵』を返還いたします。そして願わくば、魔界との友好をお約束いただけませんでしょうか?」


「ありがたく頂戴する、王女ルイーズよ。そしてその申し出、何よりも嬉しい。……こ、個人的にも、友人になってくれると嬉しいのだが」


「もちろんです!」


 二人の王女が対面し、約束しあう。

 その光景を見て、俺は胸の奥から熱い物がこみあげて来るようだった。

 数百年続く人間界と魔界の戦いの中で、こんな風に友好的な瞬間を目の当たりにできたことに感動を覚えてしまう。


 その感動は他の誰もが感じたようで、ティタニスの残骸の向こうからは人々の歓声が上がった。


「魔界との友好が結ばれた!」

「ルイーズ様! セレーネ様! おふたりに祝福を!!」

「神の手の上での誓い、破られぬはずがありません!」

「この地を約束の聖地に! 人間と魔族の友好よ永遠に!」


 見れば騎士たちや山の民が肩を寄せ合い笑っている。

 彼らも俺と同じ気持ちなんだ。……思いが共有できていることにも胸が躍る。


 ……しかし、ふいに何かが引っかかった。

 何が?

 そうだ、『神の手の上での誓い』――その言葉に。



 俺はハッとして周囲を見渡した。


 まわりに広がるのは山並みと、巨大樹ユミルの木々。

 ユミルの木々はティタニスとの戦いの中で山を網の目のように包み込んでおり、足元を見れば岩でできたティタニスの大きな腕。

 ……聖王との戦いで生まれたこの光景、すでに同じものを俺は目にしていた。


 慌ててセレーネに近寄り、彼女にも周囲の景色を見せる。


「セレーネ……。この光景、見覚えがないか?」


「…………そういえば。まるで化石森の山……じゃ」


 そう。飛竜が住む山。そしてウンディーネと戦った森。――化石森の山に瓜二つなのだ。

 いや、……これはよくできた偶然だろう。

 そう思い込もうとした時、セレーネが声を上げた。

 彼女は東の地平……昇りつつある月を見ている。


「訳が分からぬ。いったい何なのじゃ……? ……あの月は、魔界の月と全く同じじゃ」


 俺はそう言われてハッとした。

 今まで月を見上げることは山ほどあれど、あまり気に留めてこなかった。

 どこかなじみがあると思いながら、気にせずにいたのだ。


 しかし、確かに言われればありえない。

 ――違う世界なのに、見える月の模様が全く同じということは、普通はありえないのだ。


「あの…………お二人とも、先ほどから何を驚かれているのです?」


 何も知らないルイーズさんだけが、きょとんと首をかしげていた。



  ◇ ◇ ◇



 気づいてしまった世界の秘密。

 公表するにはあまりに衝撃的なことだったため、俺たちは山の民と騎士たちを先に下山させることにした。


 ティタニスの腕――神の手岩と考えられる場所に残ったのは俺とセレーネ、そしてルイーズさんとノエルさんの四人だ。

 ルイーズさんとノエルさんは意味をのみ込めないようで、首をかしげている。


「魔界と人間界が、同じ世界……ですか……?」


「…………ローラン殿とセレーネ殿。……つまりそれは、何を意味するのでしょうか?」


 ノエルさんが尋ねると、セレーネは俺よりもいっそう深刻そうな表情になった。


「魔界は数百年以上前に『大災厄』と呼ばれる瘴気の大噴出によって古の世界が滅び、それをきっかけに生まれたと伝えられておるのじゃ」


「古の世界が……滅んだ?」


 セレーネの言葉はさらなる衝撃を俺に与えた。

 瘴気と言えばウンディーネすらも狂わせ、普通の生物も異形と化してしまう怖ろしいものだ。


 もし人間界と魔界が同じ世界で、今いる場所が化石森の山だとしたら、考えられるのは過去と未来の関係ということだ。

 今日、この時点で化石森の山が生まれたとすれば、魔界はこの人間界の未来にあたる。


 ――つまり、人間界はこのさき滅びる……ということだ。


 ノエルさんもそれが分かったらしく、激しく動揺し始める。


「そんな、まさか……。聖王国は……いえ、この人間界は滅びる運命、ということですか?」


「ノエルの動揺は分かります。……私もにわかには信じられませんから…………。とにかく私は代王として政務に当たりながら、瘴気とやらの謎を解き明かしたく思います。……そして、世界を混乱させたくはない。この事実は当面、私とノエルだけの秘密にできますか?」


