第1話 事件

何回目かの訪問の時でした。

ここ、どこなんやろかぁ・・・?


暗い夜道を、人力車を引きながら。

ワテはいつものように、呟いていました。


「大丈夫、鬼の里やあらへんでぇ・・・」

ダンさんは、ワテをからかう様に軽口を言います。


「ワテの友達の家の近くで、それに・・・」

もう、何回も聞いてたし、疑うことも無いのでジッと耳を傾けています。


「今日も、美味いもん、食わしてくれるでぇ・・・」

その言葉に偽りはなく、毎回、台所で御馳走、貰っていました。


それは見たことも、味わったことも無い。

夢のような料理。


オカズのようのものもあれば、甘いもんもありました。


野菜も。

肉・・・ワテが食べたこともない。


ホンマ。

天国にあるような料理でした。


最初、ここに来たときは。

ダンさんに言われて、巾着の中に★をつめこんで。


そっと、勝手口に置いてきただけやったけど。


そのうち。

女将さんに引きとめられて。


残りもんを。

それでも、温め直して。


御馳走になりました。


ほっぺが、落ちそうで。

夢中で食いましたんや。


人力車で待っている、ダンさんのことも忘れて。

ガツガツ・・・食いましたんや。


女将さん。

嬉しそう、頬杖ついて。


ワテのこと。

見つめてくれてました。


チョッと。

恥ずかしいて。


顔。

赤、なってたかもしれません。


その時でした。


リンリンと。

何や、聞いたことない音がして。


女将さんが、「変なもん」を耳に当てると。


顔色が、一変してました。

慌てて外に出て、すぐに戻ってくると。


「変なもんに」大きな声、出してました。


「ウチの人、今夜は親睦会で温泉に車で行ってて、おらんのよ」

脂汗出して、必死な顔でした。


「どないしました、新吉が何か、まずいことでも・・・」

ダンさんが待ちきれずに顔を覗かせると。


「隣りの人がお産で・・・。今夜は一人で。

救急車も、タクシーも出払っていて・・・」


最後まで聞かずにダンさんは手にもった四角い物を覗きました。

いつも気にしてたけど、その小さい物をダンさんはしょっちゅう、見るのです。


「ホンマや、この辺、コロナが蔓延でパニックみたいや」

「ど、どうしよぉ・・・」


女将さんは泣きそうな声を出してます。


「近くの産婦人科の病院はここで、ええか・・・?」

ダンさんが四角い物を女将さんに、かざしてます。


女将さんは返事もできない代わりに、ウンウンと大きく首を縦に振ってます。


「新吉っ!」

ダンさんが初めて、ワテを呼び捨てにしましたんや。


「隣に行くでぇっ・・・!」

人力車を持たせたワテの手を引いて、隣りの家、それでも何百歩か先ですが。


玄関の戸をガラリと開けると、土足のまま上がっていきます。

ワテが待ってると、お腹が大きい女の人を肩に担ぐようにして出てきました。


「新吉、人力車やっ!」

ハッと気づいたワテは、急いで人力車を玄関の前に寄せました。


「そこの道、右や・・・」

ダンさんに言われるままに人力車を夢中でひきました。


ダンさんは四角い箱を眺めながら、荒い息を吐きながら横を走っていました。


やがて、暗闇にポツンと明かりが見える建物に。

それでもワテの近所では見たこともないような大きい、建物ですが。


そこに着いて。

中からワラワラと白い服、着た人が大勢、いてはって。


そのまま。

ワテとダンさんは暗闇の中に残されたのです。


※※※※※※※※※※※※※※※


喉元を柔らかい甘いもんが通り過ぎていきました。


【う~ン!】

ダンさんとワテは、同時に声を上げました。


こんな、美味いもん。

食うたことがありません。


いや、正確に言うと。


ダンさんと。

農村に訪れるようになって。


甘い、美味いもんは初めてでした。


隣りの人を運んで。

一生懸命、人力車を走らせたけど。


道は滑らかやったし。

ダンさんが分かりやすく、先導してくれたから。


そんなに。

しんどくは無かったです。


それでも。

疲れた身体に。


染みこむ甘さは。

格別でした。


「元気な男の子だったって・・・」

女将さんが嬉しそうに言いました。


そして。

大きな箱の中から、出した冷たい物。


あとで聞いたら。

プリン、いうらしい。


何ちゅう、美味いんや!

ワテが叫びながら、食べるのをジッと見つめていました。


そして。

ポツリと。


「ありがとうね・・・」

ワテを見ながら嬉しそうに呟くのでした。


「又、きてね・・・新吉っつあん・・・」


これが、ワテの初めての「事件」でした。


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