第2話



「モニカ、私宛に手紙届いてない?」


 ティアナが訊ねると、侍女のモニカは首を横に振る。それを見て思わず大きなため息を吐いた。


 祖母ロミルダの余命宣告を受けてから早くも七日も経ってしまった。意識がハッキリとしないロミルダは、うわ言を繰り返していた、「ダーヴィット」と。亡き祖父の名前はドミニクなので違う。無論ロミルダの息子の名でもない。なら誰?と始めは思ったが、一つ心当たりを思い出し、祖母の書斎を探ってみた。すると机の引き出しの下段を外した奥から古びた日記を見つけた。そこにはダーヴィットが誰であるかが書き記してあった。


 ダーヴィット・ロートレック公爵令息。令息と言っても当時の話であり、ロミルダよりも年上とあるので、今は六十歳を優に超えているだろう。

 ティアナが幼い頃、ロミルダから昔話を何度か聞いた。ロミルダの夫であったドミニクと結婚する前の話だ。秘密の恋人の話をするロミルダは、恥ずかしそうにしており、また切なくも見えた。身分違いから結婚する事が叶わず、祖母も彼も互いに政略結婚をしてからは、一度も会う事はなかったそうだ。

 政略結婚など貴族に生まれれば至極当然な事で、恋愛結婚など夢物語に過ぎない。ティアナ自身もそれは良く理解している。


 ロミルダが床に伏せる様になり少ししてから、実母であるマルグリットからある事を言われた。何時もの様に、冷たく嫌悪感の感じる目と口調で「貴女の結婚が決まりました」と。

 ティアナも十七歳になり、婚約者くらいいてもおかしくはない。だが、いきなり結婚と言われて正直動揺を隠せなかった。ティアナはまだ学院に通っており、せめて卒業するまでは待って欲しいとマルグリットに嘆願したが、あの母が聞き入れてくれる筈もなく、ティアナは来月嫁ぐ事になった。何時もティアナの盾になり護ってくれた祖母は病に伏しており、ティアナではどうする事も出来ない。しかも相手は三十歳も年上と聞き、ショックだった……。

 

 話は逸れたが、そんな事もありティアナは、最期にロミルダにはかつての想い人の彼に一目合わせてあげたいと考えた。だが兎に角時間がない。ロミルダの余命は一か月で、もう七日過ぎている。ティアナ自身も来月の中頃には嫁がなくてはならない。

 ダーヴィット・ロートレック……ロートレック公爵家と言えば有名で、ティアナも聞いた事があった。考えている場合でなく直様手紙を出したのだが、音沙汰はない。


「こうなれば、直接会いに行くしかないわ」


 不安そうにしている侍女等を余所に、気合い十分のティアナはロートレック公爵家へと向う為、馬車に乗り込んだ。


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