特異の子どもたち

無月彩葉

プロローグ

「えー、あなたは未来予知の能力をお持ちということですが……」

 机を隔てて向かい側。目の前にいる白衣の男が何やら難しい話をするのを聞きながら、樋川といかわ颯太そうたは震える自分の右手にぎゅっと力を込めた。未来予知、なんて能力を本当に持っているのだとしたら、もっと気楽なものだろう。今から行う大まじめな演技の結果も全部わかるのだから……何度、そう思ったことだろう。

「あの、未来予知って言っても三秒後が分かるくらいなものなんですけどね」

 そう言って颯太は握っていたコインを取り出す。ゲームセンターの外にたまたま落ちていた安っぽいコインだ。演技力にも、会話力にも全くもって自信が無い。だからこそ、ここ一ヶ月ひたすら練習してきた。今はもう、その練習の成果を見せ、そして自分を「未来予知の能力者」だと信じ込ませるしかなかった。この国のカルテ的には【予知の特異】といったところか。 


「裏」

 そう呟いてコインをトスする。すると、机の上には確かに裏向きのコインが落ちてくる。

「裏」

 もう一度呟いてからトスすれば、その言葉通り裏になる。

 表、裏、と数度続けたところで、再び白衣の男を見た。

「なるほど。確かに申告書の通りのようですね。しかしそのコインに仕込みがあるのでは?」

 表情一つ変えずに訪ねてくるところに、颯太は言葉を詰まらせそうになったが、なんとか焦る気持ちを押し込み

「でしたら別のコインを出していただけますか?」

 と、部屋で一人練習した通りに告げる。

「硬貨しかないですが」

 と、相手が取り出したのはごく普通の百円玉。それを握って感触を確かめる。そうしてまた「表」と呟いてトスをすれば、机の上には確かに表向きになった百円玉が落ちていた。

 何度やっても結果は変わらない。念のため十円玉にも差し替えたが同じだ。

「ふむ。確かに自分が投げたコインの落ちる未来を予知することは可能なようだ」

「信じていただけてよかったです」

 ほっと胸をなでおろすのをこらえて颯太は笑う。

 コインには全くの仕掛けが無い。かといって颯太に予知の力がある訳でもない。颯太が行ったのは単なる技術だ。弾く力によって出るコインの面を調整しているだけ。

 勿論これは一朝一夕で身につくようなものではない。特訓の末にやっと手に入れた特別な技術だ。ゲームセンターのコイン、十円玉、百円玉、五百円玉、あらゆるものでひたすら練習してきた。だから、颯太にとってここまでは予定調和だ。


「では、私が投げたコインの面は分かるだろうか?」

 ああ、ついにきた、そう内心で息を吐く。たった小手先の仕掛けだけでは、まだあの面接官を納得させられない。

「ええ、どうぞ投げてください」

 面接官は百円玉を手に取り、あまり慣れない様子でトスをした。その瞬間「表」と呟けば、コインが動きを止めた時、上に現れたのは百という数字が書かれた面。またしても、颯太の予言が当たったことになる。

 その後三回、面接官が同じことをするも、颯太は全てを当て続けた。

 面接官はここへきてやや驚いているが、これもやはり単なる技術に過ぎない。

 投げた瞬間のコインの高さと勢いと動きから落下時の面を予測するだけ。これは今の所百発百中とは言えない段階だったため不安ではあったが、幸い面接官の投げ方が下手で緩慢だったこともあり、比較的容易に予測することができた。否、今面接官に信じていただきたいのはこれが「予知」ということだが。

「分かりました。では一次面接は異常です。暫く控え室でお待ち下さい」

 そんな事務的な言葉がかけられ、面接官が先に席を立つ。実はコインの後、他に何かないのかと言われたことを考えサイコロも用意したが使わずに済んだ。本当にこれだけでいいのかと疑ってしまうが、相手は「一次面接」と言っていた。やはりこれは前座に過ぎないのだろう。そう思い、颯太はやっと大きく息を吐くことができた。

 やはり国の先端技術を詰め込んだ政府直属組織だけある。小手先の手品で突破できるほど甘くはなさそうだ。


 OOD……それが現在颯太が挑んでいる組織の名称だ。政府からの支援も受けているこの組織がやることは、二十年前から発生している非科学的な能力を持つ者たちの「保護」である。

 国が【特異】と名付けたその能力者たちは、ただ非科学的な法則を持つだけの者であったり、周囲に被害をもたらす可能性がある者だったり様々だ。彼らが快適な生活を送れるようにするのがOODの役目。教育機関における定期的な検査によって【特異】と見なされた者は、特異が消失したと認められるまで、OODが所持する生活地区、通称「楽園街」に住むことになる。

 楽園街には教育施設も娯楽施設も買い物施設も揃っており、何不自由なく……それどころかOOD外での生活よりも快適な生活を送れるという噂だ。だから、自らを【特異】だと偽って楽園街入りを目指す者もいるのだとか。

 OODでは特異の自己申告も許可しているが、申告書エントリーシートを持って審査へ向かった人間の大半が楽園街に興味を持った一般人だ。だからこそ、すぐに返されてしまう。

