第21話


「ロートレック……」


 呆然として固まるマルグリットの代わりに、兄のロータルが口を開いた。


「名門と呼ばれるロートレック公爵家の嫡男が、何故……貴方の様な方が、この不出来な妹の婚約者に? ハハ、あり得ない……何の冗談ですか?」


 ロータルはどうやらレンブラントの事を知っているらしく、彼の言っている事を俄には信じられない様子だった。


「冗談? ロータル殿はもっと聡明な方かと思っていましたが、どうやら僕の思い違いの様だ。何故僕が、わざわざこんな冗談を言う為にだけに時間を割いてまで此処まで来なくてはならないんだ。それこそあり得ないだろう」


 鼻を鳴らし、嘲笑されたロータルは顔を真っ赤にして黙り込んだ。


「ティアナが、公爵家に嫁ぐなんて……」


 頭を押さえ、ブツブツと呟くマルグリットはフラつきながらティアナの方へと向かって来た。


「あんたみたいな娘が侯爵令嬢ってだけであり得ない事なのに、公爵家に嫁ぐ⁉︎ 冗談じゃないわ! 何の役にも立たない役立たずの癖に、大体容姿だってきみが悪いのよ! あんたさえいなければ私はこんな惨めな思いをせずに済むのに‼︎」


「っ‼︎」


 勢いのままのマルグリットの手がティアナの頭に伸びてくる。幼い頃叩かれたり髪を引っ張られた記憶が蘇り、思わず目を瞑り身をすくめた。


 だが何時になっても衝撃はこず、変わりにパンッという乾いた音がロビーに響いた。ティアナはゆっくりと目を開けると、いつの間にかレンブラントの腕の中にいた。マルグリットはというと、放心状態で床に尻餅をついている。どうやら彼が母を突き飛ばした様だった。


「アルナルディ侯の奥方は、随分とヒステリックなお方なのですね」


 レンブラントがそう言葉を投げかけると、見た事もない剣幕で顔を真っ赤にした父のハーゲンが半開きになっていた扉を乱暴に開け放ち入って来た。


「マルグリットッ、お前私に恥をかかせるとは、どういう了見だ‼︎」


 昔から、妻にも子供にもまるで関心のない父だった。ティアナに対して母達の様に蔑む事はしなかったが、その代わり何かをしてくれる事もなかった。仕事ばかりで、気にするのは体裁だけ。感情が薄く、怒った所も笑った所も見た事がなかった。だがその父がこんなにも怒るなんて驚いた。


「ち、違うんです、あなた! 私は何も」


「何が違う⁉︎ レンブラント殿にこんなにも無礼な振る舞いをし醜態まで晒しておいて、何が違うんだ⁉︎」


「こ、この子がっ、ティアナがいけないの‼︎ 私の所為でないわっ‼︎ こんな出来損ないの所為でっ、どうして私が責められなくてはならないの⁉︎」


 床に這い蹲りハーゲンに必死に釈明する姿は、娘のティアナから見ても情けなくただ哀れに思えた。


「アルナルディ夫人。それ以上ティアナ嬢を侮辱するのはやめて頂けますか? 彼女を選んだのは他ならぬこの僕です。彼女を侮辱するという事は、この僕を侮辱すると同義だ。実に不愉快極まりない」


「も、申し訳ないっ、レンブラント殿‼︎」


 あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべるレンブラントに、ハーゲンは今度は顔を青くして謝罪する。マルグリットの頭を乱暴に鷲掴みし、床に擦り付けた。


「早く、レンブラント殿に謝罪をしないか‼︎」


「も、申し訳、ございませんでした……」


 両親が床に這い蹲り謝罪する姿を、目を見開き兄や弟は呆然として眺めていた。何時もの傲慢さや威勢は見る影もない。


「アルナルディ夫人。僕の大切な婚約者にも、勿論謝ってくれますよね」


 レンブラントは、頭を下げ続ける両親には見向きもせずに、ティアナに笑み頭や頬を優しく撫でながら、そう言った。


「っ……」


「僕も暇じゃないんですよ。こんな下らない茶番は早く終わらせたいし、正直貴方方の顔を見ているのが不愉快でならない。早く、して頂けますか」


 歯を食いしばり顔を歪ませ、身体を震わせながら消え入る様な声でマルグリットは「申し訳、ございません、でした……」と言った。


「それだと、誰に対しての謝罪か分かりませんね」


 だが彼はそれでは許さずに、しれとしながら再度謝罪を求めた。


「ティ、ティアナ……申し訳、ございません、でした……っ」


 謝罪を終えたマルグリットは、石畳みの床を爪でギリギリと傷付け、物凄い形相で睨み付けてくる。ティアナは口を開くが、何と答えればいいか分からず、何も発することなくまた閉じた。するとレンブラントが、何故か笑った。


「許す必要なんてないよ」


 目を丸くして彼を見ると、ティアナの手を取り踵を返す。未だ床に伏せたままの両親達をそのままにして、二人は屋敷を後にした。











 

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