第17話『聖王国side:勇者殺しの罪』

「ラムエル・トネール・グランテーレよ。そなたに勇者ローラン殺害の嫌疑がかかっておる。申し開きするがよい」


「は……?」


 聖王国の王城、聖王陛下の執務室にて、俺は途方に暮れていた。

 父である聖王陛下に召喚されて、唐突に告げられた言葉。

 それはよもや、決して表ざたになってはいけない罪であった。


 この執務室には宰相と近衛騎士団の団長しかおらず、この話を内々に済ますつもりだと察せられる。

 しかし、その割には陛下の眼光が威圧的であり、俺はまるで足元がガラガラと崩れていくような絶望感に支配されていた。


 なぜバレた?


 なぜバレた?


 なぜ!?


 きっと今の自分は面白いほどに顔面が蒼白になっているだろう。

 全身がこわばり、力が抜けていくのを実感する。


 対して、聖王陛下は静かに俺をにらむばかりだ。


「説明できぬのなら、残念ではあるが断罪せねばならぬ」


「お……お待ちください聖王陛下! いったい何を根拠にこのような場を設けられているのか、皆目見当がつきませぬ。そもそもローランは親友! 共に背中を預け合った友なのです! 彼を殺害するなど、そんな恐ろしい……」


「聖女エヴァが告白したのだ。エヴァとラムエル……そなたらが共謀してローラン殿を殺害したとな」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はきしむほどに歯を噛みしめた。


 あの女――。

 今さらになって罪の意識でも芽生えたか?

 俺をそそのかしておきながら、何という裏切りか!

 貴族令嬢、そのうえ教会の聖女であるからと丁重に扱ってやったのに、あの女あぁぁぁっ!!


「……ラムエル」


「……わっ……私にはまったく身に覚えがございませぬ! ……そうだ、エヴァに会わせてはいただけませんでしょうか? あの者が錯乱している可能性もございますゆえ……」


「死んだ」


 あっけないほどの一言が、聖王陛下の口からこぼれる。

 陛下は無表情のまま、ただ威圧的な気配で俺を見据えていた。

 俺はとっさに理解できず、池から口を出す魚のように口をパクつかせてしまう。


「…………は? 死んだ? ……は?」


「聖女エヴァはすべての罪を認め、自分の浅はかさを悔いて死を望まれた。……そしてラムエル、そなたと共謀していたことも認めたのだ」


 ……周囲の視線が痛い。

 聖王陛下の側近である宰相オルタンシア様も、国家の盾である近衛騎士長ノエルも、俺を冷ややかに見つめている。


 ……認める訳に行かない。

 ここで認めれば何もかもが終わってしまう!

 そう思った時には、すでに陛下の御前まで詰め寄っていた。


「それは嘘でございます!」


「殿下、落ち着きくださいますよう」


 近衛騎士長がたちまちの上に俺を取り押さえるが、構っている場合ではない。

 俺は声を張り上げる。


「すべてエヴァがやったこと。私は神に誓って関係しておりませぬ!」


「……ほう、神に誓うとな? 王の前でそれを申すか」


「……そ、そうだ、思い出してきました。私がローラン殿の訃報を聞いたのはエヴァからでした。……おそらく彼女によって暗殺されていたのでしょう。……ああ、なんて可哀想なローランよ! なんてことだ。エヴァが裏切っていたなんて! 私は騙されていたのか!」


 自分でも何を言っているのか分からない。

 分からないが、絶対に認めてはいけない。

 罪を認めては、俺は殺されてしまう。


 必死の弁明が陛下に届いているのかどうか、まったくわからない。

 陛下の表情は眉一つ変わらず、どこかつまらなそうに俺を見下すだけだ。


「証人はおるのか?」


 ……淡々と繰り出される言葉。

 俺は精力を根こそぎ奪われていくようで、それでも震える膝を抑え、呼吸を整える。


「証人は……おりません。……魔界遠征は魔王軍のゲートを秘密裏に通過するため、少数精鋭で忍び込む必要があった故です。ローランは亡くなり。証人と言えばエヴァ一人。しかし彼女は罪人! 罪人の言葉などどうして信じられましょう!?」


 もうここまでくれば自棄ヤケだ!

 言い切るしかない!


「私は聖王国の誇り高き王子として、ここに嘘偽りなく証言していることを宣言いたします! 私は無罪でございます! 錯乱したエヴァに罪を着せられたのです!」


 声高らかに宣言し終わった時、あたりを支配していたのは恐ろしいほどの静寂だった。

 宰相が冷たい視線を向けている。

 何を馬鹿なことを言っているのか……そんな声が聞こえるようだった。



 ……俺が人生の最後を嚙みしめていた時だ。

 聖王陛下がゆっくりと口を開かれた。


「信じようラムエルよ」


 そう一言。


 ……意味が分からない。

 こんな答弁が通ったのか?

 この誰もが恐れる大陸の覇者ディヴァン聖王陛下に、俺の支離滅裂な答弁が?


