下民勇者の成り上がり英雄譚~「お前は無能の捨て駒だ」と王族に追放された勇者、魔界の姫になぜか溺愛される。え、聖剣の力が消えて使えない? だってその力は俺の物。万能の【精霊使役】スキルで無双する~
宮城こはく
第1話『お前はただの捨て駒だ』
「ローランよ、これで貴様は用済みだ!」
そんな言葉と共に、背後から凄まじい電撃が俺の体を襲った。
魔王を倒した今、俺の背後には仲間しかいない。
その声、その雷撃魔法。
……声の主は魔法剣士であるラムエル王子に違いなかった。
激痛と共に全身が麻痺し、俺はゆっくりと石畳に崩れ落ちる。
「ほほぅ、即死せぬとはな。魔力ゼロの無能といえど、まがりなりにも聖剣の適合者ということか?」
俺に息があるのが分かったのか、王子は驚きの声を上げる。
しかし同時に、その顔にはいやらしい笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
ここは魔王スルトの居城。
――人間の世界とは別世界……いわゆる『魔界』にそびえる魔王軍の本拠地だ。
俺たち勇者パーティーは少数精鋭の部隊でここまで到達し、幾多の激闘の末に魔界の首領・魔王スルトをついに倒したのだ。
巨大な魔王の骸は徐々に霧散していき、内部から虹色に輝く宝玉が現れる。
これが魔界と人間界をつなぐ『
この魔界の至宝を奪って『
しかし魔王を倒した直後に俺を迎えたのは仲間のねぎらいではなく、裏切りだった。
激しい激痛に耐えながら背後に視線を送ると、ラムエル王子は俺に唾を吐き捨てる。
「ようやく終わったわ。……まったく、下民と同じ空気を吸う日々は耐えがたいものであった。これで貴様との縁が切れると思うと清々する」
「用……済み……? だって、俺たち……は、仲……間…………」
「くはは。痺れておるのか? ろれつが回らぬらしい」
「な……ぜ……こん、な……」
訳が分からなかった。
ラムエル王子は俺のことを仲間と認めてくれていたはずだ。
しかし、誠実だったはずの王子の顔は邪悪に染まっていた。
「魔王は聖剣でしか倒せぬ。その危険を冒すのは命の軽いものほどふさわしい、ということだ。貴様は始めから捨て駒だったのだ! クハハハハ……!!」
その言葉を聞き、嫌でも思い知らされた。。
俺は下民――農奴と呼ばれる出自である。確かに王族との身分差は天と地ほどの隔たりがあった。
死ぬかもしれない戦いだったからこそ、命の軽い俺を勇者のままにしていたわけだ。
――魔王は聖剣に選ばれた『勇者』にしか倒せないから。
そして魔王を倒した今、俺はもう用済みらしい。
ラムエルの変貌がとても信じられない。
彼は王族なのに偉ぶることなく、俺を勇者として、友として認めてくれていた。
……そのはずだった。
俺は悔しくて、聖剣を支えにして体を起こす。
「ほぅ……。ローランよ。俺の雷を浴びたのに起き上がるか。持って生まれた魔力もなしに、よく頑張るわ」
ラムエルはニヤニヤと笑う。
それにしてもおかしい。
ラムエルの魔法がいかに強力だとしても、俺に効くはずがないのだ。
確かに俺は貴族と違って魔力が全くないが、聖剣ヘイムダルを握る限り、聖剣の守護精霊に守られている。不意打ちだとしても人間が使える程度の魔法が効くわけがない。
それなのにラムエルの電撃が通じたのはありえなかった。
麻痺が続いていることからも、治癒の精霊も機能していない。
いや、あらゆる守護精霊の声が……聞こえない。
だから必死に思い出す。
そして一つの違和感に気が付いた。
――ラムエルの魔法の直前に……大きな鐘の音が鳴り響いたことに。
「ふははっ。何やら感づいたようだな。精霊を散らすには剣などいらぬ。たかが鐘の音程度で情けないものよ!」
精霊は大きな鐘の音を嫌がるもの。
それは聖剣ヘイムダルの守護精霊でも例外ではない。
だからこそ不思議だった。
聖剣唯一の弱点のため俺は大鐘を避けていたし、この魔王城近辺にないことも確認済み。
それに持ち運べるサイズの鐘なら効果はないはずなのだ。
仮に王子が鐘を隠し持っていても、問題になるはずがなかった。
「あはっあはははははっ」
その時、吹き出すような女の笑い声が響き渡った。
――聖女エヴァ。
癒しの魔法の使い手であり、俺たち勇者パーティーの命綱。
その彼女の手にはそれほど大きくない鐘がぶら下がっていた。
「エ……ヴァ……嘘だろ……? ……なぜ君、が……?」
訳が分からない。
彼女も裏切っていたのか?
それに、なぜあんな小さな鐘で聖剣を無力化できる?
