第20話



 ティアナは振り返り、がらんどうになった部屋を眺めた。


「ティアナ様、やっぱり私も連れて行って下さい‼︎」


 ミアの声が、部屋に響く。別に叫んだ訳でもないのに響いて聞こえるのは、音を吸収する物が何もないからだろうか……そんな意味のない事を漠然と考えた。


 涙目のミアにティアナはゆっくりと首を振る。


「貴女達の事はザームエル伯父様に頼んであるから、心配しないで」


 正直彼女達がいないのは寂しいし、心細い。だが嫁ぎ先は田舎貴族である子爵だ。これまでの様な生活は出来ない。きっと彼女達をつれて行けば苦労させてしまうのは目に見えている。だからザームエルに頼んだ。


「モニカ、ハナ、ミア……今までありがとう。元気でね」


 俯く彼女達を置いて、一人先に部屋を出た。




 ロビーに着くと、至極嬉しそうな母のマルグリットが待っていた。その背後には兄のロータルと弟のアランの姿もあった。優秀な兄は仕事があり何時も忙しくしている。優秀な弟も今日は学院に登院の日だ。それなのにも関わらず、二人共わざわざ妹を見送りに来た様だ。無論心から祝福して送り出す為ではない事は分かっている。情けなく可哀想な妹を、姉を嘲笑う為だ。


「あらあら、随分と辛気臭いわね。嫌だわ、これから嫁ぐ娘の顔とは到底思えないわぁ」


「お前みたいな不出来な娘でも貰い手が見つかったんだ。もう少し嬉しそうに出来ないのか」


「物凄い田舎だから、もう二度と会う事もないと思うけど、元気でねー」


 グッと手を握り締めながら、母や兄、弟の間を擦り抜けて行く。もうこの人達と顔を合わせる事もない、それだけが唯一救いだと思いながらーー。


 ロビーの石畳みに自分の足音が響き、いやに耳につく。階段から扉まで、たった数メートルだが、今日はやたらと長く感じた。


 もう一度、レンブラント様に会いたかったな。


 そんなつまらない事を考えながら、ティアナは扉の前に立った。


「精々、田舎で年上の子爵に可愛がって貰いなさい」


 マルグリットの高笑いを背中越しに聞きながら、ティアナが扉に手を伸ばした瞬間だった。触れてもいないのに扉が開いた。


「それは無理ですね」


 どうして、彼が……。


 開いた扉から現れたのは……レンブラントだった。ティアナは目を見張り、呆然と立ち尽くす。

 

「何しろ、彼女を可愛がるのは、子爵ではなくこの僕ですから」


「え……」


 何を言われたのか飲み込めず彼を見上げると、レンブラントの青い瞳と目が合う。彼はニッコリと笑った。


「い、一体なんなの⁉︎」


 一人余裕の彼に、困惑しながらもマルグリットは噛み付く。


「意味が分からないわ‼︎ この子はね、これから田舎貴族に嫁ぐのよ! 誰だか知りませんけどね、部外者はお帰り頂けますかしら」


「部外者? アルナルディ夫人は、どうやら先程の僕の話を聞いていらっしゃらなかった様だ」


 ワザとらしく大きなため息を吐き肩をすくめると、スッとレンブラントの顔から笑みが消えた。冷たく蔑む様な目でマルグリットを見る。その様子にティアナは息を呑んだ。普段穏やかでにこやかなレンブラントからは想像もつかない、別人なのかとさえ思えてしまう。


「あぁ、そうだ。申し遅れましたが僕はレンブラント・ロートレックと申します。この度、ティアナ嬢の婚約者になりましたので、挨拶に伺いました」




 

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