「そ……それは、もちろんでございます!」


 ルイーズさんだって穏やかではいられないはずなのに、とても冷静にふるまっている。

 彼も徐々に落ち着きを取り戻す。

 するとセレーネがノエルさんの肩を叩いた。


「そなたらに力を貸すと決めた以上、見捨てはせぬ。大鍵があればいつでもゲートが開けるゆえ、こまめに連絡を取り合おうぞ。……なぁに、向こうで発掘される石碑や遺物を調べれば有力な手掛かりが得られるに違いない!」


「そうだな。二人は王様として色々忙しいだろうから、俺がそれぞれの世界への橋渡しになるよ。人間界は俺が育った世界だ。むざむざと滅ぼさせやしないさ」


 俺も力強く答える。

 すると急にルイーズさんの顔が紅潮したように見えた。


「ん? ルイーズさん、どうした?」


「い……いえ! ローラン様がいらっしゃるのが嬉しくて」


 ルイーズさんは妙にはしゃいでいる。

 そうか、俺が行くと精霊の話や研究が進むもんな。

 俺がなるほどと納得していると、セレーネがおほんと咳払いした。


「ル……ルイーズ殿! い、い、いかんぞ横恋慕はっ! ローランはわらわの愛する人なのじゃから!」


「違います違いますっ!! そんな、畏れ多いですよ」


「そうだぞ。ルイーズさんは精霊研究がしたいだけなんだから」


「えっ? ……え、ええ。そうなんです! ローラン様がいらっしゃれば研究がすすみますわっ」


 ルイーズさんは慌てたように訂正するが、やっぱり精霊研究が楽しみなんだろう。

 満面の笑みを浮かべていた。



 ……その後、俺とセレーネはルイーズさんからの話を聞いた。

 聖王とラムエル王子が亡くなった今、唯一の王族としてルイーズさんが国を支えようと決めたこと。

 ただしすべての民が国政に参加できる仕組みを整えるべく、自らは王にはならず、あくまでも『王の代理』として政務にあたること。


 貴族の反発は当然あるだろうに、それは凄まじい決意だった。

 それを聞いていたセレーネの表情も忘れられない。仮面の奥に見える瞳は感嘆に満ちており、彼女自身にも何かを決意させたように思えた。



  ◇ ◇ ◇



 そうこうしているうちに太陽は山端に落ちようとしている。

 名残惜しいが、ルイーズさんたちとの別れの時がやってきた。


「もう日が暮れる。ルドラの風でふもとまで送るよ」


 俺がルドラを召喚すると、ノエルさんが首を横に振った。


「その申し出には及びません、ローラン殿。あまりにも多くの助けを頂きすぎました。最後まで頼りになっては騎士の名折れ。ルイーズ殿下は責任をもって私がご案内いたします」


「……そうか。じゃあ……ここでしばしのお別れだな。なぁに、いつでも会える。近いうちに城に参上するので、その時にしっかりと話をしよう」


「ええ! 歓迎いたします!」


 そう言ってノエルさんは礼儀正しく敬礼してくれた。

 ……思えば彼は貴族だというのに、俺に差別的な目を向けてきたことは一度もなかった気がする。

 ラムエルなんかと出会うことなく彼と一緒に冒険できていたら、俺の運命も変わっていたんだろうか。

 ……そんなもしもを考えても仕方ないが、ノエルさんのような信頼に足る人がいて、俺は安心できた。



「ではローランよ。魔界へ戻ろうぞ」


 セレーネは俺を促すと、虚空に向かって七色に輝く宝玉を突き出した。


「ビフレストの大鍵よ。その力をもって、我らが魔界への道を開け――!」


 その言葉と共に大鍵は眩く輝き、空間を切り裂いていく。

 現れたのは、人間界に来た時にも通過した異界の門ゲートであった。


 俺とセレーネはゲートに向かって一歩を踏み出す。

 その時のセレーネはとても晴れやかな顔だった。


「実は今まで、わらわは王を名乗ることを拒んでおった。わらわは王の器ではないと思うてな。……しかし人間界に来て、そなたやルイーズ殿と触れ合えて本当に良かった。進むべき道、やるべき役割がしっかりと分かった」


「やるべき……役割?」


「魔王の証であるビフレストの大鍵を取り戻した今、わらわは正式に魔王に即位しようと思う。貧しく混乱も残る魔界を平定し、友である人間たちに誇れる世界にしてみせる。……そして彼らを滅びの運命から守ってみせる」


 その決意に満ちた表情は何よりも頼もしく思えた。

 ああ……。俺の愛する女性はこんなにもカッコいい。

 いつまでも共に歩み、支えたい。心の底からそう思えた。


「セレーネは王の器さ。そして何があろうと君を守る」


 そして俺は手を差し伸べる。


「共に戻ろう。あの約束の地に――」



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

世界の不思議な関係が明らかになりつつ、聖王国での戦いはここで幕を下ろします。

もし「面白かった」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

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