分からないことだらけだ。
しかし彼女は不敵に笑い、カラコロと楽しそうに鐘を鳴らす。
「うふふ、ローランく~ん。ずっと秘密にしていたけれど、私の力は癒しではないわ。……力の強化。自然治癒力を強化していただけなの」
その言葉を聞き、俺はハッとした。
「鐘の音を……強化した、ということ……か」
魔法の力は一人一つ。
癒しだと教えられていたが、俺はずっとエヴァにあざむかれていたわけだ。
俺の言葉を肯定するようにエヴァは笑う。
「力を秘密にしながら魔王と戦うの、本当に大変でしたわ。……ラムエル殿下はもちろんご存知でしたけどっ」
そして彼女はラムエル王子に寄り添い、俺を見降ろした。
くそ……。
悔しさに胸がこげるようだ。
彼女はいつも励ましてくれた。
王都や騎士団に居場所がない俺をいつもかばってくれた。
エヴァの優しさが支えだったんだ。
……その微笑みが仮面だったとは信じたくなかった。
そんな俺の気持ちが分かっているのか、エヴァはクスクスと笑う。
「まぁ、ずいぶんとショックを受けている顔ね、ローランくん。……少し優しく接しただけのに、何か勘違いしてたのかしら?」
「くはは、言ってやるなエヴァ。可哀想になるではないか、虫けらと言えどな!」
そしてラムエルが天空に手を掲げると、その瞬間に轟音が響いた。
――二撃目の落雷だ。
俺は避けられるはずもなく身を焼かれる。
意識を保っていられるのが不思議なくらいだった。
「信じて……たのに、クソ、クソ……!」
俺は震える手で聖剣を握りしめ、その切っ先を王子に向ける。
こんなところで死ねない。
俺には人間界でやることが残っている。
聖剣に選ばれた勇者でしかできないことが――。
「かははぁっ! エヴァ、見ておるか? 下民ごときが王族に剣を向けおった。不敬なりっ。死をもって償うしかあるまい!」
その時エヴァが薄ら笑いを浮かべた。
「殿下。私にいい考えがございますわ」
彼女は俺を蹴り飛ばすと、横にしゃがみ込む。
……そして強引に俺の手首を曲げ、聖剣の刃を俺の首元に押し当てた。
情けないことに、痺れた体では女性の力にも抵抗できない。
「ここはせめて自害を選ばせてあげましょう。聖剣の刃で死ねるなんて、名誉ですわよ?」
「や……め……! 俺が居なければ、人間界が……荒ぶる精霊がよみがえるんだ」
「ふふん、だからどうしたというのかしら? 教会の力があれば精霊なんてゴミと同じ。ローランくんの精霊が消えちゃったのが何よりのあかしですわ」
「聖剣とて、膨大な魔力を秘めておるだけの魔道兵器にすぎぬわ。それほどの兵器を王家が管理できないどころか、下民の貴様が適合したことが何よりの間違い! さっさと死んで詫びろ! 貴様が生きておっては、次の適合者が選ばれぬのだ!」
ラムエル王子は俺の手を握りしめ、その手ごと聖剣を首に押し付けて来る。
必死に抵抗しながら、俺は人間界の未来を憂いた。
もし彼が次の勇者に選ばれたら、きっと民を守ってくれない。
他国との戦争に興じるだけだろう。
……俺は、死ねない。
しかし、守護精霊の加護を消された俺に抵抗するすべはなかった。
鋭い聖剣の刃は俺の首筋に触れ、鮮血を飛ばす。
そこからは先の光景はもう、霞がかかっていた。
消えゆく意識の片隅で……ラムエル王子が歓喜している。
「見るのだエヴァ! あれほど重かった聖剣が軽いっ!! この俺、ラムエル・トネール・グランテーレは正当なる勇者である!」
選ばれし者でなければ持ち上げられない聖剣を掲げ、王子は高らかに笑っていた。
エヴァもすでに俺を見ていない。
舞台から降ろされた英雄として、俺はふたりを見上げることしかできなかった。
生まれて十七年。
姓を持たない農奴の子ローラン。
俺の短い生涯は、あっけなく閉じた。
◇ ◇ ◇
深い闇の中……懐かしい声が聞こえた気がする。
幼い日……。
そう。故郷の森で語り合った友の声を思い出す。
暗闇の中で何も見えないが、柔らかな温もりに包まれているようだった。
不思議な安らぎ。
ここが死後の世界なのかもしれない。
――そう思った瞬間、体が大きく揺り動かされた。
「ええぃ目覚めよ! もうどこも悪くないはずじゃ!」
肩を掴まれ、ゆっさゆっさとゆすられる。
……あぁ、なんて激しいんだ。
俺はもっと温もりに触れたいのに……。
深いまどろみから強引につかみ上げられたように、俺はまぶたを開いた。
俺の上に、知らない女性がのしかかっている。
上半身になにも身に着けておらず、側頭部には角が生え、長い前髪で瞳は見えない。
妖艶な空気をまとった彼女は、その口元に微笑を浮かべた。
「……勇者ローラン。そなたは今から、わらわのモノじゃ」
= = = = = = =
【後書き】
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