私はペンギンである

琥珀 忘私

私はペンギンである

 私はペンギンである。

 私は小説家である。

 私はペンネームがギンなのである。

 私はペンギンである。


 そんな冒頭が思いついた、水曜日のお昼過ぎ。今日はとりわけ寒い日であった。

 私は小説家(卵)である。ただし、ギンという名前ではない。

 だったら何者かって? それはこの作品の著者名を見れば分かる話ではないか。

 まぁそんなことはどうでもいい。

 私が今書いている作品の話をしよう。キミはこんな文章から始まる作品の内容が、知りたくて知りたくてたまらないだろう。……そうだよな?

 この作品には私の未来がかかっている。新人賞に出すのだ。

 どうせお前には無理な話だって? ……そんなこと言わないでくれ。

 おっほん。さぁ、気を取り直して話を続けるぞ。あー、どこまで話したかな。あ、そうそう、この作品を新人賞に出すというところまでだったな、しっけいしっけい。

 本題に入る前に私がなぜ小説家になろうと思ったのかを話そうと思う。

 え? さっさと話しを進めろ? まぁまぁ、そんなに焦るではない。今から私が話すことは本題にも深くかかわっていることだからな。しっかりと聞いておくのだぞ?

 私が小説家になろうと思ったのは、一冊の推理小説のおかげだ。私はその作品、そしてそれを書いた小説家に……そう、心を奪われてしまったのだ。

  ああ、探偵さん。私の奪われた心を取り戻して。

 人生の中で一度は言ってみたいセリフだ。やっと言うことが出来た。

 ……そして私は彼にあこがれて、小説家への道を歩き始めた。

 それと本題がどう関係あるのかって顔をしているな? キミはなんてせっかちなんだ。

 まぁいい。そんなに聞きたいなら。本題に入ってやろうではないか。

 新人賞に出す。キミはこれを覚えていられたかな? 流石に覚えているか。まさか、覚えてるよな?

 その新人賞の最終選考委員がさっき話した小説家なのだ。どうだ? 私が賞に応募する理由が分かっただろう?

 なに!? 分からないだと!? あぁぁぁあもう。これだから……素人は。いいかい? まずは自分の尊敬している誰かを思い浮かべなさい。スポーツ選手でも俳優でもお母さんでもいい。思い浮かべたな? 話を進めるぞ? もしその人に自分のプレーを見てもらえる、劇を見てもらえる、お母さんは何がある……そうだ、孫を見てもらう。これがどんなに名誉あることなのか分かるか? それはもう大層名誉なことだ。それは孫の代まで語れることだろう!

 ……そうでもない? そうか……なら別にいい。私も熱くなりすぎてしまったな。すまない、話を戻そう。

 ……まったく、なにを話そうとしていたのか忘れてしまったではないか。どうしようもないな、まったく。ははは……はは……は……はぁ。




 せっかくキミを誘拐してきて話を聞いてもらおうと思ったのに、これでは何の意味もないではないか。これでもう八人目だぞ? いい加減にちゃんと話の通じる相手が欲しいものだ。一人目は泣き続けて会話にならない。二人目は死なないようにとうまく相槌を取っているだけ。三人目もそうだ。四人目も、五人目も。六人目なんかは話を始めてすぐに自分で舌を切って死んでしまったぞ? 七人目は少しだけ違ったな。なんというか利口で学があるかんじだった……。彼も先週死んでしまったがな。そして八人目の君というわけだ。

 なに? 最近ニュースは見ているのかだと? 作品を考えるのに夢中でそんなの見る余裕はないさ。少しだけでいいから今すぐ見ろだと? 仕方のない奴だな。

〈……先週、死体で見つかった有名小説家の〇〇さん。彼の自宅の前には今でも多くのファンがおしかけています。彼も最近出没している誘拐殺人犯の手によって……〉

 ま、まさか……な。私がやった訳ではない……よな?



 私の意識はそこで途絶えた。

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