暗殺の正体

そうざ

Identity of Assassination

 執務室に戻った総督は、圧し掛かって来るような倦怠感を覚え、直ぐに栄養剤を持って来るよう、秘書に指示した。激務に追われ、疲労困憊のきわみである。総督の職に就いてからというもの、深い溜め息をく機会が増えた。

 南方に位置するこの植民地では、テロ組織による総督暗殺計画の噂が引っ切りなしに聞こえて来る。そんな中、今日は未開拓の密林地帯まで視察の足を延ばした。

 ――森の何処かでテロリストが銃を構えているかも知れない――

 片時も気が抜けなかった。


 休憩で立ち寄った町の大衆レストランでも、緊張の糸は張られたままだった。無論、事前に部下が周辺及び店内を検分し、従業員から食材、調味料に至るまで終始、目を光らせてはいた。

 敢えて危険な町中まちなかを巡回するのにも、ちゃんと意味がある。現地民に総督の威風堂々とした印象を植え付けるのは、植民地支配に於ける重要な戦略なのだ。それ故に、総督の滞在中も店を貸し切りにはせず、ボディチェックを受ければ他の客も自由に出入りさせた。

 ――もし体内に爆弾を仕込んだ客が来て自爆したら――

 どんな料理も砂を噛むような味だった。


 秘書は程なくやって来た。総督は差し出された栄養剤を口に運ぼうとしたが、直ぐにその手を止めた。この秘書は総督が最も信頼する人物ではある。

 ――暗殺者にとって変装など朝飯前では――

 総督にまじまじと見詰められた秘書は、ぽかんとしている。疲労の所為で過度に神経質になっていると感じた総督は、自嘲的な笑みを浮かべて秘書を下がらせた。総督府は、たとえ百発の爆弾が落とされてもびくともしない頑丈な造りだ。窓ガラスが強固な防弾仕様なのは言うまでもない。

 気を落ち着かせようと、総督は棚から取り出したレコードを蓄音機に掛け、針を落とそうとした。

 ――針を落とした瞬間、殺人光線が発射されるのでは――

 ゆっくり後退りした総督は、傍らの籐椅子に凭れようとした。

 ――もし電気が流れるように細工されていたら――

 今や何ももが自分の命を狙っているように思え、総督は発狂寸前だった。


 総督が死んだのは、それから間もなくである。

 密林の視察中、未知のウィルスを宿した蚊に食われていたのだ。

 既に何も信じられなくなっていた総督は頑なに治療を拒んだが、テロリストの巧妙な策略で奇病を伝染うつされたという妄想だけは信じて疑わなかった。

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