第41話
(身体が痛い……)
ティアナは閉じていた目をゆっくりと開いた。頭がぼんやりとしている。テーブルの上に置かれたランプの火に照らされた部屋が視界に広がり、自分の置かれた状況を思い出した。
どうやらいつの間にか寝てしまったみたいだ。
冷たく硬い床に直に座っていた所為で、お尻や腰が痛い。少しフラつきながらも立ち上がったその時、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた直後扉が開いた。
「ご一緒に、おいで下さい」
侍女に促されるままティアナは部屋を出る。足枷は外して貰えたが代わりに今度は手を後ろで拘束された。
薄暗い廊下を侍女の持つランプの灯だけを頼りに進んで行く。一体何処へ連れて行かれるのか……。
暫くしてとある扉の前で侍女は止まると、軽くノックしてから中へと入った。
「こちらが旦那様がお連れになられた、例の女性です」
ティアナの居た部屋と同じ地下室だが、大分印象が違う。部屋の中は煌々として明るく大きな棚が幾つも並び、その中には実験器具のような物が見えた。
「あぁ、彼女が」
椅子に座っていた細身で血色の悪い中年の男は、振り返るとティアナをジロジロと頭から爪先まで見てくる。思わず身体を後ろに引き身構えた。
「へぇ、あんたが
引っ掛かる物言いに、ティアナは眉根を寄せた。
「貴方は誰ですか」
「まあ、そんな怖い顔しないでよ、座ったら? 彼女にお茶でも淹れてあげて」
手短な場所にあった椅子に座ると、侍女がお茶を淹れてくれた。その後彼女はティアナの手の拘束を解くと部屋から退室する。無論扉の鍵は確り掛けられた。
いきなり密室に見知らぬ男と二人きりにさせられたティアナは、緊張と不安を感じるもそれは直ぐに解消された。
「僕はクヌートって言うんだ。あんたは?」
「……ティアナ、です」
何というか、軽い。気の抜けるような話し方と声色で脱力してしまう。
「まあ不便な事もあるけどさぁ、ここに居れば取り敢えず衣食住には困らないし慣れちゃえばさぁ、まあ悪くないよ」
彼は大きな欠伸をして、茶請けの焼き菓子を適当に掴み口へと放り込む。お茶を啜りまた菓子を食べる。かなり寛いで見える。
ここに来た経緯と目的をクヌートと名乗る男は淡々と語った。
「貴方の作る花薬に、効果はないんですよね」
「ある訳ないよ。だって僕、薬師とかじゃないし、素人だし」
偽花薬なるものを作っていたのは自分だと自白するが、まるで罪悪感は感じられない。
彼は地方から連れて来られた田舎貴族だと言った。爵位は子爵らしいが、仕えていた本家である伯爵家からは随分と酷い仕打ちを受けていたそうだ。
「何もしてないのに、本当酷い奴等だよねぇ」
(寧ろ何もしなかったからだと思いますけど……)
聞いてもいないのに身の上話が始まった。
始めは本人に都合の良い所だけを抜粋した話を聞かされ同情する気持ちも生まれたが、聞けば聞くほど自業自得では……と思う。
要約すると、彼は仕事が嫌いでサボってばかりいたので伯爵に叱責され続けていたが、改める事はせずに放置し続けた。その結果、伯爵の我慢の限界がきて彼は領地にある小さな村に追いやられてしまう。そこで金に困り平民と変わらぬ生活を強いられていた。そんな時に花薬の話を聞き、偽物を作って売る事を思いついたという訳だ。
「かなり高値で取り引きされてるって聞いてさぁ。そうしたら案の定びっくりするくらいの金で売れたんだよ。適当に混ぜるだけだし楽くして儲けられるなんて、これこそ天職だって思ったね」
(それは天職ではなく、所謂詐欺です……)
本来ならばロミルダが人助けの為に作り続けていた花薬を金儲けの道具にされたと怒りたいくらいだが、余りにあっけらかんとした様子で話すので、ティアナは呆れて言葉も出なかった。
「君や僕をここに連れて来たのはオラル・ゴーベル伯爵っていう人物でさ、彼から花薬を大量に買いたいって言われて大金積まれたんだよ」
ゴーベル伯爵に依頼を受けたクヌートは、嬉々として依頼を受けた。大量に花薬を作り、それと引き換えに大金を手に入れる事が出来たがその直後、それ等が何の効果もない偽物だとバレて、騙されたと伯爵の逆鱗に触れてしまい彼の侍従等に拘束されここに連れて来られたそうだ。
「ですが、クヌートさんは今でも花薬を作っているんですよね?」
「うん、まあねぇ。正直さ、バレた時は殺されるかもとか思ってちょっと焦ったけど、この部屋で花薬を作るように言われただけで助かったよ。しかも意外とご飯も美味しいしさ、それ以外はベッドでゴロゴロしてても良いし、最高だよね」
彼はまた大きな欠伸をすると立ち上がる。
「何か怠くなってきたから、一眠りするね。 君も伯爵から花薬作る様に言われたんだろう? ここに必要な設備は整ってるから、取り敢えず適度に作っておけばいいんじゃない? 伯爵の言う通りにしておけば、身の安全は保証されるし」
クヌートは、出入口とは別の部屋の奥の扉を開けた。続き部屋になっていて隙間からはベッドが見える。どうやら寝室の様だ。
こちらに背を向けると、背中越しに気怠げに手をヒラヒラさせながら彼は奥の部屋に消えていった。
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