第3話


「全然取り合って貰えなかった……」


 ティアナは、数時間後肩を落とし帰宅した。ロートレック家の屋敷までは行ったが、門前払いをされてしまった。屋敷の使用人に懸命に説明をしたが、全く取り合って貰えず軽くあしらわられた。だが仕方がない。約束もしていない怪しげな人物を、相手にする筈もない。


「ティアナ様、何方かに橋渡しをお願いしては如何でしょうか」


 しっかり者である侍女のハナが提案をする。確かに、自力で会うのは無理そうだ。ならば誰かに間に入って取り次いで貰うのが賢明だろう。ただ、問題がある。


「でも私……友達いないもの」


 ティアナがボソリと呟くと、ハナは手からカップを滑らせた。慌てて近くにいたモニカがそれを受け止め二人は安堵するが、空気が重くなる。

 学院には通っているが、ティアナには友人と呼べる人が一人もいない。少し変わった外見をしているティアナは、何時も周囲からは遠巻きに見られている。青みがかった銀色の髪と赤い瞳……祖母のロミルダと顔立ちは良く似ているが髪や瞳はまるで違う。この国では銀髪や赤眼はかなり珍しく、気味悪がられている。親族でこんな髪や瞳をしているのはティアナ以外にいない。

 母のマルグリットがティアナを嫌う明白な理由は分からないが、ティアナはこの外見にあると思っている。


 それに加え、ティアナは人からの感情に敏感で、必要以上に人に近付くのが苦手だ。それ故に、ティアナ自ら無意識に人を避けてしまう癖がある。なので友人など出来る筈がなかった。


「そ、それでしたらユリウス様にお伺いしては如何でしょう」


 ユリウス・ソシュール。彼はロミルダの友人の孫息子で、ティアナの幼馴染でもある。歳は少し離れているので、友人ではなく、ティアナは彼を兄の様に慕っている。


「ユリウス様は今、遠方に赴任されているから無理よ」


 侯爵令息であるユリウスは、若くして騎士団副団長の座を拝命し、今は経験を積む為に遠方に赴任している。赴任してから、かれこれ半年は経つが、帰って来るのは何時になるのかは分からない。一か月に一度は手紙はくるが、送付元が書かれておらず返信が出来ない状態だ。


「後は……仲介屋くらいしかおりませんね」









 仲介屋のニクラス。所在不詳、年齢不詳の見るからに胡散臭い男。ロミルダの知人で、ティアナも昔から知っているが、出会った頃から歳をとっていない様に見える。不気味に感じるが、あの祖母が随分と信頼している様なので、何も言わない。

 ニクラスに会うのは一苦労だ。依頼がある時は向こうから訪ねて来るが、こちらから接触するのは困難を極める。何しろ彼は転々としており、家と呼べる場所があるのかさえ分からない。取り敢えず、侍女等に街に出て当てずっぽうに探してきて貰った。運が良ければ見つかる。そして、今日は運良く出会す事が出来、フレミー伯爵家へと連れて来て貰った。


「ロミルダちゃんは、調子はどうなん?」


「……医師の見立てでは、後一か月ももたないそうです」


 ニクラスは無言で煙草を取り出し火をつける。大きく煙を吐く。


「花薬はやっぱり効かないんか?」


「祖母が床に伏せる様になってから暫くは服用していましたが、効果はありませんでした」


 花薬とはロミルダが昔から作り続けている飲み薬なのだが、花薬と呼ばれる物は一般的に流通はされていない。仲介屋のニクラスが依頼を持ってきて、出来た物は彼が依頼人へと渡している。その効果は万能薬と呼ばれる程で、貴族の裏社会では不老不死の薬だとも噂されているそうだ。ただ製造者は公にしておらず、このニクラスだけが、唯一の窓口とされている。ニクラスの依頼の引き受ける基準は明白ではなく、一つ言えるのはお金で彼は動かないという事だけだ。

 何度か領収書を覗き見た事がある。ニクラスの取り分は半分。仲介料として普通に考えればかなり多いが、ロミルダはまるで気にしていなかった。しかも同じ種類の薬や量でも毎回金額は変わり、林檎一個分の金額から小さな屋敷を買えそうな金額まで振り幅がある。


「成る程なぁ。万能薬と言われとる薬が効かんなら、しょうもないな……切ない話や」


 ロミルダもだがティアナも依頼人に会った事はない。ただこれまで沢山の人達を助けてきた事は確かである。そんな祖母も、自分自身を治す事は出来なかった。

 

「で、今日はどないしたん?」


「実はダーヴィット・ロートレック様という方にお会いしたいんです。仲介を頼めませんか。祖母の大切な方なんです」


 彼なら様々な方面に伝があるだろうとティアナは期待していたが、予想に反してニクラスは首を横に振った。


「悪いなぁ、孫ちゃん。ダーヴィット・ロートレックの名は知っとるが、生憎ロートレック家に繋がる伝は俺にもないんよ」


「そんな……」


 時間がないのにまた振り出しだ。ティアナは落胆する。


「う〜ん。ロートレックかぁ〜……。確か彼の孫なら良く社交界に顔を出してる筈なんやけどなぁ」


「それは本当ですか⁉︎因みにその方のお名前は⁉︎」


「確か、レンブラント・ロートレックっつた様な」


 ティアナは直様名前をメモすると、勢いよく立ち上がる。


「ニクラスさん、ありがとうございます!お金は侍女から受け取って下さい!」


 お辞儀をしながら足早に部屋を出る。これで、ロミルダに彼を会わせてあげられる。


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