 意味が分からないが、それでも無罪は無罪。

 九死に一生を得たことだけが俺にはわかった。

 俺は呆気にとられながら、馬鹿みたいに口を開けっぱなしで、ただ頭を下げる。


「…………は。あ、ありがたきしあわ……」



 ……しかし当然と言うか、話はそこで終わらなかった。

 聖王陛下はゆったりと姿勢を崩し、ニヤリと笑った。


「では話を変えよう。……勇者ラムエルよ。大精霊ティタニスを討ってこい」


「は?」


「各地からの報を精霊院で分析する限り、ティタニスの復活まで幾ばくも無い。これはラムエル、そなたの責任であるぞ」


「は?」


 そんな報告、初耳だ。

 ティタニスと言えば、確かしばらく前に俺が鎮魂の儀を行った精霊の名前だったはず。

 その名がこんなタイミングで出て来るとは思いもよらなかった。


「ルイーズからも聞いておる。封印の祭壇におけるそなたの不手際をな」


「……あ~。……おそらくそれは、ルイーズの思い違いでありましょう。私は正しく儀式を行ったのです。むしろ周りの奴らがうるさく……」


「黙れ愚か者。我が直轄領から小麦の生育不良の報を受けておるのは事実なのだ。この場で仔細まで説明するのが面倒なほどに、そなたの失態であることは明らかである」


「そんな……」


 小麦の生育不良?

 それも初耳だ。俺は何も知らない。

 だって、そんなことはないだろう?

 ティタニスの鎮魂の儀とやらに行く途中、この俺自ら視察してやった時にはごく普通に育っていたはず。

 あれからそこまで時間も経っていないのだから、そうそう簡単に異常が起きてたまるものか!


 しかし陛下は俺の都合など構うことなく、言葉を告げられる。


「だからこそ、挽回の機会を与えてやろうというのだ」


 そして手元の杖を握り、俺を刺すように振りかざすのだった。


「ティタニスを討ってこい。聖剣の勇者であるなら可能であろう。……それとも、聖剣が使えぬなどと、面白い冗談でも言うのではあるまいな?」


 もはや問答無用と言った様子。

 そして気になるのは、最後の言葉だった。

 ……聖剣の不調、まさか気付かれているのだろうか?

 それを知っているのはルイーズのほかにいない。陛下に告げ口したのだな。

 やはりあの女が目の上のたんこぶだったのだ。


 ……とは言え、すでにここに至っては聖王陛下の御前。

 俺はもはや、逃げることは叶わぬ。

 頭を下げるしか道はなかった。


「……王命、確かに承りてございます。我が配下の騎士と共にはせ参じ、必ずや精霊とやらを打倒してごらんに入れましょう」


 可能な限り落ち着きを演じて見せる。

 しかし、後に引けなくなった戦いに、俺は不安しかなかった。


「良い報のみを待っておる。下がれ」


「――御意」



  ◇ ◇ ◇



 ラムエルが聖王に詰問されている頃、遠く離れた地ではルイーズ王女が幽閉されていた。


 ここは穀倉地帯が広がる聖王の直轄領。ティタニス復活が迫る山岳地帯のふもとである。

 とある塔の最上階、牢獄の中でルイーズは一人、うなだれていた。


「お父様、なぜこんな仕打ちを? 私が何をしたというのでしょう?」


 ほとんど外が見えないほどの小さな窓を見上げ、ここにいない存在に問いかける。

 よほどの重罪でなければこんな刑はあり得ない。

 しかし誰からも何の言葉ももらえることなく、ただただ幽閉されていた。

 もちろん、ルイーズ自身にも罰せられるような覚えはない。

 うすら寒い石壁に閉じ込められ、ただ泣くしかできなかった。


 この牢獄で友人といえば、ネズミぐらい。

 牢獄に迷い込んできたネズミにパンとチーズをあげていると、自然に涙がこぼれて来る。


「私はただ、お伝えしただけですのに……」


 兄は勇者ではないのではないか。

 聖剣の力は消えているのではないか。

 ――そんな疑惑を父である聖王陛下にお伝えしただけ。

 それなのに、なぜ?


「それがいけなかったって、どうして気付かないのかしら……お姫さま」


 カツンと足音が鳴る。

 はっと振り返った時、格子戸の向こうには見知った女性の姿があった。


「あなたは……エヴァ!? 聖女様がどうしてここに!?」


 ルイーズ自身は知らないことだが、エヴァは処刑されたことになっている。

 しかしラムエルが王に詰問されているのと同じ頃、王都から遠く離れた塔の中に、確かに聖女エヴァは立っていた。

 エヴァは緩く巻いた髪の毛を指でくるくるといじりながら、薄ら笑いを浮かべている。

 その装束はと言うと、聖女というには似つかわしくない、漆黒のローブであった。


「何も知らないふりをしてればよかったのに、お姫さまはおバカですわね。これからあなたは死ぬ運命なの。だからここから動かないで下さいませね」


 そして格子に指を通し、ルイーズを嘗め回すように見下ろす。

 その口元は醜く歪み、舌をちらつかせて笑みを浮かべた。


「あっ、あははっ! 動けないか!!」


「エヴァ? どういうことなのです!? 何を知っているのです!?」


「あははっ! あはははははははははっ!! お姫さまはネズミさんとおしゃべりでもして、死ぬまでのんびりお過ごしなさいなっ!!」


 ルイーズの疑問は答えられることなく、ただ狂気に満ちた笑い声だけが響くのだった。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

進退窮まるラムエル王子とは別に、聖女エヴァが動き始めます。いったいどうなっていくのか……?

もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

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