 一方颯太は、熱心な練習の元、自己申告へ向かった。彼には、どうしても楽園街へ行かなければならない理由があるためだ。


 真っ白な廊下を引き返し、控え室という紙が貼られた小部屋に入ると、長机に置いておいたペットボトルのお茶を飲む。そうして息を吐いて、次に待ち受けるものは何かを考えた。

 ネットに落ちている情報は、せいぜい一次面接の内容くらいだ。落ちた者はそれ以上書きようがないし、通った者はそれ以上書き込みができない。OODに保護された【特異】の中には電子を操りネットに干渉できる【特異】もいるため、外部と通信するネットワーク機器は持ち込めないようにしているらしいのだ。出てきた者も守秘義務があると言って話してはくれない。

 外の人間は、楽園街の中で本当は何が起きているのか、全く知りようがない。

 だからこそ颯太は、自分を特異と偽っても、楽園街へいく必要があった。何故なら……


「へえ。随分と高尚な志だね。実に羨ましいよ」

 不意に、間近から少女の声が聞こえて顔を上げる。すると、颯太の目の前には、まるで人形のように着飾った、この場にあまりにも不釣り合いな少女が立っていた。

 茶色い髪をツインテールにして赤いリボンでまとめており、フリルのついた白いシャツに真っ赤なスカート。白い靴下に茶色のローファー。さらに首元の赤い大きなリボンも印象的だ。まるで童話の世界から飛び出してきたかのような少女は新緑の瞳を歪め、ポカンとする颯太を嘲笑うかのように不気味に微笑む。

「えっと……君は……?」 

 同じ申告者とは思いづらい。しかしOODの職員でもないだろう。だとすれば少女は何者なのか。颯太には見当がつかない。

「僕の名前は……いや、まだ名乗る時じゃないか。まあ、知る人ぞ知る怪物ですってところかな」

 少女は、見た目に似合わない「僕」という一人称をつけて、大げさな身振りまでつけて怪物と名乗る。颯太がそれにどう返すか決めあぐねていると、

「ねえ、樋川颯太。貴方の予知、僕にも見せてくれない?」

 と、尋ねられる。颯太の名前も、予知のことも知っているとなると、この少女はやはりOODの内部の者と見て間違いないのかもしれない。

「……分かった」 

 だから、颯太は渋々コインを取り出す。OODの内部の人間である異常、油断は禁物だ。先ほどの面接官の前での緊張状態を思い出し、ゲームセンターのコインを指で持ち「表」と言ってからトスをする。表が出るのは最早当たり前のことだった。

「それ、僕が投げても?」

「もちろん」

 少女はコインをもらうと、颯太と机を挟んで正面に立ったままコインを弾く。机にコインが落ちるまで距離のあるこの体制で投げられるのは初めてのことだったが、じっくりコインの軌道を確認し、落下する前に「表」と答えた。落下時のコインはほぼ裏を向いていたが、机に当たる入射角の関係上このまま倒れることはないと踏んだ。それを読んでの「表」だったのだが、この予測が見事に的中した。颯太は少女にばれないように息を吐き「どう?」と尋ねる。

 すると彼女は沈黙した後、

「確かに、貴方の観察能力は本物のようだね」

 と、コインを手の中で弄びながら呟いた。

 一瞬予知を認められたのかと思ったが「観察能力」という言葉を聞いて息を飲む。そう、颯太が行ったのは予知でもなんでもなくただコインの軌道を読んだだけ。それが、バレてしまったというのだろうか。

 焦る颯太を他所に少女はコインを返し、それからニヤリと人を寄せ付けない笑みを浮かべる。

「あはははは、そんなに絶望したような顔をしなくても大丈夫だよ、樋川颯太。僕は貴方のその力を賞賛しているんだ。自ら楽園街に乗り込もうとする志も共にね。このことは次の面接官にも伝えておくよ」

「え……?」

 予知ではないと見破られ、門前払を食らうかと思いきや、何故か認められる流れになっており、颯太は困惑する。次の面接官に告げると言っているが、本当に彼女が何者なのか、どのような立場なのか、全く情報を得ることができない。

 そのまま少女は部屋を出て行こうとしたが、ふとクルリと踵を返し、颯太に向けて手を差し伸べるような、わざとらしい身振りをした。袖の隙間から、白いゴム製のリングが僅かに顔を出す。

「ようこそ僕らの無法地帯へ。両手を広げて歓迎するよ」

「無法地帯……?」

 颯太の問いかけに答えないまま、今度こそ少女は部屋を出て行ってしまった。一度見てしまえば目から離れない人形のような少女。彼女は本当に何者なのか。

 考えている間に白衣を着た女性に呼ばれ、再び面接室に連れてこられたが、今度は何をすることもせずにただ「合格だ」と告げられ、楽園街への入居手続きの話へと移っていった。


 【特異】でなければ通れない審査に、【特異】でない少年が合格してしまった。

 これは、颯太を平凡な日常から引き剥がす大きな分岐点になるのだが、本物の予知の力を持たない彼はそのようなことはつゆ知らず、ただおびただしい程の文字が並ぶ契約書に目を通すことになった。

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